Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    hida__0808

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 7

    hida__0808

    ☆quiet follow

    みたまふ(もりたさん誕記念2024に贈ったもの)

    死がふたりを分かつまで 
     羽柴しいなの証言
     確か五日前くらいに執務室の外ですれ違って、いきなり声をかけられたんだけど……なんであの子、私の名前知ってるの? まあ、別にいいけど。それで、突然「羽柴さんって指輪のサイズ何号?」って訊いてきたから、プロポーズでもされるのかと思って焦っちゃった。……ねえ、その顔やめてくれない? 怖いってば。一応私、君の先輩なんだけど。それにしても、びっくりするくらい綺麗な子よね。でもまあ、私のタイプじゃないかな。ああいう、へたな女の子よりかわいらしくて人懐っこい笑顔の裏に何かあくどいこと隠してるタイプって扱いづらいじゃない? あーあ、思い当たる節があるって目……それはお互い様か。で、指輪のサイズなんだけど。着けるとしたら人差し指か薬指だから、だいたい8号くらいだって言ったら、女の子の指ってそんなに細いんだ? って、手まで握ってき……だからその顔やめてってば! 私から握ったわけじゃないし、すぐに振り払ったから! もう、なんなのよ、二人してこんな取り調べみたいな……次にその顔したら適当なハラスメントでキャリア貰うからね。で、結局なにが知りたかったのか分からないんだけど、彼の薬指のサイズ感が平均的な女性の親指の直径に相当するってことを確認したら帰っていったわよ。それだけ。これ以上私を巻き込まないでもらってもいい? 残業権買いたくないし、もう業務に戻るから。……最後に、迷える後輩君に私から忠告。オトコを顔で選ぶもんじゃないわよ? 長い付き合いがしたいならね。
     
     神林美香の証言
     ついこの前まで、うちの店の前で占い屋さんごっこ? みたいなことをしてましたよ。パパったらあの人は恩人だから〜とか言って、特に注意もしてませんでしたけど。いえ、呼び込みとかではなく……手相が分かるらしくて、私も見てもらいました。誰かを思いやる気持ちがあるから、お医者さんに向いてるって……最近、大学の講義でついていけない部分もあったけど、頑張ろうって思えました。私は五分くらい? で終わりましたけど、人によって占う時間がまちまちで、プロっぽいなあって感動しました。アレが本職なんですか? え、違う? じゃあ一体普段は何をされている方……あ、秘密なんですね。ミステリアスな男性って素敵です。そうそう、それで私、訊いたんです。二十分近く手相を見られながら話し込んでた女性に、彼とどんなことを話したんですか? って。そうしたら、手相じゃなくて指輪を見られてたのよって言われて。そのお客さん、サムリングをしてたんですよ。あ、親指の指輪って意味です。小指のピンキーリングはよく聞きますけど、女性のサムリングは結構珍しいですよね? 目標達成だったりリーダーシップだったり、仕事運を上げるために着ける人が多いらしいですよ。それで、手相だけじゃなくて指輪運まで見てもらったって……本当なんですかね? そんな占いがあるなんて初耳だったので、ちょっと興味わいちゃいました。
     
     通行人AまたはBの証言
     パンのかんばやしの前にいる指輪オニーサンの噂ですか? え、知ってる知ってる! ってかウチも見てもらったから! あは、全然相手にされなかったけど。親指用の指輪とか持ってないって普通! あ、でも、こっちの子は結構じっくり見てもらったんですよ。ね? そうそう、普通に彼氏からもらった指輪を薬指に嵌めてたんだけどー、いっぱいお喋りしてもらったんだよね? タイプの子にはそういう対応すんのかな、チャラくない? ウチの学校でもその話題で持ち切りでさー。だってあんなかっこいい人と無料でお喋りできるんだよ? アイドルの握手会よりコスパいいって評判! でもお喋りするためにわざわざ指輪買いに行ってる子もいるらしいから、結局お金かかってんのか……? うーん。ガチな子はそうしてるみたいですよ。私が彼氏から貰ったこのペアリング……ここのブランドの指輪だと、親指とか関係なく見てもらえるって説があって。だから、本気でお近づきになりたい子たちは店舗まで買いに行ってるみたい。相場は安くても三万円、高いやつだと二十万円以上するのに、みんなよくやるなあって思います。でもまあ、手握ってもらった瞬間はドキッとしたよね。したね。なんかいいにおいもしたし。したね。でもさー、あんだけかっこよかったら多分素人じゃないでしょ? だからウチらとしては、ステマ? なんじゃないかなって話で落ち着いたわけ。指輪のステマ。ツツモタセ? 使い方合ってます? そうでーす、ウチら二人して「頭脳線が薄すぎる」って言われました。毒舌のイケメン、いいよね。
     
