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    とある事情で視力が怪しいアベンチュリンの話
    ちゃっかり事後

    #レイチュリ
    Ratiorine

    見えない ざわざわと砂が舞うような視界。しかし、此処が乾いた大地に根ざす故郷ではないことは、次第に輪郭を明瞭にしていく無機的な白い天井が証明していた。
     今日はやけに見えにくい。目を細めてみても変わらない不快感を、再び目を瞑ってやり過ごすことはできる。だが今此処で逃げ出しても、もう一度、今度は必要な覚醒を試みる際に、対峙する必要があるような気がした。ならば、今のうちに。
     アベンチュリンは、気怠さから深く溜息をついた。
     だがすぐにあることに気がついて、その口をばっと掌で覆う。ざらついた視線をそっと眼球だけで移動させれば、やはり、傍に彼がいた。
     そうだ、昨日は自分の部屋で寝たんだった――と、素面で思い出すのはとても忍びない行為が脳裏にちらつく。
     その詳細を早急に記憶の隅に追いやりながら、ゆっくりと身を起こす。幸いにも、伸びた藍色の束の奥に潜む瞼は、まだふたつとも重く閉じられたままだった。
     軋ませることのないよう寝台から足を下ろし、そう離れていないデスクの上に剥き出しで置いてあったそれを取る。そして、耳へかけてから装着し、幾度か瞬きをすると、起き抜けから覚えていた気持ち悪さがほとんどなくなった。
     ――これでよし。
     憂いを消したアベンチュリンは、もう一度、目を覚ましたその場所へ身体を潜り込ませる。先程は気を遣ったものの、もういいか、と、なぜか軽くなった心の望むまま、彼の胸元へ身を寄せようとした、そのときだった。
     ぱっちり。
     開く音が響きそうなくらいにしっかりと、彼が瞼を持ち上げた。
    「あ、教授。おはよう」
     咄嗟に呑気な挨拶をする。もう暫しの惰眠の可能性が消滅したことを残念に思いつつ。だが、律儀な彼からその返答はなかった。
     代わりにきゅっと険しくなった目つきを確認しながら、寝起きが悪い奴ではないはずなのに、とアベンチュリンは不思議に思った。とぼけるように首を傾げようとすると、すっと目元に手が伸びてきて、目と目の間、そこに指を引っ掛けられて。
     あっ、と間が抜けた声を出すことしかできずに、先ほど折角装着したそれを奪われる。なんだよ、と不満を声にしようとしたそのとき、むつっと閉じられていた唇が開いた。
    「なぜ、寝ながらこれを」
    「……起きたら視界がぼやけてたから?」
     正直に申告した。なのにまだ、整ったそこは怪訝そうなままで。レイシオは、手にしたそれを翻して自身の目に遠く重ねてから、再び口を開いた。
    「左右差が激しいな」
    「うん。実はね」
    「生まれつきか」 
     やけに気にしてくる。学者のツボでも押してしまったのだろうか。アベンチュリンはそんなことを思いつつ、少し言葉に迷っていた。邪気なく訊ねてくる男に、ありのままを語って良いものか。しかし、嘘をつく必要性も感じられないので、まあいいか、と口を開く。
    「ちょっとした外的要因のせいさ。一時期、ボロ布を着せられていた頃、少しね。重い拳が当たって」
     似たような撃は幾度となく浴びていた。そのうちの、当たりどころが悪かったものの、ひとつ。当時の痛みはもう思い出せないが、潰れて形がなくなるようなことはなくてよかった、と思う。仕事においても、人間関係においても、好意を得るためには、見目を損なわないに越したことはない。
     案の定、レイシオは黙りこんでしまった。彼に気の利く言葉を思いつくつもりはないだろうから、まあ、心のある者ならば誰しもは抱える哀れみだろう。
     だが今のところ、彼から持たれるそれを煩わしく思ったことはない。過剰でもないし、不要な同情だけではなく、別の情と抱き合わせてくれている気がするから――そう悪くはないものだ。
     不意にまた、その無骨な指先が伸びてくる。今度は彼我を隔てる硝子が無いから、反射的にぎゅっと目を瞑る。
     するとその上から、数本分の指の腹に触れられた。薄い瞼の肉越しに、眼球を撫で付けるような触り方。しかも、彼が撫でたのは、健全な能力を失った方ではなく、まだ無事なもう一つの瞼だった。
     言葉もなく続けられるとすぐに決まりが悪くなったので、なに、と小さく呟いた。
    「せめて。そう思って」
     最小の言葉を発してからも、温い指の先はそこをなぞり続けた。
     残っている方だけでも大事にしろ、と言いたいのだろうか。
     触れられ続けるそこを開くことはできなくて、アベンチュリンは、器用にもう片方の瞼のみを持ち上げる。だがそこには、元通りの、碌でも無い視界が広がるのみで。
     定かではない。だが、もしかしたら柔らかくなっているのかもしれない顔つきを確かめられないのは、少し、勿体無いなと思った。
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    tono_bd

