「子供の頃、叩くと無限にビスケットが出てくるポケットが欲しかったんだよね」
「……聖遺物の類か?」
「あは、違う違う。スネージナヤの童謡で、そういうポケットがあるんだ」
「悪くない発想だ、叩けば三十年物の酒が湧き出る水筒はなかったのか?」
「童謡に酒を求めないでよ、先生。果実水ならまだしもさ」
「冗談だ、公子殿がビスケットが好きだというのは初めて聞いた」
「俺が、というか弟達がね。おやつなんて幾らあっても困らないだろ?」
「良き兄君の手本だな」
「そう在れたらと思うけど」
「自信がないか」
「意外?」
「そうだな、俺は家族の事を語らない公子殿しか知らないから」
「油断すると、どっちの皮も溶けて綯交ぜになりかねないからね」
「執行官の己も、良き兄の己も、何方も貴方だ。他人への見せ方が違うだけで、それらは常に晒されている」
「俺は無駄な努力をしているかな?」
「努力は過程で、無駄は結果だ。その点で言えば、貴方に無謬はない。努力の欠損があるとすれば……そうだな、それは俺の方だ」
「いまの話の中に先生の落ち度ってあった……?」
「ふふ、……教えてくれないか、アヤックス。貴方の家族の話を。これは公子殿への依頼ではないぞ」
「…………先生、日に日に人間っぽくなるね」
「良いお手本がここにいるからな、そのおかげかもしれない」