酔っているな、という感覚はある。だけど、いつものようにベロンベロンに泥酔しているわけではなく、ふわふわと気分が高揚している感じ。まるで体に微熱があるようだ。
両手でお酒の入ったグラスを持ち、にこにこと周りの楽しげな様子を見ている。すると、突然僕の隣に座る人が立ち上がった。それがなんだか無性に寂しくて、ついついぐい、とその人の服の裾を掴んでしまう。
「そーーーちゃん! トイレ行くから離して!」
「たあくん、行っちゃやだ」
「漏れるから!」
「行かないで……」
あぁ、環くんだ。そういえば、いつもお酒の席では環くんが隣に居てくれるっけ。
「すぐ戻るから、な?」
「うぅ……。でも、寂しいもん」
「そーちゃん……」
「コラー、壮五。環困ってるだろ? ほら、こっちおいで」
「三月さん」
まだ酔っていないらしい三月さんが眉を下げて手招きしている。
困ってる……。環くんは困っているのか。僕のせいで……。
「たあくんごめんなさい……」
「うぉ、も〜泣くなよ」
環くんを困らせたいわけじゃないのに。それなのに迷惑をかけてしまった。そう思ったら、目の前が滲みポロリと頬に涙が落ちる。
「……お、今日の壮五は素直だなー。……てことで、おっさん。後はよろしく」
「え!? って、ちょ、おい! ミツ! 俺に押し付けんな」
僕を手招きしたはずの三月さんは、そそくさと一織くんや陸くん、ナギくんが居る方へと逃げてしまった。
取り残された僕と大和さん。僕は大人しくちょこんと大和さんの隣に座っている。
「あー……。今日は玉座にしないのな」
「ぎょくざ?」
「なんでもない」
何やら少し戸惑った様子の大和さんは、そう言うとグラスに口をつけ、お酒を流し込んだ。
「僕も……」
「ソウはもうお終い。水にしなさい」
大和さんを真似て僕もグラスに残ったお酒を飲もうとすると、グラスの縁に手をかざされる。
「え」
「ぐすっ……」
なんだかそれが妙に悲しくて再び涙が出こぼれ、洟をすする。一体、今日はどうしてしまったのだろう。
いや……。泥酔しているときは記憶がないだけで、いつもこういう風に泣いているのかも。酔っ払った僕は質の悪い絡みだけでなく、こんな風にぐずっているのか……。
「oh……。ヤマト、ソウゴを泣かせました」
「えっ、壮五さん大丈夫?」
「ちょっと七瀬さん! 危ないじゃないですか!」
僕たちの方を見て、やれやれと言いたげなジェスチャーで呆れるナギくん。そんなナギくんを見て驚き、グラスを倒しそうになる陸くん。そして、陸くんが倒しそうになったグラスを支える一織くん。
わちゃわちゃしていて、これぞIDOLiSH7という感じだ。
「ただいま〜。そーちゃん大人しくしてた?」
「たあくん」
そこへ、トイレに行っていた環くんが戻ってきた。僕はグラスを置き、パッと環くんの元へ駆けつけようとする。しかし、
「落ち着きなさい、ソウ」
と、大和さんに優しくなだめられる。大和さんに言われたとおり、落ち着き環くんが来るのを待つ。
「おかえり、タマ。なーんか、今日のソウは大人しいのな」
「え? さっきぐずってたじゃん」
「いや、それはそうだけど」
「たあくん」
泥酔していないのに二人が何の話をしているのか、よくわからない。まだ意識というか理性というか、僕の中のストッパーがある状態でも、頭はいつものようには回ってくれないらしい。
「はいはい。玉座な」
「わ」
環くんの名前を呼び、擦り寄るといきなり抱き上げられる。そして、僕が環くんを座椅子にするような体勢になった、というかされた。
何が起きたのかわからず目をパチパチと何度か瞬きする。
「そーちゃん枝豆いる?」
「う、うん……」
「ほい」
「えっ、あ、ん」
今度は枝豆がいるかと聞かれ、慌てて頷くと環くんは枝豆の中身を取り出し、僕の口の中に入れる。
何が起きたのか本当にわからない。環くんの指が僕の口の中に入り、それがほんの少し僕の舌に触れたのだ。
「なに、そーちゃん恥ずかしいの? 耳真っ赤」
「…………」
顔から湯気が出ているのではないかというくらい、頬が熱い。こんなの、微熱なんてものじゃない。
「ほら。やっぱり今日のソウなんか変だろ」
「うーん……。別に体調はいつもどおりっぽいけど」
「たあくん。ぼく、へんなの?」
「変じゃねーよ」
そんなにおかしいのかと不安になり、後ろを向いて環くんに尋ねる。すると、思ったよりも環くんの顔は至近距離にあった。そんな至近距離から、なだめるように頭を撫でられる。
「そーちゃん、心配ならもう寝る?」
「や。まだたあくんと居る」
「俺も一緒に行くし」
「それでもや。たあくん、僕が寝たらこっちに戻っちゃう……」
「じゃあ、一緒に寝る?」
「寂しいから、最後までここにいるもん」
「そーちゃんのわがまま」
「わがままじゃないもん」
絶対に環くんから、そしてこの場から離れてやるもんか、という意思を示すべく、くるりと体の向きを変えて環くんのパーカーにしがみつく。
「ちょ、その体勢はさすがに……」
「何、ヤマさん」
「なんでもないです……」
「?」
大和さんが何か言いたげだが、何となく嫌な予感がするのであまり気にしないでおく。
「なんか、今日のそーちゃん赤ちゃんみたい」
「僕は二十歳だよ?」
「そーだけど、そーじゃなくて」
「?」
