黒ツナギの先輩「よし、全員揃ったな。」
「「ミッ」」
ロイは若者たちのキラキラとした視線に少し苦笑いする。
約一名ぼんやりとしているが……
「キミ、このベルトはここを通さないと意味が無い。直せるか?」
「は、はいっ///」
「焦らなくていい。」
「はぃ…///」
「ツナギの着用はバイトの基本だ。他のヒトももう一度確認してくれ。」
今日は希望者だけが参加するバイトの実践演習だ。
スケジュール更新が無く、あまり収入が期待出来ない日は講師の仕事をする事がある。
普段の仕事より楽な上に収入がいい。
色々と手はかかるが。
「先輩!ツナギじゃないものを着てるヒトを見たんですが、アレは何ですか?」
「あぁ、ウェーダーか。バイトを続けていればいずれ手に入る。ウェーダーは装備が少なく身軽だが、その分危険も高くなる。それにマイクもヘッドホンも無いから連携が取りにくい。慣れないうちはツナギの方がいい。」
「わ、分かりました!」
「全員準備出来たか?」
「「ミッ!」」
「よし、今日はアラマキ砦だ。ヘリに乗るから全員付いてきてくれ!」
**********
「あ、あのっ、先輩っておいくつですか?」
「ん?あぁ、俺は今年26歳だ。」
「そうなんですね…///」
「……。」
**********
「よし、着いたぞ。ヘリポートは無いから飛び降りる。落ちないように気を付けて着いて来てくれ!」
「「はいっ!」」
多分みんなバトルは慣れているのだろう。
無事に全員が現場に降りた。
「10秒経ったらシャケが来る!シャケは壁は登れないから、今のうちに壁を塗って逃げ道を作っておくんだ!床は後回しでいい!」
「「はいっ!!」」
まぁ、しばらく壁に張り付いていると登ってくるのだが。
暫くして法螺貝の音が鳴り響く。
「この音はオオモノシャケが現れる合図だ!海の近くに何か来ているはずだ!着いて来てくれ!」
「「はい!」」
バクダンか、ちょうどいい練習台だ。
「倒し方は分かっているか?攻撃が届くヒトは頭のバクダンを!届かないヒトは周りの雑魚シャケを処理してくれ!」
「「はい!」」
「倒したら直ぐにイクラを運べ!ほら、次が来たぞ!」
「ミミッ!?」
せっせと動き始める新人たちを軽く手伝いつつ様子を見る。
「うわぁぁぁ!?」
「どうした!?」
悲鳴の方へ駆け付けると、雑魚シャケに追われる新人が居た。
「痛いっ!!もうヤダ!!」
「落ち着け!距離を取って攻撃しろ!!」
「先輩何もしてないじゃないですかっ!!フライパンめちゃくちゃ痛いんですよ!?」
……どうやらドスコイに一発殴られたらしい。
バトルしかした事の無い若者は物理で殴られる事に慣れていなないヒトも多く、彼のようにパニックになる者もいる。
と、言っても本気で手伝うと俺一人でクリア出来てしまうのだが。
新人を自分の後ろに引っ張る。
「落ち着け!」
ガンッ
「一発じゃ死なない。」
「ヒィッ!?」
やはりウェーダーよりツナギの方が殴られた時痛くないな。
「雑魚シャケは前に進みながら倒すのではなく、後ろに下がりながら倒せば安全に倒せる。」
「ヒィ…先輩頭からインクが……」
「これぐらいすぐ止まる。」
片手で武器を構え雑魚シャケを処理しつつ、もう片方の手で腰を抜かした新人を引き摺る。
さてと、早速一人脱落だ。
あとの2人は大丈夫だろうか?
「ミッミッ!!」
1人はバタバタしているが確実にイクラを運んでいる。
そしてもう1人は黙々とオオモノを倒している。
静かで返事もしないから心配していたが、どうやらその必要は無いようだ。
「もうノルマはクリアしているから、死なないように処理して行けばいい!欲を出して死ぬなよ!」
「はいぃっ!」
無事にWAVE1を終え、カゴ周りに一度集まる。
「先輩もう帰りたいです……」
「……彼は俺が見ておく。2人は引き続き先程の調子で進めてくれ。」
「ミィ……いいな。」
「何がだ?」
「な、なんでもないですっ!私も壁塗ります!!」
そう言うと新人は先に黙々と壁を塗り直していた新人の方へ慌てて走って行った。
そして泣きべそをかいている新人はずっと俺の身体にしがみついている。
「少し動きにくいのだが。」
「嫌です!俺絶対先輩から離れたくないですっ!」
「じゃあせめて手を繋ぐぐらいにしてくれないか?このままでは2人ともシャケの餌になってしまうぞ。」
「わ、分かりましたっ!」
慌てて体を離す新人の手を握ってやる。
片腕は塞がってボムも投げられないが、先程の状態ではモグラが来たら間違いなく喰われていたからこの方が少しはマシだろう。
横でヒィヒィ五月蝿い新人の手を引きながら雑魚処理と大物処理を手伝った。
************
「これで演習は終わりだ。お疲れ様。今日はゆっくり休んでくれ。キミ達と共に働ける日を楽しみにしている。」
「ミィ!ありがとうございましたっ///」
「しぇんぱいありがとうございましたぁ〜このご恩は忘れましぇん〜」
「あ、あぁ。」
抱き着いてくる新人を苦笑いしながら引き剥がす。
「あ、あの、どうやったら先輩と一緒に働けるようになりますか?///」
「ん?そうだな。でんせつの評価400以上なら一緒に働く事になるかもしれないな。」
「でんせつ……400……ミィ……」
嘘でももう少し低く言った方が良かっただろうか?
