恐怖でも哀れみでもない、でも確かな強さを持ったあの濃桃色の双眸が、今でもずっと忘れられずにいる。
ちゃり、と魔術師が黒いチョーカーの留め具を外す。
吸血鬼は人を逸した力を何かに操られるようにして魔術師の左手首にぶつけ、壁に押し付ける。もう一方の手で深い緑色の髪を頭ごと掴み首を晒させれば、遮るもののない白い肌の向こうに吸血鬼が求めてやまない赤い血潮の流れを感じた。
溢れる唾液を喉へ流し、大きく口を開ける。鬼たる牙を白肌へ当て、強く食い込ませる。
血で、魔術師の身体を巡る命で、口内が満たされる。足りない。さらに力を込める。足りない。一日に一度、主に就寝前に行う"食事"となんら変わらないように思える行為。吸血鬼の朝日は標的を爛々と見据え、離さなかった。人であればその眩しさに、恐ろしさに、自身を守るように瞼を閉じざるを得ないのだろう。魔術師は決して抵抗せず、そして自らの意志でその金を、まるで焼き付けるかのようにしっかりと見つめていた。
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