ケモノガリマイヅルが部屋の障子を開けたとき、シュローこと俊朗は文机の前で手紙を読んでいた。
この国の紙と違う質感のそれは、きっと遠い国の友からだろう。
柔らかい表情で、時折困ったように眉をハの字にしてクスクス笑う様は、旅の前には見られなかった表情だ。
あの旅を経て、いや、あの稚拙な喧嘩を経て、俊朗は変わった。当主になって日が浅く、まだまだ成長の余地はあるものの、どことなく今までになかった自信を持ち、当主にふさわしい堂々とした佇まいとなった。
「ああ、マイヅルか。どうした。」
「失礼致します。主上より文が届いております。」
大名からの文を届ける。
俊朗はご苦労、と礼を言って受け取り、書状を開いた。
書状を一読すると、みるみるその顔が冷えていく。
「どうかなさいましたか?」
「主上が、近々『巻狩り』をなさるそうだ。
まだ場所は決まっていないが、多田良(たたら)のほうらしい。」
「多田良でございますか?」
多田良とは、敵対する隣国と接する平野である。俊朗たちの国とは、そこで何度も小競り合いを繰り返している。呑気に狩をするような場所ではない。
俊朗が手紙を差し出す。
「二本足の猪を仕留める。大物だ。」
そこには、隣国に攻め込む計画が記されていた。
思わずマイヅルが息をのんだ。
「いい機会だ。俊之も連れていく。」
「俊実様は」
「親父と共に留守居させる。嫌がるかもしれないが、まだあいつには早い。
その前に、『下見』をしておきたい。
ヒエンに頼めるか。」
「承知致しました。
『下草』も刈っておきましょうか。」
「ああ、助かる。
ただ、まだ表立って動く時期ではない。気取られないように、静かにな。」
「心得ました。」
「頼んだ。」
俊朗は印を結んで、密書に息を吹きつけた。
たちまち密書は炎に集まれ、灰になる。
「やれやれ、ファリンがワ国に来たいと言っていたが、招けるのはいつになることか。」
俊朗がため息をつく。
「その為に、一歩ずつでも平和な世に近づけていかねばなりませんね。」
「そうだな。」
俊朗が再び穏やかに微笑む。
ワ国の春は、まだ遠い。