シガレット今日はライブの打ち上げに居酒屋に来ていた。一体もう何度目の打ち上げなんだろうか。テーブルには油っこい食べ物やお酒のグラスで広がっていた。
みんなお酒も相まってガヤガヤと騒ぎ始めた頃、隣に座っていた愛音ちゃんが席を立った。
「どこ行くの」
反射的に声をかけてしまったが愛音ちゃんは私が心配してると勘違いしたようで、にやりと笑った。
「トイレ行くだけだって、相変わらず心配性だよね〜そよりんは」
「うるさい」
愛音ちゃんは、へらへらと笑いながら早々と歩いていった。ほんとうっとうしい、何年経とうが愛音ちゃんはあの調子だ。ため息をつきながら、持っていたグラスを煽った。
しばらくした後、向かい側に座っていた立希ちゃんが私をじっと見つめてきた。
「…なに?」
「愛音、遅くない?」
あれから10分は経っただろう。お手洗いにしてはちょっと遅すぎるかもしれない。
「もうすぐ帰ってくるでしょ、多分」
「心配だからそよ、見てきて」
「は?なんで私が」
「そよちゃん、ちょっと寂しそうだった」
「えっ」
立希ちゃん達の会話を聞きながらお酒を飲んでいただけなのに、寂しそうに見えたなんて冗談言わないで欲しい。ただでさえ隣でこれ可愛くない?とか何度もスマホの画面を見せてくるし、ゆっくり飲ませてもくれないし。
「ほら、燈もそう言ってる」
向かい側の視線に負けて、泣く泣く私は席から立った。はぁもうめんどくさい。
何となく、愛音ちゃんはお手洗いにいるんじゃなくて外にいる気がして店のドアの開けた。夜風の冷たい風を感じながら見渡すとやっぱり愛音ちゃんがいた。
「え」
「あ、やば」
煙たい。そして鼻をつく匂いに目を疑った。愛音ちゃんの手には煙草があった。愛音ちゃんが煙草を吸っていたなんて、私は今初めて知った。
愛音ちゃんは慌てて吸殻に煙草を捨てた。
「あー…ごめん、吸ってること今まで黙ってて…」
やっぱり知られたくなかったんだろう。私は別に悪いことをしていないのに、何だか罪悪感でいっぱいになった。人の知られたくないところを見てしまったんだから。
「…別にいい、みんな心配してたから早く戻れば」
私は店に戻ろうとすると腕を掴まれた。
「…もうちょっと話さない?」
この状況からみすみす見逃してくれるわけもなく、引き止められた。
「はぁ、なに」
「なにって…ちょっとだけ話したいから」
愛音ちゃんはポケットから煙草を1本取りだしてライターで火をつけた。
「ちょっと」
「なんか嫌なことも寂しいことも煙草を吸ってる時は忘れられる気がしてさ、逃げちゃった」
悲しそうな顔を浮かべながら煙草を吸う愛音ちゃんは、いつもよりも端麗に見えて目が離せなかった。煙たい匂いにも、もう今になってはどうでもよかった。
「煙草吸ってる時は大体1人だし、寂しいのも忘れられるわけないのに吸っちゃうんだよね、体に悪いのは分かってるけど…私は何も行動に移せない弱っちい人間だから、そのぐらいの罰はあってもいいかも」
「…何言ってるの?」
「これは独り言だけど、こんなの聞いてそよりんはどう思うかなって」
「どうって…」
埋められない穴を煙草で無理やり埋めるくらいなら、私が埋めてやりたい。今になって私はどうしようもない気持ちでいっぱいになる。
「やっぱ困るよね」
1度吸って吐き出された煙は空気に混ざり、消える。私はずっとそんな光景を黙って見ていた。