     とある貴金属店の証言
     ああ、はい。ここ数日のお話ですが。同じ指輪がいくつも売れていますね。もちろん存じておりますよ、なんでも指輪マニアの美青年の噂だとか? 13号のリングが女性のお客様を中心に売れていくのは不思議な感覚です。若い学生さんが学校帰りにウチに来るってこと自体が珍しい話なんですけど。ですが若いうちから良いアクセサリーを一つ持っておくのは、将来のためになると思いますよ。バラエティショップ批判ではないですが、安物を何度も買い換えるよりも、高級なものを永く大切にしてもらいたいですからね。しかし先日、まとめ買いの大口会計をされていった方には驚きました。ああー……ええと、確か、ブロンドの髪が美しい御方だったかと記憶しております。そのお喋り会だか査定会だか占いだか分かりませんが、ジュエリーを購入する本来の意図と目的が少々ズレてきているのでは? と、正直不安になる部分もありますが……なんにせよ、売り上げ的にウチからしたら万々歳ですよ。例の指輪マニアの彼、アンバサダーにでもなってもらおうかな?
     
     ・
     
    「……みんな、本当に嘘つきだね」
     濁った黒点の瞳。吐いたそばから空気が凍てつくような声色。
     のちに、天堂弓彦はこう語る。
     ──あのときの真経津晨といえば、賭場で対峙した瞬間と同等に美しく・おぞましかった。破裂したはずの右目が、疼いて、疼いて、仕方なかった──と。
     
