山望む本丸ぬくとい湿気を纏った風が吹いている。陽光を吸って天を仰ぐ菖蒲の葉は柔らかな青を湛えていた。そろそろ田植えの時期である。
「……まだ慣れませんね」
湿った風に溶けてしまいそうなくらいの小さな声で呟いたのは前田藤四郎である。縁側の座っていた愛染国俊に話しかけた訳ではなさそうだ。愛染も暫く黙ってただ見える景色に視線を委ねていた。
本丸で一番長いこの縁側から見えるのは、硯を二つ縦に並べたような山岳である。日が沈むと闇よりもずっしり重たい影を本丸に落とし込み、日の出には太陽を捧げるように両手を差し伸べる雄大な山が鎮座しているのだ。無名なのが惜しまれるほどの凄みを帯びた山である。
この本丸が拠点を置いている陸奥国は、空気の冷たさも相まって山の匂いと青青しさが一層目立つ土地だった。顕現直後身体を得たばかりの付喪達は、己よりも遥かに長い時を経て形作られたその堂々たる姿と、吸い込まれるほどに奥深い彩やかな緑に目を奪われてしまうのだ。皆同じように目を輝かせて、それでいて静かなる圧力に口が乾くらしかった。
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