環くんはそれこそ赤ちゃんをあやすように僕の背中を摩る。それがとても心地良くて、気を抜くと眠ってしまいそうだ。
「なんか、いつもの酔ったそーちゃんは怪獣みたいなんだけど、今日のは同じわがままでも、怪獣じゃなくて赤ちゃんっぽい」
「よくわかんない」
「おー」
どうやら、これ以上教える気は無いらしい。わからないと言っても、適当に流される。
「そーちゃん眠い?」
「眠くないよ」
「嘘つき。目とろんってなってる」
「なってない」
「はいはい」
何度も繰り返したそのやり取りをまたやっていると、一織くんと陸くんが使っていたコップなどを片し始める。
「一織、もう寝るの?」
「はい。明日は朝早いので。七瀬さんは夜更かしすると体に良くないので、ついでにと」
「あ! 一織今ついでとか言ったな!? ムカつくからもう少し起きててやる!」
「何馬鹿なことを言っているんですか。あなた今日少し調子悪そうでしたよね」
「それは、その……」
「全く。さっさと部屋に戻りますよ」
「はーい……」
一織くんと陸くんのいつもと変わらないやり取り。だけど、一織くんから陸くんに対する優しさが滲み出ていてほっこりしてしまう。
「一織、おやすみ」
「兄さん。あまり、飲みすぎないよう気をつけてくださいね。おやすみなさい」
「環、壮五さんのお世話よろしくな」
「おー。慣れてっからへーき」
一織くんと陸くんがこの場を去り、賑やかだったのが少しだけ静かになってしまった。なんだか寂しい。
「さて。環もそろそろ寝な。明日も学校だろ? ナギも。明日午前中から仕事なんだから」
「仕方ありませんね。ここはミツキの言うとおり、早めに去りましょう」
「ちぇー。もうちょい起きてたかった」
ナギくんも使っていた食器などを片付け始める。そして、環くんも。僕を膝の上からおろし、コップを片付ける。
「ソウはどうする? 大人たちで飲み直すか?」
大和さんはニヤリとした笑顔でお酒を飲むジェスチャーをする。しかし、僕はまた涙を滲ませ、立ち上がった環くんの長い脚に抱きつく。
「うお、そーちゃん」
「や。たあくんと居るの」
「はは。ほんと、今日のソウは不思議だな。つーことで、ミツ二人で飲み直すか」
「いや、オレも明日朝早いから。それにおっさんここ最近毎日飲んでるだろ? 休肝日。ちゃんと健康にも気遣わねーと」
「はい……」
大和さんは三月さんに注意され、しょんぼりと落ち込んでいる。なんというか、この二人のやり取りは夫婦のようだ。いや、僕は実際にこういう家庭的な夫婦を見た事はないのだけど……。
「なーに。今日のそーちゃんほんと甘えん坊。可愛い」
「わ」
環くんは脚にまとわりつく僕の腕をどかす。そして、僕のことを軽々と抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。こんなにもあっさりと抱き上げられるとなんだか気に入らない。もう少し、鍛えよう……。
「ごめん、そーちゃん眠そうだから運ぶ」
「おー。任せた。壮五おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
最後まで片付けをしてくださっている三月さんと大和さんに挨拶をして、共有スペースを出る。
環くんが一歩、また一歩と歩くたび、ゆらゆらと揺れて眠気が襲ってくる。
「そーちゃん、着いた」
「そーちゃんの部屋?」
「うん」
「やあ。たあくんのお部屋が良い」
「なんで、寝るんじゃねーの?」
「たあくんのベッドで寝るの」
「も〜」
あ、また環くん困ってる。また、困らせてしまった。
そう思ったがどうやらそれは僕の勘違いらしい。環くんは、眉を下げて困ったように、だけど、少しだけ嬉しそうにも見える笑顔を浮かべた。
「わかった。俺の部屋行こ」
「! うん!」
そして、すぐ隣の環くんの部屋に着く。ガチャリと扉を開けるといつもどおりの少しだけ散らかった部屋。シラフのときは、汚いよと怒るのに、酔っ払っているとなぜだか安心してしまう。あぁ、環くんの部屋だ、と。
「そーちゃんね、たあくんのお部屋、たあくんの匂いがするから好きなの。安心する」
「そ、んな恥ずいこと言うなよ」
「はずい?」
「あー、なんでもない」
環くんの顔が少しだけ赤い。それに少しだけ心臓の鼓動が速くなった。触れているからわかる。
「ほら、そーちゃん。もう寝よ」
「うん」
ぽすりと優しくベッドにおろされる。布団からは環くんの甘い匂いがする。それが嬉しくて、愛おしくて、安心して枕に鼻を擦り付ける。
「そーちゃん! 恥ずい!」
「どうして? いい匂いだよ」
何を恥ずかしがっているのかわからない。こんなにいい匂いなのに。
「う〜。そーちゃん、俺も入るからちょっとそっち寄って」
「わかった」
壁側に寄ると、環くんも布団の中に入ってくる。さすがに成人男性二人にシングルベッドは狭い。だけど、環くんとの距離が近くて嬉しい。
「ふふ。たあくんあったかい」
「そーちゃん専用カイロだからな」
「本当? そーちゃんだけ?」
「ん」
そう尋ねると、環くんは温めるように僕のことをぎゅっと抱き締めてくれる。
「あ、そーちゃん赤ちゃん電気じゃない方がいいよな。消してくる」
「待って」
「え?」
「明るいとたあくんのお顔よく見えるからこのまんまが良い」
「っ〜〜。ダメ。本当に恥ずい。消す」
「あっ」