オーバードーズなんなんだ、と暗がりの部屋で大瀬は思考を巡らせていた。
思考を巡らせたとて頭痛と薬で破壊された思考力は無に等しく、ただこの状況をひとまず受け入れてみる事しか出来なかった。
推奨されない薬の大量服薬、所謂オーバードーズをひっそりと決行し、それでも拭えない希死念慮と自己嫌悪を、手首に刻んだ痛みでなんとか紛らわせていた。
しかし、時間が経つにつれて鈍らせた思考は大瀬をまた現実に引き戻し、身体中の痛みが今ここに居ることを教えていた。
「(痛い、つらい)」
硬い床を涙で濡らす。
毒でも良い。ただこの痛みを鈍らせてくれれば何でも良かったのに。
「大瀬」
ふいにドアの外から聞きなれた声が聞こえた。
こんな姿を人には見せられないと、死んだ思考を巡らせるが、揶揄の通り死にかけなので特に案は浮かばなかった。
そうして時間が流れていくと、
「大瀬、入るよ」
と声と共に簡単にドアは開いた。
あ、という声とともに声の主の作る影が大瀬と重なると、なにも言わずに静かにドアを閉めた。
そうして無遠慮にも伊藤ふみやは部屋に入ってきた。
「ははっ、こんなになるまで何してたの?」
面白さを孕んだ語気は彼なりの優しさだと分かっている。しかしそれに返す声は出なかった。
「う、ぅぅぅぅァァァ……」
思考力もあまり残されていないが、それでも話しかけられたら返さなくてはならないと刻み付けられた一般常識から、声とは到底言えない唸り声を発してみた。
「おもしれー、獣みたい」
そうかもしれない。いっそその方がどれだけ良かっただろうと思う。
応える様に、意味不明な唸り声を絞り出し続けて精一杯の他人に対する誠意を見せようともがいていると、部屋の中をふみやが歩いている気配がした。
どこへ、何を?この散らかった部屋で一体何をするのだろう。
こんな見苦しい姿を見せつけているという罪悪感が大瀬を殺す前に早く出ていって欲しかった。
さらっ
ふみやの手が大瀬の髪に触れた。
一体何故、何故髪を触る?外からの痛み以外の刺激に驚いて少しだけクリアになった頭と視界で目だけを動かし辺りを見渡すと、少し上にふみやの顔があった。
近い、吐息がかかる。見ないで、汚いよ。
「ん…ン……?」
唇に何かの感触を感じた刹那、固いもので唇が引っ張られる感覚が襲った。虚ろな視点を一生懸命合わせるとこの世の何もかもを飲み込んでしまいそうな瞳がこちらを射抜いた。
今度はぬるりとした感触が口内を這った。いくら経験のない大瀬でもこうなった以上それがキスなのは不明瞭な頭でも分かった。
唇、歯列、上顎、そして舌。ぬるりとしていて、そして自分の意思とは関係の無いふみやの舌の動きに少しずつ意識が持っていかれ、痛みが鈍くなっていくのを感じた。
口をこじ開けられ徐々に奥への侵入を許すと、段々と呼吸が出来なくなり、抵抗代わりにふみやの服を少しだけ掴んだ。
最後に悪戯っぽく大瀬の舌をチュゥッと吸いながら口を離すと、
「ちょっとは気が紛れた?」
なんて。
「気が紛れたどころじゃないです」
いつの間にか痛みは快楽を伴い、下半身が少しだけ暖かくなっている事すら、なぜだか心地よくて、
その日大瀬はそのまま意識を沈めていった。