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    hida__0808

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    みたまふとれめさめ前提さめまふさめ

    さめまふさめ未満「私に何を期待している」
     身勝手な猫の手に呼びとめられた。帰り際に「やだようまだここにいてよう」と泣きつかれるのは、もっぱら獅子神の役目のはずだった。
     村雨は、無情にもエレベーターの中に消えていく三人に「おい閉めるな」と呼びかけながらも、冷たいその手を振り払うことはしなかった。掴まれたことが気まぐれなら、握り返したのもまた、気まぐれだった。
     村雨と真経津が二人きりでできる遊びなど、まず無い。叶と違ってテレビゲームが得意なわけでもなければ、天堂のように眠りの瞬間まで武勇伝を語り続けられるような体力も持ち合わせていない。獅子神や御手洗をならってママゴトゴッコなんて、もってのほか。エンタメ技術もエピソードも協調性も皆無。目玉焼きの焼き方すら知らない村雨がこの場で提供できるものといえば、その身体くらいなものだ。
    「あなたの身を慰めてやればいいのか?」
    「あいにく、セックスをする相手には困ってないんだ。村雨さんだってそうだろ?」
     真経津晨に魅せられた人間は、大きく二つのカテゴリに分けられる。
     一つめが、彼に触れたがる者たち。真経津の身体の隅々までを手垢まみれにし、自分色に染める蛮族。二つめは、彼を遠ざける者たち。といっても、本当に距離を置くわけではたい。真経津をショーケースに閉じ込めて、直接触れられないことを確認したら、一メートルほど離れた場所から全身を舐めるように観察する。
     その「枠」から外れた者のみが、真経津と健全な友情を築くことができる。適切な距離感で、時には触れ、時には離れ。これが案外、難しい。真経津晨という男を知れば、人は彼を恐れ、心酔する。真経津いわく、「ただのお友達を作るよりも、セックスフレンドを探すほうがずっと簡単」だそうだ。
    「村雨さんとしちゃったら、数少ない友人が有象無象の一員になる。そんな勿体ないことしないよ」
     そう言いながら、真経津は村雨を寝室に誘う。座る場所など一つしかない。まんまとセミダブルベッドに腰掛けた村雨が、一瞬でシーツに沈む。仰ぎ見た天井を隠すように、悪い笑顔が覆い被さった。
    「……あの村雨礼二が、他人の感情や欲望を読み解けなくて動揺してる。ボクが何を考えてるか分からなくて怖いって顔だ」
     これまでも、たわむれで指を絡めたことはある。特別な意図はない。真経津は一度懐いた相手には誰彼構わず抱きつく癖がある。しかし、村雨は違う。見えない壁は強固で、彼を取り囲む扉の鍵を与えられたただ一人の人間ですら、満足に触れさせることはない。
    「ボクの前では取り繕えないんだよね。だって……はじめての相手だから」
    「気色悪い言い方をやめ、ろ、っ……」
     真っ白なシーツが、赤色に染まる。ぬかるんでいく。右の耳に挿しこまれた指が、左の耳穴から飛び出していく──わけがない。
     ただ、触れられているだけ。耳朶のうぶ毛を逆撫でるように、優しく撫でられているだけ。それだけのことが、村雨をおかしくする。
     身体を貫くような轟音。骨に軋む痛み。箱の外に怪物を見た。脳が割れる。恐怖で揺れる。逃げられない。広範囲に広がる血が、頭から溢れ出ているのか、耳の中から漏れているのか分からなかった。
     真経津の指の温度を知るごとに、おそろしい錯覚が村雨を包んだ。
     多量の出血により、朦朧とする意識。失われていく聴覚、眼鏡が外れてぼやける視界。五感を次々に奪われていく中で、村雨は鮮血のにおいを嗅いだ。手術台に乗せた患者のそれとは違う。確かな絶望のにおいだった。