     昨日の敵は今日の友。真経津がかつて、その明晰な頭脳と豪運をもってして心臓を貫いた怪物たちは、今やすっかり彼の虜となっている。
     真経津晨という共通核を取り囲むようにして集まった面々は、どの「角」をつまみ合わせたとしても相性が良く、時には真経津抜きで遊びに出かけることもあるほど、良好に・親睦を深めている。
     馴染みとなった五名のうち、誰が一番のムードメーカーかといえば、それもやはり真経津であった。最年少で遠慮がなく、よく笑い、よくはしゃぐ。四人の友人らは、真経津と対等な友として接しながらも、どこか彼を弟のように愛でている部分があった。「あの」村雨礼二ですら、目の前に五種類のケーキが並んでいたなら、まず真経津に好きなものを選ばせる。その程度には、年長者たちに甘やかされていた。
    「この三人に隠し事したってどうせ無駄だから言うけど」
    「……いや真経津、母数おかしくね? 抜かされた一人が自分だって分かるオレもオレだけどよ」
     アクが強い面々を揃えながらも、決して喧嘩三昧にならない和やかな雰囲気は、まさしく真経津晨の存在があってこそ保たれているものだった。
     そんな彼が、今日は朝からため息ばかりついている。それどころか、わざと大きな音を立ててドアを閉めたり、相手をちくちくと刺すような意地の悪い言葉選びを多用しているのだ。頬を膨らませて「むすっ」と拗ねることはあれど、他人を攻撃するような怒り方をする真経津は珍しかった。
     明らかに、何かがおかしい。それを分かっていながらも、彼を悩ませる核心へと切り込むことができなかった面々は、放っておけば放っておくほど悪化する居心地の悪さに身を縮めるばかりだった。村雨オマエが行けよ最年長だろ。知るか天堂が行け、迷える子羊を導いてやれ。いや、ここは一番話し上手の黎明が行くべきだ。はあ? こういう御役目は全部敬一君でしょ、苦労人ポジションなんだから。
     大の大人四名がみっともなく足を踏み合っているなか、ついに痺れを切らした真経津本人が口を割る。「この場において隠し事は無駄である、白状するので情報を寄越せ」と。早々に蚊帳の外に追いやられた獅子神の抗議は、誰の耳にも届かなかった。
    「指輪を探してるんだ。一週間くらい前から、ずっと」
    「指輪ぁ? ああ、アキラ君から貰ったってやつ?」
     叶が、空気を揉みしだくように右手を開閉させた。確か、薬指に嵌めてたよな。キザなんだから。小器用に薬指のみを何度もお辞儀させる彼が、ここには居ないその人を嘲笑うように口角を上げる。
    「……黎明、よく覚えていたな。そもそも真経津君が指輪なんてつけていたか、神には全く覚えがない。あいにく貴金属のたぐいには疎いのでな」
    「誕生日に貰ったんだよ、天堂さんにも見せたじゃん」
     恋人である御手洗暉からはじめて指輪を贈られた翌日、真経津は友人ら一人一人にその銀色を見せびらかし、感想をせびった。天堂にも、他の面子と同様に自慢をし、美しいだの羨ましいだの、思ってもいない感情を無理やり引き出させたはずだった。
     しかしマイペースな自称・神は、「そのとき確か、チキンを食べていたと思う。なので覚えていない」の一点張りである。神様は皆に平等に愛を与えるが、天堂様はそうもいかない。友人の幸福よりも、目先の食欲を優先させる。彼はそういう男だった。
    「誕生日……そういや、貰ったのって二週間くらい前ってことだよな? 失くすの早くねえか?」
    「……それは、そうなんだけど」
    「標識男には話したのか? あなたが指輪を失くしたということを」
     獅子神が落とした爆弾を、村雨が着火させる。真経津は、喉元で爆発した言葉を、ひぐ、と大きな音を立てて飲み込んだ。体内で暴発した熱を受け止め、静かに・しかし唸るように、深く息を吐く。
    「……話した。それで喧嘩になった。絶賛冷戦継続中……」
     真経津の誕生日である三月三日にプレゼントされた指輪を、一週間前から探している、となると──彼はたった五日程度で、大切な宝物を紛失したことになる。これには、さすがの獅子神も呆れずにはいられなかった。普段は鬱陶しいほどラブラブカップルの御手洗と真経津が。それも、いつも真経津の言いなりの御手洗が怒りを持ち出すケースでの喧嘩とは珍しい。
     が、おそらくそれなりの覚悟を持って贈られたであろう品を恋人から受け取って早々に失くすなど、獅子神の常識からするとありえない話だった。普段は温厚な御手洗を怒らせてしまうのも無理ないだろう。「それはどう考えてもオマエが悪いだろ。オレらと遊んでないでもっと真剣に探せよ」と、獅子神が更に爆弾を落とす。今度は村雨が火をつけるまでもなく、勝手に破裂した。
    「探したよ! 真剣に! それでも見つからなかったの! ……そうだよね、村雨さん?」
    「……少なくとも、私の家にはなかった。何度も言っているだろう」
     火花を向けられた村雨が、眉をひそめながら仰け反る。
    「真経津が指輪を失くしたのは、先週末に私の家で開催した利きタピオカミルクティー大会当日で間違いない」
     叶黎明主催「利きタピオカミルクティー大会」の記念すべき第一回目は、先週末に村雨邸で執り行われた。同じチェーン店で販売されているタピオミルクティー三種(ノーマル・ロイヤル・アールグレイ)を、更に1から5まで加糖で甘さ調節したもの──計十五杯を購入し、目隠しした状態で試飲するという、不正抜きのおふざけイベントだ。