いや、でも変に期待させても困るからな。
少し項垂れる新人と、フラフラよたよたする新人を商会の外に見送る。
戻ると物静かだった新人がまだ残っていた。
「どうかしたか?」
「俺、どうでしたか?」
「いい動きだった。直ぐにでんせつになれる。むしろ演習はキミには不要なぐらいだ。」
「俺、Xなんで。」
「そうか。なら俺より強いな。」
「だったら俺と一緒にバイトして下さい。あんな奴らとやってたら一生上がれないです。」
「……そんな事を言っているようではダメだな。いくら強くてもそれでは上がれない。今日だってキミは沿岸でばかりオオモノを倒していた。一生懸命にイクラを運んでくれた彼女が居なければクリア出来なかったよ。強さを見せびらかすのではなく、皆のために使ってやれ。そうすればキミはもっと強くなれる。」
「……ありがとうございました。」
「あぁ。でんせつ帯で待っている。」
************
「今日もお疲れ様。これ、クマサンから預かっている講師代ね。」
「ありがとうございます。」
「貴方の講習、評判が良いからまたよろしくってクマサンが言ってたわよ。」
「いえ、こちらこそ助かります。」
色々あるが時給で言うといつもの倍だ。
バトルで稼げない身としては本当に助かる。
「そう言えばいつものお嬢さん来てたわよ?」
「ヒメが?今日はまだスケジュール更新されてないんだが、困ったな。ありがとうございます。」
ロッカールームに戻りナマコフォンを確認するとヒメからの連絡が来ていた。
黒いツナギを脱ぎ、黒いウェーダーに着替える。
インクの色もピンクに変えておこう。
現在のレートは800。
これはカンストペースだな。
気合い入れるか。
ロイは立ち上がりゲソを結び直す。
さぁここからが本番だ。
END
************
【登場人物】
・ロイ
通称黒ツナギ先輩。特異体質のせいで普段バトルが出来ない。ヒメとバイトをする時は通信機を使わないヒメの声がよく聞こえるようにウェーダーを着用している。
新人研修以外にも、特殊ウェーブの立ち回りや、役立つテクニックを教える研修など、様々な講師をしているようだ。
最近教えた事のあるヒトとでんせつ帯でマッチングする事も増え、少し嬉しいみたいだ。
★親御からの一言★
元々名前が決まるまでずっと黒ツナギ先輩と呼んでいました。ヒメとバイトするようになってツナギを着る機会は減りましたが、後輩たちから黒ツナギ先輩って呼ばれてて欲しいなと思って書きました。
・新人ちゃんA
若いイカガール。大人の雰囲気の黒ツナギの先輩に惚れてしまったようだ。その後も何度か会おうとして研修等を受けているがなかなか会えず……他にもカッコイイ先輩は沢山居るが、最初に教えてもらった先輩が忘れられない。
★先輩からの一言★
正直熱い視線は気付いていたが期待されても困るから気付かぬフリをさせて貰った。研修や講習にも積極的に参加しているようだな。そこは評価はするが、ムキになって人格が変わらない事を祈るよ。危険なバイトだからね(遠い目)(何人か見てきた顔)。
・新人ちゃんB
若いイカボーイ。興味本位で来たがシャケがトラウマになった。この一件以降シャケとイクラが食べられなくなったらしい。
★先輩からの一言★
まぁ彼は二度と来ないだろうね。向いていないと思ったから少し圧をかけたが、怖がらせ過ぎてしまっただろうか?でも中途半端に優しくしても彼の為にならないからね。
・新人ちゃんC
若いイカボーイ。ギアの欠片を集めるのに効率が良いと聞きバイトに来た。しかし低レート帯のレベルの低さに絶望。高レートのヒトに認めて欲しいと言った気持ちもあり演習に参加したようだ。
★先輩からの一言★
才能あり。あぁいう淡白な子は病んだりもしないからね。常にストイックに自分に向き合える子だ。承認欲求も強いから多分あの子はカンストバッジ取りに来ると思うよ。
・クマサン
新人の為の研修や演習も充実させている素晴らしいオーナー。
優秀な先輩に講師を任せる事により、新人に将来の自分の姿を想像しやすくしてもらうと言った意図もある様だ。
講師を任されるイカタコは美男美女が多い様な?
ま、気の所為だろう。