    「まっすぐ伸びたところから新しくポッキリ折れるのは痛いし疲れるけど、一回フニャフニャに折れちゃったら今度は起き上がるのが面倒になる。分かるよ」
     誰かが猛獣使いを気取って手綱を握れば、真経津はいつだって愛らしく「おすわり」や「お手」を披露してみせた。人間の柔らかい皮膚を簡単に八つ裂きにできる牙と爪を隠し、愛玩動物になりすます。そうして緩みきった阿呆の頬を、思いきり噛みちぎるのだ。
    「村雨さんが敗北を認めた相手はボクだけでしょ? ボクのことだけは、下から見上げてるもんね。ずっと」
     ごっこ遊びを好み、よく食べ、よく寝て、すぐ拗ね、すぐ機嫌を直す。成人男性にしては、幼い仕草をよく見せた。尖った宝石の切っ先のような美しい顔が、笑みをこぼして柔らかな丸みを演じるたび、人は簡単に騙される。美しい顔と巧みな話術。相手の懐に入り込んで、油断させるのが上手い。
     皆、賭場の外で真経津に触れられると、途端に馬鹿になる。──なんだ、こうして見れば、真経津晨だってただの青年じゃないか、と。
    「別に、起き上がりたくないならそのままでいいよ。敵わないもうダメだ〜って諦めるのって気持ちいいよね。努力の必要がないから」
     しかし、村雨は一度として、自分が真経津の優位に立っていると感じたことはなかった。真経津がどれだけ面白おかしく芸を見せ、腹を見せびらかしながら「撫でて撫でて」と寝転んだとしても、村雨は彼の毛並みを優しくかき混ぜることはできなかった。
    「……その困惑と怒りが欲しい。ボクが望むのは、村雨さんみたいに強くて楽しい遊び相手なんだ」
     わざわざ腹を暴かずとも、他人のすべてを見透かすことができる、ガラスの瞳が恐ろしかった。鏡に映った醜い自分から目を背けたいのなら、俯いたまま地面だけを見つめていればいいだけのこと。簡単な話だ。
     村雨は、防音室で折られたプライドをそのままにしていた。接着剤を用意されても、支柱を立てられても、ぐったりと項垂れたままでいた。もう二度と、間違っても、上を向いてしまわぬように。
     一度認めてしまえば楽なのだ。美しい男の前にひれ伏す屈辱は、快楽にすげ変わる。無力は良い。開き直ってしまえば、敗北の味は苦いだけじゃない。余すことなく飲み干すと、腹の中で蜜と化す。
    「バケモノとキスしたら、バケモノが伝染るのかな? 試してみる?」
    「そんなファンタジーがまかり通る世界なら、私はとっくに巨大化してこの街を壊している」
    「バケモノとセックスしてるお医者様の見解だ。説得力が違うなあ」
     村雨の肩に、噛み跡が一つ──皮膚に沈むのではなく、ぷっかりと腫れて浮かんでいる。いつ付けられたものなのか、記憶にない。消えたところからまた、新たな傷を刻まれるからだ。
     飛沫感染、接触感染、粘膜感染。無垢を装った、邪悪で美しい大きなけもの。あの怪異と睫毛が絡まる距離感で愛を囁き合っても、毎晩同じベッドで眠っても、直腸に体液を注がれても、どれにしたって、村雨はまだ狂っていない。心身ともに、ヒトの形を保っている。
    「……あなたとまぐわった凡人(アレ)は、怪物に進化したか?」
    「やだなあ人聞きが悪い。彼は最初から怪物だったよ」
     あの日村雨を脅かした、灰色の眼。あれと同じ色をした鋭い視線が、彼を貫く。強く、強く。
     ──見てしまった。もう、二度と会いたくないと思っていたのに。
    「ねえ、もう一回ワンヘッドに上がってきてよ。何度起き上がってもボクが折ってあげる。次が最後になるかもしれないけどね」
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