     これについては、普段から若者向け商材の市場調査を怠らず、件のタピオカ店についてもスタンプカードを所持していた叶の圧勝かと思われたが、彼の舌はエナジードリンクで死んでいた。味覚音痴配信者は早々に敗退を決め、「タピオカ」を「たぴおか」と発音するキャッサバ芋初心者・村雨とまさかの同率四位で終わり、栄えある一位の冠は天堂へと与えられた。
    「私はあの日、余ったロイヤルミルクティーを差し出す真経津の右手に指輪が嵌められているのを確認している」
    「……ボクが指輪を失くしたことに気づいたのは、村雨さんの家を出て、自宅に着いてから。だから、あの日のどこかで落としたのか……それとも、誰かに盗られたのかは分からないけど、とにかく日付は確実なんだよ」
    「はあ?」
     俯いた赤茶色の癖毛を見下ろし、叶が不満げな声を上げる。等間隔でフローリングを踏み鳴らす姿は、確かな苛立ちを訴えていた。
    「なにそれ、オレらの誰かが盗んだって言いたいわけ?」
    「……そうは言ってないけど。なんで叶さんがそんなに怒るの?」
    「そりゃ怒るだろ。冷静になれよ晨君、オマエいま友達のこと疑ってんだぞ?」
    「叶さんこそ冷静になりなよ、ここで変に反応するのって相当おかしいよ?」
    「ま、まあまあまあ、落ち着けって二人とも!」
     仲裁に入った獅子神が、大きな身を竦める。真経津の目が恐ろしいほどに濁っていたのだ。友人を疑うな、意味もなく相手を煽るな、と対等に主張するべきところを、獅子神の言葉は真経津の凄みに圧倒されて、みるみる萎んでしまう。見かねた村雨が、仲裁、の更に仲裁、を請け負う。自由の神・天堂は相変わらず我関せずといった様子で、テーブルの上のクラッカーをつまんでいた。
    「真経津も、疑わしいならもう一度この家を漁ってもらって構わない。そのために、連続で私の家に集まったのだろう。……叶も、少しは不安な気持ちを汲んでやれ」
    「礼二君が〝気持ち〟だって、ウケる。逆に疑われてヤな気持ちにはなんねーわけ?」
    「……叶さん、さっきからなんなの? 冗談抜きで怪しく見えてきたんだけど」
    「おいおい、急に節穴にでもなったか? もっとちゃんとオレを見ろよ。アキラ君が買えるくらい安物の指輪が欲しい顔に見えるって?」
     怒りをあらわにした叶の表情と裏腹に、にっこりと笑顔を絶やさない彼のカラーコンタクトを、真経津が覗き込む。
     しばらく見つめ合ったのち、ばつが悪そうに「叶さんが御手洗くんを好きな可能性だってあるでしょ、モノが欲しいんじゃなくて、贈り主に価値を見出しているというか……」と、真経津が目を逸らした。破綻した言い分に、叶がすかさず嘔吐くふりをする。
    「オエッ! いきなりキショイこと言うなよな晨君!」
    「だ、だって! 百パーセント無いとは言いきれないよ、御手洗くん、かっこいいし……」
    「もういい分かった、オレが盗んだってことにしていいからその誤解だけは解いてくんない? 口ン中が胃液で酸っぱくなってきた」
     わざとらしく口を押さえた叶が、フローリングに横たわる。力ないその仕草を眺めながら、真経津もぐったりと肩を落とした。
    「……叶さんとやり合うのは骨が折れそうだから、信じることにする。そもそも、全然そんな目じゃなかったし」
    「だから最初から言ってんだろーよ」
    「いや、どう見ても今のは叶が悪人だったけどな」
     獅子神の声に続いて、天堂も「黎明は元から悪役顔だがな」と嘲笑う。叶は、天堂の声にふたたび憤りを見せながらも、大人気ストリーマー・レイメイが友人の恋人(やや凡人)に一方的に想いを寄せている──などという不名誉なレッテルを貼られるくるいなら、自身から半径一キロ圏内で起こった軽犯罪を全て己の罪として被ってやりたいくらいだ、と胸を張った。
    「悪かったよ、晨君。じゃ、この話は終わりってことで……」
    「なんで? 終わるどころか始まってすらないよね?」
     しかし、和解を急いた握手は振り払われた。真経津の表情は変わらず、暗く落ちたままである。
    「インティメイト社のユニセックスリングシリーズ、プラチナグラジオラスコレクションの13号サイズ、刻印オプションなし、値段は八万三百円。この一週間ずっと探した。もちろん遺失届を出したし、村雨さんの家からボクの家まで何往復もしたし、同じ指輪を着けている人に声をかけて出処を訊いたり、知人に同じブランドの愛好家がいないか尋ねたりした。それでも、見つからなかった。……御手洗くんとはもう、ずっと、口をきいてない……」
     彼の瞳から涙がこぼれることはなかった。真経津は、鼓膜が破れようが、毒を飲もうが、ナイフを自らに突き立てようが、生理的反応を隠すことができる生粋のギャンブラーだ。精神的な揺らぎから泣きわめくなんてことはしない。けれども、ここにいる全員──獅子神までもが、真経津の心が悲痛で歪んでいることを悟った。
    「あー……真経津、オレたちにできることがあればなんでも言ってくれよ。探すの協力するから。ほら、一回もろもろ整理したほうがいいと思うし、他人の手が入るとすぐ解決するパターンもあるだろ? な? あんま落ち込むなって!」
    「……ありがとう、獅子神さん。本当に獅子神さんって良い人だね」
     項垂れていたはずの肩が、しなる。まばたきで一度閉ざされた瞳が、次に開かれるとき。そこには、力強い光が差していた。
    「……ほかの三人も、そうだといいんだけど」
     そこから、一人一人別室に移り、時系列の確認──もとい、尋問が行われた。断頭台に立たされた面々は、それでも表情を崩さなかった。狼狽していたのは、獅子神のみである。
     表情、息遣い、声色、視線。彼らの勝負は、この家に足を踏み入れた瞬間から、とっくに始まっていた。
     
