戯れに重ねた刃がぶつかり合う音は、身体の暗い奥底でたゆたう熾火へ注がれる揮発油のようなものだった。児戯であるはずの剣戟の一つ一つが、退屈な策謀でなまくらになりかけた身体を乱暴に叩き起こし、つまらない謀略で喜悦を忘れた精神を目覚めさせていく。
此方が半歩踏み出せば、彼方が半歩引いて、薙ぐ。彼方が強烈に数歩踏み込めば、此方とて引いてなぞおれない。激流の刃のかけらを服に染ませるタルタリヤは、得も言われぬ興奮を背筋に走らせる。散る水の花びらの奥で、梔子色に爛々と輝く彼の瞳があまりにも熱を帯びていたから。
「――……全く、見惚れちゃうね」
槍の穂先に水の刃を砕かれるやいなや、そのまま弾かれるがままに後ろへと飛び退く。さざめく刃を数千の飛沫に変えてから矢の形へとこごらせて、背負った弓を握り、番える。水の刃を砕かれて、ぐ、と限界まで引いた弦から空気を裂く弓矢が放たれるまでは、一秒も無かった。
的になっているのは、文字通り神の造物たる男。槍の構えも、玉のような汗がなぞり落ちていく頬の輪郭も、闇に浮かびそうな程の凄絶な光を讃えた瞳も、何もかもが誂えられたかのように美しい男だった。そんな男の前で己という男は、どれだけ卑しく、獰猛に、剥き出しの本能を浮かべているのだろう。
「ああ……酩酊の、匂いがするな」
散る飛沫の霧の中に佇み、口角を吊り上げてうっそりと美しく笑む鍾離の眦に、思わず息を呑む。槍の穂先で薄く切り裂かれた頬の痛みなんて、気にもならない。
「……正気? 自分の獲物から手を放すなんて」
矢は、鍾離に届かなかった。
己に向かう矢の先端の中央に、鍾離が自らの槍を投擲したのだ。主から手放されたそれは、タルタリヤの足元の地面に屹立するかのように突き刺さっている。
「代わりなら、それ。そこに」
遊ぶように、ちょい、と鍾離の指が、タルタリヤが握る弓を指す。思わずぱちぱちと瞠目した後、いつまで経っても使い心地が慣れないそれを持ち上げた。鉄で出来た弓は木製のものよりも遥かに重い。子供なら持ち上げる事すら難しいだろう。普段弓矢を扱う人間ですら、まともに構えられるかどうか。
「矢は?」
「岩で作る」
「あ~~、もう滅茶苦茶だよ。たまんないな……」
「公子殿はそれを使うと良い。弓よりも得手だろう」
「まあね。でも先生、負ける予防線の言い訳としては下の下だよ」
「そっくりそのままお返ししよう」
「口が減らないね。どうなっても知らないよ」