土銀 酔った勢い「この間のことは忘れてくれ」
そう言い俺と目も合わさずそそくさと踵を返す野郎。咄嗟に呼び止めてもすまねェと呟き振り返りもせずに行ってしまった。
「忘れろも何も俺ァ…」
うっかり出かけた本音を飲み込んだ。
ーーあれは先週のこと。
珍しく一日に二件、しかも同じ時間帯に仕事の依頼が入った。もう三日はまともな食事を取っていないほど金欠だった万事屋にどちらか一方を断るなどという選択肢はなく、比較的軽そうな依頼を新八と神楽に行かせてもう一方は自分一人で行くことにした。
屋外での重労働だったが幸い想定していたよりキツイものではなく、依頼主も優しくて予定より作業が進んでいるし午後から雨予報だから帰っていいと言ってくれたのでその言葉に甘えて帰ることにした。
「あざっした〜」
本日分の報酬を受け取り暫く歩いてから封筒の中身を確認する。久しぶりに見る札束にウハウハ気分でこの後新八たちと合流して久々の外食もありだなと考えているといきなり大きな落雷と共に激しい雨が降り出した。
思っていたより早く降り出した雨に舌打ちしながら走り出すといつもの定食屋が目に入り雨宿りするかと飛び込んだ。
「いらっしゃい!…ってあら銀さん、ずぶ濡れじゃない!」
「あぁ、降る前に帰れるかと思ったんだけどよ。腹減ったし雨宿りしてくぜ」
"いつもの"と注文し席に座り、おばちゃんが持ってきてくれたタオルで髪やら顔やらを拭いていると横から刺すような視線を感じてそちらを向く。
「っ!」
「何、土方くんもいたの」
「あ、あぁ」
嫌味の一つでも言ってくるのかと思いきやそのまま黙って前を向いてしまった。その反応に物足りなさを感じてこちらから嫌味を言ってみる。
「お仕事中に飲酒ですかー?良い御身分なこった」
「…服見たらわかんだろ、非番だ。」
また素っ気ない返事だけで終わってしまった。
普段なら食ってかかってくるはずなのに何故だか今日は妙にしおらしい。それに奴が酒を飲んでいるなんて珍しい。
何だかいつもと違う様子に気味悪さを覚えてこれ以上は話しかけなかった。
まぁ誰にだって一人でしっぽり呑みたいときもあるだろうと思いつつもあの野郎を気遣って店を出て再び雨に濡れるのは癪なので大人しく出されたいつもの宇治銀時丼を食べ始める。
途中様子が気になってちらりと目線だけ動かすと変わらず呑んでいた。先程は気づかなかったがよく見ると顔も赤く、空いた徳利が何本もあるのでだいぶ酔っているようだ。
「おばちゃん、日本酒ちょーだい」
特に理由はないが俺も呑むことにした。そしてほろ酔い気分な俺の徳利がなくなった頃にはすっかり隣の奴は酔い潰れて机に突っ伏していた。
「あら、土方さん潰れちゃったねこんなに呑むなんて珍しい」
「おばちゃん俺は帰るよ」
金を置いて帰ろうとするとおばちゃんに仲良いんでしょう?送ってあげてと引き止められる。いやいや俺たち仲良くないし顔見知りなだけだしなんて思いながらもおばちゃんにはいつも良くしてもらっているので仕方なく従うことにした。
「おーい、土方くーん店出るぞ」
揺すって起こすが全く反応がない。
無理矢理腕を引っ張ると唸り声をあげながらも何とか立ち上がったのでそのまま肩に背負って歩く。戸を開けると来たときよりは弱まっているがまだ雨が降っていた。おばちゃんに傘を借りて店を出る。
「ったく、今日はツイてねぇな」
そう横を見て言っても何も返事はなく相変わらず意識があるのかないのかよくわからない様子だ。ぐだぐだ文句を言っていても仕方ないと諦めて黙って歩き出したものの、ここから真選組屯所は離れていて万事屋までの倍は距離がある。酔っ払った大人の男を連れて歩くにはほろ酔いの銀時には少ししんどかった。というかめんどくさかった。なのでそのまま万事屋に連れて帰ることにした。
どうせ1,2時間寝かせておけば勝手に起きて帰るだろうということで屯所とは反対側へ歩を進める。
暫くしてようやっと万事屋銀ちゃんの看板が見えてきてやっと重い荷を下ろすことができると最後の力を振り絞り階段を登った。
戸を開けると廊下の先は真っ暗だった。玄関に視線を落とすといつもの草履と黒い靴はなかった。
「ンだよ新八も神楽もいねぇのかよ」
まさかアイツら銀さんを置いて美味いモンでも食ってんじゃねぇだろうなとか思いながらブーツを脱ぐ。
「おい、着いたぞ。草履脱げ。」
そう呼びかけると何だかよくわからない言葉を発しながら草履を脱ぎ歩き出す。
そのまま客間の長椅子にたどり着きそこに土方を雑に寝かせる。
「あーーー疲れた!こっちは仕事の後だってのに、何呑気に寝てやがんだ…」
と眠る土方の顔を睨もうとすると、怒りとは別の感情が湧いてきた。
「(コイツ…整った顔してんな)」
そういえばいつも顔を合わせれば言い争ってばかりでこんな風に間近で顔を見たことはなかった。"真選組随一のモテ男"確かにそう言われるだけの顔はしているなと思いつい見入ってしまった。
「…チッ、気に食わねぇ」
何男の顔に見入ってんだ俺はと我に返って、自分もだいぶ酔っているなと水を飲みにその場を離れた。
蛇口を捻りグラスに水を注ぐと一気に飲み干してからもう一度水を注いだあと、今度は別のグラスを取り出して水を注ぎ元いた場所へ戻る。
「…うわっ!お前起きたんならなんか言えよ!驚くだろ!」
先程まで寝ていたはずの土方が起き上がっていた。
「…俺の何が気に食わねェんだよ」
「何、聞いてたの?狸寝入りですか?コノヤロー」
「お前が俺の顔ずっと見てるからだろ?」
そう言ってグイッと腕を引っ張られる。その勢いでバランスを崩して土方の座る長椅子に倒れると目の前にヤツの顔があった。
「好きなだけ見ていいぞ」
「はぁ?誰がお前ェの顔なんか…ッ!」