     村雨礼二の証言
     私が把握している部分のみに限って話をする。まず、件のタピオカ大会で天堂が優勝した。余ったドリンクをどうするか話し合う中で、誰も、最大まで加糖したロイヤルミルクティーを飲みたがらなかった。私は、舌が焼けるような甘さを案外気に入っていたため、ならば引き取ると手を上げた。その際、あなたが私にドリンクボトルを引き渡した指に、シルバーが輝いていたことは覚えている。そのため、タピオカパーティーの閉幕間際までは確かに指輪を身につけていたのだろうと推測できる。その後、あなたが何をしたのかは私の知るところではない。帰宅の順番はあなたが一番早く、次いで獅子神、天堂……最後が叶だったはずだ。帰宅したあなたから指輪を紛失したとの連絡があり、家の中をくまなく捜索したが、指輪は見当たらなかった。
     
     天堂弓彦の証言
     そもそも、真経津君が指輪をつけていたこと、それ自体が神にはまるで記憶がないのだ。まさかその顔、私を懺悔室に放り込んだ気にでもなっているのか? 傲慢甚だしいな。お前は迷える子羊であり、私はいつだってそれを導く神である。その立場が逆転することはない。何か他に言いたいことは? ……そうだな、神はアールグレイの無糖ミルクティーを所望する。甘いものばかり飲んでいたらジャンクな塩味が欲しくなるだろう。先週は獅子神君が急遽チャーハンを作ってくれたので助かったが……第二回利きタピオカ大会の際には、事前に塩からい供物を用意しておけ。神のためにな。村雨君の家にはもともと調理器具が無かった? 獅子神君が持ち込んだものだと? アレは本当に愚かな生き物だな。揚げ物の神聖さが理解できんとは。
     
     叶黎明の証言
     オレはな正直、礼二君が怪しいと思ってる。だってそうだろ? どう考えたって礼二君の家で失くした可能性が高いんだから。あとは単純に、このメンバーの中で一番嘘をつくのが上手いのは礼二君だしな。あの人と小細工無しのタイマンで心理戦ってなったら、いくら晨君でもしんどいんじゃねーの? オレ、味方になってやろうか。なんで礼二君が晨君の指輪を盗むかって、そんなん分かんねーけど。でもほら、大事な弟分掻っ攫われたのがむかついてんじゃない? 礼二君って人一倍アキラ君への当たり強いしな。えー? 指輪の話? あー、ってかさ、晨君の家の中は? 全部確認したか? ほらあそこ、ガラクタ…… じゃねーや、モノが多いだろ? 意外と青い鳥は身近にいましたーってオチもあるんじゃねえの。
     
     獅子神敬一の証言
     アイツら三人が三人ともやたら怪しく見えてんのってオレの間違いじゃねえよな? あ、やっぱりそうだよな、よかった。なんつーか、撹乱? じゃねえけど、全員が全員なにかしら隠してる気がするんだよな、だからわざとああやっておかしく振る舞ってるっつーか……。獅子神さんにしては冴えてるね、だと!? オメーオレのこと舐めすぎだろ! ……とりあえず、叶が一番、断トツで、明らかにおかしい。これは確かだろ。で、いつも静かな村雨が饒舌で、逆に天堂が無口。……でもよ、悔しいけど……オレが簡単に気づけるような異変って、本気で信じていいのか……疑わしい部分もあるよな。なんだよ、アイツらとの実力差くらいオレが自分で一番よく分かってるっつーの。
     
