白翼の輪【顕現〜付き合う編】よくある話。時間遡行軍が消滅した未来の話。時間遡行軍がいなくなればもちろん、本丸は解散。刀剣男士によって生み出される価値、重要性といった存在意義がなくなる。役割を終えたものはその生命に終止符を打つ。審神者によって生み出された刀剣男士。彼らは『戦う』という役割を与えられてその命を宿した。時間遡行軍と戦うために得るもの以外に彼らが必要とするものは何もない。それは感情もまた同じで。
鶴「ははは。刀に畑仕事させるなんてねえ。たしかにこれは驚きだわな。」審「おふざけも大概にして、これも大事なことやからサボらんときちんとやってね。」鶴「はいはい。」審「はいは一回。」鶴「おお怖い。じゃ、行ってくるぜ。」こんな調子で話しているが、私は知ってる。彼が歴史に対して異様なほど頓着があること。私の知らぬところで彼自身が己の心を削っていること。そして、それは私の力ではどうしてやることもできないこと。
鶴丸国永が初めてこの本丸に顕現した時、私は彼のその美貌に思わず、酷く心酔したのをよく覚えている。鶴「よっ。鶴丸国永だ。俺みたいなのが突然来て驚いたか?」審「あっ、えっと、こほん…。初めまして。この本丸のさ、さ、審神者です。(緊張してめっちゃ噛んじゃった〜〜〜〜〜!!!!殺して〜〜〜〜!!!!!)」鶴「ははは。こいつはまた面白い人に出会ったもんだ。これから色んな驚きに出会えそうだな。ま、これからよろしくな!」なんてポジティブ思考の刀なんだ……。というか……すっっっっっっごい綺麗な顔だな!!?!?!?!??!サラサラで綺麗な白髪、モデル顔負けの美しい顔立ち、今にも吸い込まれそうな金眼、長いまつげ、筋肉質なのに折れてしまいそうな細い体………。刀剣男士って何故こんなにも都合よくイケメンばかりなのだろうか。鶴「ん?俺の顔に何か付いてるかい?」審「あ、えっっっっと………美しい顔が…………」初めましての刀になんてことを…………!!!(恥)鶴「ははは。こんなに面白い人が俺の主だなんてな!退屈しないで済みそうだぜ。」審「どういう意味かなそれは(怒)」鶴「ははは。」
〜時は流れ〜
鶴「おいおい、たった三日だぜ。加州だって鯰尾だっているじゃないか。ひとりぼっちにさせるわけじゃあないんだから…。」審「でも…。」鶴「だいたい、修行に行かせてくれる許可をくれたのはきみだろう。」審「確かに…。」鶴「…じゃあ、修行から帰ったら俺のお願いを一つ、聞いてくれないだろうか?」審「え?良いけど、今じゃあかんの?」鶴「ああ。帰ったら、だ。俺はこの願いを叶えるために必ず強くなって帰ってくる。だから…頑張った俺のご褒美って言ったとこかな!はは。……駄目かい?」固い意志を持ったその真剣な眼差しはどこか不安そうに見えた。これほどまでに真剣に見つめる彼の頼みを断れるわけもなく、私は静かにうんと頷いた。鶴「ありがとう。」そう言うと彼は私の手の甲にキスをした。鶴「じゃあ、行ってくるぜ。」審「あ…。」固まった私に返事をさせる暇も与えず、振り返ることもなく彼は足早に去って行った。
鶴丸国永が修行から帰ってくるまでの三日間、想像していたよりもずっと長く感じた。加州、鯰尾をはじめとした刀たちにたくさん手を借りながら、業務をこなし、時には彼を想って切なくなる夜を迎えていた。だから彼が本丸に帰ってきた時、私は心の底から歓喜した。修行を終えた彼の姿は以前よりもたくましく、より輝いて見えたと同時に、変わらぬ美しさと安心感を私に見せてくれた。審「強くなったね。鶴丸。」鶴「ああ。そうでなきゃきみがお願いを聞いてくれないかもしれないからな。」審「そう言うところは何も変わらんのやね。」鶴「ははは。」すると、彼が帰ってきたのを聞きつけて走って来た陸奥守がお祝いをしようと提案し、賛成した私たちはすぐに本丸のみんなと準備を始めた。