    DOODLE2022.6.2公開の、フィガロ誕4コマの蛇足のようなフィガファウ。
    4コマ見た瞬間に書いてた。本当はなんでも無い日だって部屋にくらい行く二人です。
    なんでも無い日だって部屋にくらい行くよ。 自分から出向かないと顔を出すまで部屋の扉を叩かれるから。他の賢者の魔法使いは声をかけているのに、一人だけ無視をするのは気が引けるから。理由はいくらでも思い浮かんだけれど、結局の所、僕が伝えたいだけなのだ。
     四百年の間、誕生日という日を特別に感じた事は無かった。それもそうだろう、依頼人くらいしか他人と接する機会が無かったのだ。すると自分の誕生日も有って無いようなものになる。ふと、そういえば今日は自分の誕生日だと思い出す事もあるが、王族の気まぐれで作られる国民の休日と同じくらいどうでもいいものだ。
     それなのに、この魔法舎で暮らし始めてからはどうだろう。二十一人の魔法使いと賢者、それからクックロビンやカナリアの誕生日の度に、ここはおもちゃ箱をひっくり返したような有様になるのだ。自分の誕生日には一日中誰かから祝いの言葉を贈られて、特別なプレゼントを用意されたりして、自分らしくもなく浮かれていた。それは他人が僕のために祝ってくれる心があってはじめて成り立つもので、少なくとも僕はその気持ちを嬉しいと感じた。僕が何か行動を起こしても相手は喜ばないかもしれない、もしかしたら怒らせる可能性だってある。受け取る側の気持ちを強制は出来ないけれど、僕が他人を祝いたいのだ。気持ちを伝えたいだけ、あわよくば喜んで欲しいけれど。
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    DONEこのあといつかフィガファウになって欲しい気持ちで書いてます。フィ→ファ風味だけど恋みたいな愛についてはまだ自覚なしみたい感じ
    【フィファ】フィガロ先生にはわからないフィガロ先生にはわからない

     たとえば、とフィガロは思う。
     設えられた大人が三人並んでも十分余裕のあるテーブルの上に広げた文献。己の前に置いたそれの手前に左手で頬杖をつき、その紙面を滑らせた右手の指を、重なってまとめられた紙の淵、それらを守る堅い表紙を飛び越えて、使い込まれた艶と使用者によってつけられたであろう小さな傷をもつテーブルの天板におろした。人差し指と中指を立て、板の上を歩くかのように動かして、隣に座るひとへと近づけてみる。
     そこにいるファウストは、フィガロと同じようにテーブルに広げた文献を、けれどもフィガロとは異なり頬杖をつくこともなく、椅子に座ってもなおぴんと背筋を伸ばしたまま、文献の両脇でページを押さえるために手を添えて、視線をそこに綴られた文字に落としていた。指先を包む白い手袋には汚れひとつみあたらない。手のひらまでを守るその手袋が終われば素肌が見えるが、しかしそれも、すぐに黒く広い袖口の中に隠される。袖口はひろく、天板に置かれた腕の下で綺麗な形でもなく広がっていた。
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