     ・
     
    「獅子神さん以外の全員が、同じ方向を向いて嘘をついてる」
     カン。法定で木槌を打ち付ける裁判官のように、真経津がテーブルの天板をマグカップの底で叩く。
    「それで……そのわざとらしい演技の真相は?」
     有罪判決を言い渡された三人は、動揺も抵抗も見せず、正面から真経津を見つめ続けている。彼らが仲間内で目を合わせることはなかった。が、示し合わせたように息を呑み、村雨から自白が始まる。
    「私が第一発見者だ。キッチンで発見した。あなた、獅子神の皿洗いを手伝っただろう。その際に外したものだと思う。黙っていてすまなかった」
    「オレはたまたま発見時に礼二の近くにいてー、悪乗りで指輪を隠そうって提案しました。困って焦ってる晨君の姿、見たいなあって……こんなオオゴトになると思わなかったんだってば!」
    「神は……」
     右から左へと流れるように続いた告白が、沈黙に遮られる。
     罪を全て赦すのが、神である。そして、神が許した罪を拾い上げ、悪人をことごとく裁いてきたのが、天堂だった。そんな彼が、今ばかりは情状酌量を求める咎人の顔で真経津を見上げている。
    「……よーし、じゃあ誰が一番悪いか一斉に指を差そう」
    「せーの」の合図で、叶と村雨が天堂を指差し、天堂はなぜか、天井に拳を突き上げていた。「それはつまりお天道様が悪いってことかよ?」と獅子神が問えば、ついに固く閉ざされていた神様気取りの口が緩む。
    「同じ指輪を百個購入した」
     天堂の足元に転がっていた「咎人お持ち帰り袋」が蹴飛ばされる。するとその中から、なんと大量の指輪が飛び出した。フローリングに乱雑に散らされたそれは、全て同じデザインである。リングが描くまばゆい光沢が、この場にいる全員の目を焼いた。
    「神が購入したのは百個。……そして、ここに百一個の指輪がある。その意味が分かるかな、獅子神君」
    「……信じたかねえけど、まさか〝そういうこと〟かよ」
     獅子神の問いかけに、天堂は静かに頷いた。
    「しかし。買ったのは確かに私だが、混ぜたのは黎明だ」
     指輪を縦に積み上げ、ちまちまとタワーを建設しながら、堂々と叶に罪を着せる。暴飲暴食、傍若無人の神様に、慈悲らしきものは存在しない。
    「ふざけんな責任転嫁すんなよクソピコ! オメーの悪ふざけは度が過ぎてんだって!」
    「神はただ、この中に真経津君の指輪が混ざってしまったら面白いことになると言っただけだ。そこに、黎明が手を滑らせただけに過ぎない。よって私は悪くない」
     つまり、事の顛末は。真経津が水仕事のために一時的に外した指輪を、キッチンに置き忘れた。真経津の帰宅後に村雨がそれを発見したが、叶が面白半分で指輪を隠すことを提案し、村雨もそれに乗った。二人の企みを知った天堂が、更なる悪意を持ってして、なんと同じ指輪を大量購入し──叶がそこに、真経津の指輪を紛れさせてしまった。
     つまりは、はじまりこそはちょっとした悪戯だった。いかんせん、財力と時間を持て余した大人のやり口が大いに膨らんだため、取り返しがつかなくなってしまった、というわけだ。
    「もういいよ、三人とも。分かったから」
     とても、誰かの宝物が眠っているとは思えない粗雑さで投げ出された指輪の山は、よもや公園から適当に拾い上げてきただけの砂利のようにも見える。真経津は、砂遊びの最中に落としてしまった大切なものを探し当てる手つきで、ゆっくりとそれらを拾い上げた。一つ一つ、丁寧に。ろくな傷や目印もない指輪たちを、見比べていく。その目は、賭け事をしている際の彼に負けぬ鋭さを持っていた。
     ちゃり、ちゃり、と金属同士がぶつかる音が響く。誰も、真経津を手伝わなかった。誰も、真経津から逃げなかった。獅子神以外の三人は、その罪の重さを味わうように、棒立ちのまま彼を見つめていた。
    「……もう、蘇生が難しいとしても。家族が到着するまでは心臓マッサージを続けてほしいと言われることがある。中には、葬儀場ですら諦められずに、治療してくれと医師を呼びたがる者もいる」
     諦めなければ夢は叶う、というのは、叶えた側の詭弁に過ぎない。人間は、生きていればいつかは必ず、諦めなければいけない場面に直面する。
     村雨は、真経津の後ろ姿を見下ろしながら、「今がそのときだ」と言った。望みの薄い延命治療ほど、むなしいものはない。正答そのものが隠されてしまっている間違い探しが開始されてから、すでに一時間近く経過している。真経津はそのあいだ、一秒も休むことなく指輪の大群と向き合っていた。
    「真経津。……我々がたわむれに大量購入できるような安物だ。どうせ、あの標識男に違いなんて分からない。適当に一つ選んでしまえ」
    「うん、安物だよ。渡された場所も全然ロマンチックじゃなかったし。でもそんなこと、村雨さんには関係ないでしょ」
    「……そうだな」
    「あーあ、今のは礼二君が悪いけど流石に可哀想だ。サディストのハートは脆いんだぞ。もっとお兄ちゃんたちに優しくしてくれよ晨君」
     出過ぎた真似を一蹴した真経津が、村雨らを振り返ることはなかった。積み上げられた指輪の山は、やがてなだらかに広がっていき、また大きな山なりを描いていく。
     長い長い検品作業ののち、「ふもと」でフローリングをなぞっていた指が、ついに止まった。
    「今に始まった話じゃないけど……みんな、本当に嘘つきだね」
     百一個ある輝きのうち、一つとして真経津の指を照らすものはなかった。炎がゆらめくような仕草で、真経津がおもむろに立ち上がる。
    「この中のどれでもない。ボクの指輪はどこ?」
     言ってしまえば、何の変哲もない、ただのプラチナリングだ。獅子神は、たとえば自身が愛用するダンベルだって、全く同じもの百個の中に紛れてしまったなら、簡単には──というより、二度と見つけられないと思った。ましてや真経津の指輪は新品同様で、経年劣化等も見られない。あの山の中から正しいものを選ぶのも、正しくないものを選ぶのも、至難の業である。
     答えを導くための、お得意のハッタリか──と思われたが、観念したような叶のため息が、その憶測を吹き飛ばす。
    「流石だな、晨君」
     少しずつ近づく人影の気配で、空気が揺れる。それは村雨たちの横を静かに通り過ぎると、真経津の目の前で立ち止まる。怒りも、悲しみもない。ただまっすぐな瞳は、一つの覚悟を示していた。
    「真経津さん……全部、叶さんのスピーカーから聴いていました。騙してしまって、すみません」
     
