慣れ徐ろに口の中に指を突っ込まれて、その加減のなさに反射的に涙が浮かぶ。
何するんだって怒りたいのはやまやまだけど、それで間違って指を噛んでしまうのは、嫌だ。
大人しく指が抜かれるのを待つけど、むりやり引き剥がしたりしないことに気を良くしたのか、口もとに笑みを浮かべながら頬の裏や歯の並びを強く擦られる。
ぞくっとした感覚と同時に口の中に分泌されてしまう唾液を垂らさないようにするのに精一杯。
なのに蘇枋の指は止まらない。どんどん息が苦しくなって、もうダメだ……と思った瞬間、やっと指が出ていった。
つぅっと蘇枋の指と自分の口を我慢していた唾液が結ぶ。
「頑張ったね、桜君。……どうする?」
どうする? なにを? ……もう一回、するのか?
自然に開いてしまった口の端から唾液が垂れてしまったけれど、自分がなにをしているかなんて、もうどうでもよかった。
あれはそう、二週間くらい前。蘇枋に好きだって言われて、ちょっと経った頃。
恋人同士だからキスくらいはするんだって知ってた。じっと見られると落ち着かねーから目を閉じてることが多かったけど、むにっと触れる感覚は、なんか、良かったから。
だから蘇枋がしたそうにしてるときはそれでいいと思って目を閉じてたけど、その日急に蘇枋が変なキスをしてきたんだ。
「桜君は口の中が弱点なんだろうね、きっと」
「はぁ なんっだ、それ!」
「キスで真っ赤になるのはわかってたけど、まさかディープキスちょっとしただけで膝が笑っちゃうとは思わなかったんだよ、オレも」
(あれ、でぃーぷ、って言うのか……じゃ、なくて!)
「蘇枋が口開けろって言うから開けたんじゃねーか! あんなのするなんて、オレは聞いてねぇ!見てねーのをいいことに調子に乗りすぎだろ!」
「言ったところでわかんなかったでしょ?」
「そ、んなこと、は……ねぇな」
「ふぅーん?」
なんでバレてんだかわかんねーけど、だからって勝手に口の中ぐちゃぐちゃにしていいなんて誰も言ってない。
弱点なんて言われたら、なおさら悔しくなる。それじゃまるで、蘇枋の口の中は弱くないみてーじゃねーか。
「じゃあこうしようか。ディープキスはしばらくしない代わりに、桜君はオレの指に慣れてもらうっていうのはどう?」
「は?」
「指なら桜君は目をつぶらなくて済むでしょ。何をされてるかわかりやすいし、嫌なら噛んでも構わないよ」
オレの返答を待ちながら、蘇枋が手のひらを目の前でひらひら揺らす。
蘇枋の舌は熱くて、ぬるっとしてて、ぐちゃぐちゃって音がした。でも、指ならそんなことはないだろう。
「……でぃーぷきす、ってやつ、しないなら、それでいい」
「わかった。じゃあ次からちょっとずつやってみようね」
そうして、キスのあとに必ず、蘇枋の指を口の中に迎え入れるようになった。
最初のうちは『大丈夫?』『嫌なら噛んでね』とか言ってたけど、何度か回数を重ねると予告なしに指を入れてくるようになった。
だいたい人差し指だったけど、いつの日からか親指で前歯の歯肉を左右に擦られると寒気がするようになった。
親指と人差し指で口を強引に開かれると涙が出るのに、ふぅっと息を吹きかけられるとたまらなくなった。
頬の裏は、上のほうより下のほうが擦られると気持ちがいい。
唾液たっぷりになってしまった口の中をどうにかしたくて飲み込む動きをすると、オレのじゃない味がする。
紛れもない、蘇枋の味。
(……おかしい、こんなの)
ディープキスってやつよりは感触が硬いし、へんな感じにはならない。そのはずだったのに、日に日に身体がむずむずしてくる。
もっとして欲しい、もっと蘇枋の味がほしい。なのに指じゃ、足りない。
オレは指より気持ちよくなれるものを知ってる。むずむずした感じはそのせい。
「桜君、大丈夫?」
「らい、じょ……ぶ、ら……」
「そっか」
いつもならそう言って終わるのに、今日に限って『頑張ったね』なんて言われたら。
何をしてるかわからない。わかったらオレはダメになる。
だからわからないふりをして、蘇枋の口に向かって自分の顔を寄せていく。
「こっちが、いい」
もう少しが届かない。蘇枋の首元の服を掴んで、下に向かって引いたらちょうどいい位置に来た。
キスは出来たのに、蘇枋の口が開いてなくて舌が入らない。
「ダメだよ桜君。そのキスをするときは、ちゃんとオレに抱きついてくれなきゃ」
そう、なのか。
「そう、上手。頭がぐらぐらしたら奥まで入らないから、ちゃんと固定して……そう。ピアス引っ張っちゃダメだからね」
わかった、こう、か。
「さすが桜君。じゃあもう、遠慮しなくていいよね」
焦らされてぼやけた思考が、急に押し込まれた蘇枋の舌の感触で急に戻ってくる。
息が苦しいのに、待ちかねた感覚に身体が悲鳴を……いや、たぶんこれは、オレの身体は、よろこんでる。
「んっ、ぁ……」
「指で気持ちよかった場所、全部さわってあげるから安心してね」
ぜんぶ。まだ舌が絡まっただけなのに、これから、ぜんぶ?
「……嬉しそう、だね」
わからない。蘇枋のせいでわかんねーことばっかりだ。
膝に力が入らなくなるのが前より早い気がする。蘇枋の味が前より濃い気がする。
オレは。オレはもう、蘇枋の顔が近すぎて、限界だ。
「本当に、君は……今日、どこまでしようかな……」
どこまで? 終わりなんか、あるのか?
息苦しさの中で、蘇枋の手がオレの背中を伝って腰のあたりを撫でる。初めての感覚に、オレは蘇枋に身体全体を預けるみたいにして、思わず縋りついた。