〜お祝いを終え、皆が眠り始める頃〜
審「そういえばさ…帰って来たから教えてや。」鶴「ん〜?何をだい?」審「え、修行から帰ったら私にお願いしたいことあるって…」え、もしかして私の記憶違い?みんながお酒飲んでたから、お酒の空気に私まで酔って勝手に記憶改ざんしちゃってた??え、どうしよ。恥ずかしい。審「あ〜〜…………今の忘れて…。」鶴「ははは。冗談だ。本当にきみは面白い人だなあ。」からかわれてた。この酔っぱらいが。この怒り、どうぶつけてやろうか。鶴「おっと、そんな顔しないでくれ。悪かったから。」審「じゃあ早く教えてよ。」鶴「そうだなあ…。」そう言うと彼は私に問う。鶴「きみは俺に秘密にしていることがあるだろう。」審「え?急になんのこt……」鶴「とぼけたって無駄だぜ。俺はきみが想像しているよりずっときみのことを見ている。」審「どう言う意味?」鶴「すぐに分かるさ。なあ、何故きみの顔に口が付いているか考えたことはあるかい?」そんなの話すため、食事をするためといった、生きるためにとても大切な器官であるからだ。話せるのは人だけだけれど、食事の役割という意味ではどの生き物においてもとても重要な……。鶴「違うな。」私があれこれと考えているのを読んだ彼が否定する。鶴「まずは、さっききみが聞いた意味の方を教えてやろう。」審「え?」そう言うと彼は私の唇にキスをした。実際、その間流れた時間はほんの数秒程度だが、私にはまるで時が止まったかのように感じた。彼と唇を重ねている。この時、やっと私は彼の気持ちに気付いた。鶴「どうやら説明する必要がなくなったみたいだな。」審「え、あの、本当に?」鶴「ん〜?」またそうやって誤魔化す。私に意地悪をする。鶴「さて、じゃあ今度は俺の質問に答えてもらおうか?」審「何故私に口が付いているか考えたことはあるか……。」鶴「ああ。もっと言えば、だったら俺が求めている言葉は何か。答えが合っていればきみに褒美をやろう。」審「待って待って、話を戻そう。鶴丸は私にお願いがあるんよね?それとこのやりとりは関係あるん?」鶴「なかったらどうする?聞く耳を持つ気にならないかい?」審「………。」鶴「はは。悪い、少し意地悪が過ぎたな。じゃあ、この質問で最後にしよう。」あまりにも質問責めにあうので、なんだか半ば尋問を受けているように感じてきた。そんなふうに考える私に再度近付き、表情を変えて彼は私に問う。鶴「嫌なら拒め。」それだけ言うと彼はまた私と唇を重ね合わせた。先程よりも長く、深かった。ああ、そうか。私だけじゃなかったんだ。ずっと好きだったのは私だけだと思ってた。不釣り合いだから。リスクが伴うから。人と刀が恋愛感情を持つことは有り得ないって、そう思ってたから、私は知らない間にこの感情を心に秘めていた。彼の言う、「俺に秘密にしていること」の答えはこれだったのだ。でも彼は最初から分かってた。知らないふりをしてあげることが私のためだと。人というのは厄介な生き物だ。余計な感情に支配されて、審神者としての力が発揮できなくなったら、歴史を守れなくなったら、そうなれば彼は多大な責任を負うことになる。これまでの彼では背負うには大き過ぎる責任だと思ったのだ。極になって強くなれば、その責任を負う覚悟ができる。だから彼は「願いを叶えるために必ず強くなって帰ってくる」と随分な大口を叩いて行ったのだ。審「ほんと…あんたも考え直した方がええよ。」(あなたは本当に意地悪な人だ。)鶴「?」(でもそんなあなたとなら、)審「なんであんたの顔に口が付いてるのか。」(これからの毎日、)鶴「ははは。……そうだな。」(退屈せずに済みそうだね。)本丸のみんなはもうとっくに寝静まって、互いの鼓動さえも聞こえてきそうな今夜、一人と一振りの、恋が実った。