     御手洗暉の証言
     貴方の笑顔を疑ってしまった自分が嫌になったんです。指輪を失くしたことを打ち明けてくれた日、正直、少しホッとしました。だって、騙そうと思えばいくらでも僕なんて騙せるはずの貴方が、素直に話してくれたんだから。隠蔽されなかったことへの安心と、同時に……指輪を贈った際に見せてくれた貴方の喜びがたとえ偽物だったとしても、僕は気づけない。その恐怖が芽生えたんです。もしかして、本当は迷惑だったんじゃないか、とか。あんな指輪、嫌だったから手放したんじゃないか、とか。好きなのは、僕だけなんじゃないか、って……。だから、指輪を探すために真経津さんが色んな人に聞き込みや調査を行っていることを知って、すごく嬉しかったんです。それから、指輪が今は村雨さんたちの手元にあることを知って、その……皆さんが、愛の試練だなんて言い出すので、断りきれずに乗ってしまいました。結果、貴方を必要以上に傷つけて、苦しめた。皆さんの友情に亀裂を入れてしまったなら、本当に申し訳ないと思っています。どうか、村雨さんたちを恨まないでください。貴方に本気で嘘をつかれたら、僕は一生見抜けないので……僕が弱いのがいけないんです。ごめんなさい。
     
