無視する方が悪い「頻音くん」
「……」
Dr.誰かの仕事が終わるまで待っていたクロク卿にDr.誰かは声をかけたが返事は無かった。待っている間読んでいる本に夢中になっているようだ。
「頻音くん。仕事終わったよ?」
「……」
「どれだけ夢中になってるんだよ」
再度無視するクロク卿にツッコミを入れるDr.誰かは少し苛立ちを感じた。仕事終わるまで待たせた自分も悪いが人の呼びかけに無視するのも無視するほうであると。
(しょうがない肩叩いて呼ぶか…いや普通に呼ぶのもつまらないな…)
Dr.誰かにふと思いつく。
突然自分が後ろから抱きついたらこの怪異はどんな反応するのだろうかとイタズラ心と好奇心を抱いた。
Dr.誰かはクロク卿の座っている椅子の後ろに回る。相変わらずクロク卿は本に夢中でDr.誰かが自身の後ろに回っても気づかなかった。
「しーきーりーねくんっ!」
「!?!!?」
Dr.誰かはガバっとクロク卿の首に腕を回し抱きつくとクロク卿が持っていた本が床に落ちる。
(頻音君はどんな反応するかな?)
Dr.誰かがクロク卿の顔を覗き込むとクロク卿は目を見開きながら顔を真っ赤にさせ口をはくはくさせていた。予想外の反応にDr.誰かは驚く。
「うわ真っ赤」
「…いきなりなんなのですかDr.誰か」
Dr.誰かが指摘するとクロク卿は右手で口元を隠すが耳まで真っ赤なため完全に隠せていなかった。
「呼んでも返事がなかったからつい」
「それは申し訳ない。だからと言ってこのような行動は控えた方が良いと思いますよ」
「ごめん」
クロク卿はため息をつきながら落ちた本を拾った。
呼吸を整えながらクロク卿はDr.誰かの方に振り返る。Dr.誰かの目を見つめ、不適に笑いながら喋り始めた。
「怪異を易々と揶揄ってはいけませんよDr.誰か。人間と怪異は違う。どんな恐ろしい仕返しが待っているかその身で味わいたくないでしょう?」
頻音クロクは怪異である。人間を悪夢に落とす存在であり、人間に恐れられるものなのだ。とDr.誰かに分からせるように話すクロク卿だったがDr.誰かにはどうでも良さそうに「ふぅんそれは嫌だね」と返す。
「ただの人間に抱きしめられただけであんなに真っ赤になる怪異が怖いだの恐ろしいだの言う説得力無いんじゃない?」
「それは…流して…下さいよ」
抱きしめられたことを思い出し再び顔を赤くさせるクロク卿にDr.誰かは笑みを浮かべた。
「可愛かったよ?あの時の頻音くん?」
「かっかわい?!冗談を…」
「本当だってば」
「…やめて下さい」
クロク卿の赤くなった頬をDr.誰かは触れる。
「暑いね」
「…うぅ。…やめてくださいってば」
「恐ろしい仕返しするの?」
Dr.誰かは触れた指を動かしてクロク卿の頬を軽くつねる。
「…しません。しませんから離してくださいDr.誰か」
「なら良かった。コーヒー淹れてくるから座って待っててよ」
「はい」
Dr.誰かはそう言って診察室から出ていき、頬が赤いままのクロク卿だけが取り残された。
「怪異の私よりあなたの方が恐ろしいですよ」