冠星は涙と鼻水まみれの宵の顔面に乱雑に布を推し当てると、本人がそれでごしごしと拭っている間に、慣れた手付きでさっさと足の矢傷の処置を済ませてしまった。
「幇間には給金もないのか」
「俺は妓女じゃなくて花子だから。俺はたぶん、店にある楽器や食器と同じなんだ。足抜けしちゃった母親のぶんと、今まで育ててもらった俺の分を、今働いて返してるんだって」
「尚更、さっさと逃げ出せば良いだろうこんなところ」
眉をひそめた冠星を見て、宵はにぱっと笑って見せた。
「あっでも、もし身請けしてもらえれば全部チャラになるんだよ。俺は字も書けるし簡単な計算だってできるから、お客さんでも『もう少し大きくなったら身請けして俺の店で働かせてやる~』って言ってくれる人もいるし!」
「それは──」
ただの酔っぱらいの戯れ言だろうと言いかけて、けれどもしそれを宵が本気で信じて心の支えとしているのならば事実を突きつけるのは酷ではないのだろうか、しかしそんな幻想にすがり続けても、いずれ現実を突きつけられた時により大きな絶望を味わうだけなのではないか……などと逡巡してしまい、その言葉は不自然に途切れた。
しかし、視線を宵へと戻した冠星はハッとして、それが杞憂であったとわかった。
「ありがとう」
そう言って笑った宵の表情は、先程のおどけたように明るく陽気なものとは違う、なんとも言えない、けれど酷く穏やかな笑顔だった。