     深々と下がった頭が、真経津につむじを見せつける。引き寄せられるようにその前髪を撫でた真経津が、指先で御手洗の頭部を突いた。
    「知ってる? つむじを押されると下痢になるんだよ。御手洗くんなんて下痢になっちゃえ」と頬を膨らませる真経津に対し、御手洗が「はい、明日は存分に下させてもらいます」と答える。
    「存分に腹下すって、そんな日本語存在しねーだろ……」と、呆れる叶の声は、またしても真経津に響かない。ことごとく不発の一日だ。
    「こんなことを言うのも心苦しいんですが……僕が渡したものを信じてくれたことが、とても幸せな夢のように思えました」
    「……間違えるわけないよ、だって……御手洗くんがくれたものだもん」
     今日はじめて、真経津が微笑む。御手洗も、村雨も、叶も、天堂も、つられて笑みをこぼす。例のごとく一人だけ取り残された獅子神が、右と左を交互に見やったあと、前のめりで絶叫した。
    「あー……なんだこれ、待て待て待て! オレだけ完全に置いてけぼりなんだけど、どういうことだ!? なんで御手洗がここにいるんだよ!」
    「天堂が同じ指輪を大量購入したことを、標識男がどこからか聞きつけたらしい。指輪の紛失の件について、我々がなにかしら噛んでいることを悟ったのだろう。昔よりは、コレも頭を使うようになった」
    「そこで、真相を神から直々に教えてやったのだ。村雨君と黎明が裏切り者だとな」
    「こんなときまでオマエは……まあつまり、オレらは二人の仲直りのために〝下手な芝居を打っている芝居〟をさせられてたわけ。あそこで晨君が適当に指輪を選んでたら、いよいよ破局してたかもだけどな」
     指輪は、百二個あった。偽者の百一個は、床に。本物のただ一つは、御手洗のポケットに。とんだイカサマだが、そもそもはじめから、あの山の中に答えはなかったのだ。
     無機物であるモノは、コトを語らない。真経津に見つめられたとて、焦りの汗を流したり、緊張で揺れたりもしない。真経津はそれでも、無言の彼らから真実を見抜いた。「正解が眠る」とされている場所に、「正解がない」ということを、読み勝ったのだった。
    「もう一度、お渡ししても良いでしょうか」
     勝者への報酬が、御手洗の手のひらの上で光る。普段、多額の賭金を目にしたところで微塵も興味を示さない真経津だが、このときばかりは瞳を輝かせた。そして、ゆっくりと睫毛を揺らしながら、頷く。
    「もう二度と失くさない。ごめんなさい、御手洗くん」
    「いえ、僕も……感情的になってしまって、すみませんでした」
     ようやく、真経津の薬指にきらめきが戻る。実に、一週間ぶりの帰還であった。シルバーの輪に唇を寄せた真経津が、自らの指先越しに御手洗を見つめる。
    「御手洗くん、キスして?」
    「み、皆さんの前で、ですか?」
    「いいじゃん、オレらは気にしないよ。ガン見するけどな」
    「ま、ちょうど神父様もいるんだ。この際誓ってみたらどうだ? 男見せろよ、御手洗」
    「仕方ない。神がお前たちの愛の証人になってやる」
     ふんぞり返った天堂が、御手洗に一言「誓え」と言った。こんなにも野蛮な物言いで認められる愛の形も、そうそうないだろう。真経津と御手洗の唇が重なると、拍手のかわりに野次が飛んだ。
     そうして、お騒がせな二人の誓いは、村雨による乱暴なライスシャワーならぬ・リングシャワーで幕を閉じる。
     
    「ま、次に失くしたとしてもスペアはいくらでもあるからな。お兄ちゃんたちを頼っていいぞ」
    「叶さん、うるさい」
     
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💕💒💕💖💖💖😭😭👏😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    hida__0808

    PASTみたまふ(もりたさん誕記念2024に贈ったもの)
    死がふたりを分かつまで 
     羽柴しいなの証言
     確か五日前くらいに執務室の外ですれ違って、いきなり声をかけられたんだけど……なんであの子、私の名前知ってるの? まあ、別にいいけど。それで、突然「羽柴さんって指輪のサイズ何号?」って訊いてきたから、プロポーズでもされるのかと思って焦っちゃった。……ねえ、その顔やめてくれない? 怖いってば。一応私、君の先輩なんだけど。それにしても、びっくりするくらい綺麗な子よね。でもまあ、私のタイプじゃないかな。ああいう、へたな女の子よりかわいらしくて人懐っこい笑顔の裏に何かあくどいこと隠してるタイプって扱いづらいじゃない? あーあ、思い当たる節があるって目……それはお互い様か。で、指輪のサイズなんだけど。着けるとしたら人差し指か薬指だから、だいたい8号くらいだって言ったら、女の子の指ってそんなに細いんだ? って、手まで握ってき……だからその顔やめてってば! 私から握ったわけじゃないし、すぐに振り払ったから! もう、なんなのよ、二人してこんな取り調べみたいな……次にその顔したら適当なハラスメントでキャリア貰うからね。で、結局なにが知りたかったのか分からないんだけど、彼の薬指のサイズ感が平均的な女性の親指の直径に相当するってことを確認したら帰っていったわよ。それだけ。これ以上私を巻き込まないでもらってもいい? 残業権買いたくないし、もう業務に戻るから。……最後に、迷える後輩君に私から忠告。オトコを顔で選ぶもんじゃないわよ? 長い付き合いがしたいならね。
    13086