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    wombat_kawaii

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    wombat_kawaii

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    書きあがるまで時間がかかりそうなので、プロトタイプを掲載。完成したら加筆修正を行って支部へ。後編のさらに後編。ハスク視点。ヴォックスがたくさんしゃべる。(解釈違いになったら書き直すかも)

    ヴォックスが俺が考える最強のアラスターについて本気で語った結果、風が吹けば桶屋が儲かる方式で、ハスアラのキューピッドになっちゃったかもって話。

    タンゴはひとりじゃ踊れない【ハスアラ】酒屋で購入した安酒をボトルごと口に運ぶ。
    味なんてもはや分からない。ただ、酒の刺激とアルコールによる酩酊が心地よかった。
    アラスターに魂を渡して数年。あの時からハスクに自由はない。
    今思えば、生前、アラスターに出会ったあの瞬間から、ハスクに自由はなかったのかもしれないが。
    そうは言いつつ、地獄ではアラスターはハスクに積極的に関わることはしなかった。時折ハスクを呼び出しては殺した相手の死体掃除をさせたり、くだらない用事を言い渡すくらいでアラスター自身は必要事項のみを伝えるとふらりとその場からいなくなってしまう。
    かつてであれば、他愛ない会話をしながら共に死体の始末をしたものだが、今となってはもはや過去ということだろう。アラスターは一人で楽しむことを最終的には選んだ。そして俺はアラスターについていけなくなった。疲れた。枯れ果てた。ただ、それだけのことだ。
    アラスターの失踪後、「世界」がハスクの飼い主だった。それが「アラスター」に変わっただけ。そしてアラスターはもはやハスクに興味はなく、ただ命令を聞いていれば殺しはしない。それでいい。それにアラスターに飼われていることはそれなりの「権威」にもなるようで、利口な上級悪魔はアラスターの気配を感じれば手出しはしてこない。

    「おい」

    利口ではない悪魔はそんなことは知ったことではないのだろうが。
    声をかけられ、顔を上げれば見知った顔がある。親しくしていたつもりはないが知人の一人ではある。上級悪魔による会合に出席していた一人。
    ハスクも、ラジオデーモン──アラスターも、地獄での地位の獲得は早かったが、この男も天性の才能で上級悪魔に上り詰めた男だと聞く。
    「ヴォックス」
    「脳にまで酒が回ったかと思っていたが俺の名前くらいは覚えていたようだな」
    この男もアラスターと同じく前の世ではエンターテイメントを売りにしていたらしい。そのせいかよく回る舌を持っている。最近ではアラスターと親しくしていた様子だったが、どうやらなにかあったらしく、今では敵対の立場となっている。
    ヴォックスはハスクの隣のベンチに腰を下ろし、まだ空いていないボトルを鋭い指でボトルの口を切断し、口に運んだ。そしてまずいな、と顔を顰めてハスクの隣に返した。
    「アラスターはどこにいる」
    「……俺が知るかよ」
    確かに最近呼び出しはない。
    だが、気にも留めていなかった。鎖の気配はまだ強く感じている。ならばアラスターはどこかで生きているし、不安に思うことはない。そも、あの男は心配されることなど不快にしか感じないだろう。
    ヴォックスは冷めた顔をした。使えない男だ、と顔面のモニターに本音が映し出され、それにはハスクが顔を顰める。
    「まあいい、お前のその様子だと少なくとも死んではいないのだろう」
    「まあな」
    「ならば十分。しばらく隠遁してくれていたほうがいい。その間に俺はもっと強くなれる!」
    ヴォックスは高らかに笑い声を上げた。
    ヴォックスがアラスターに並々ならぬ感情を抱いていることはハスクも知っていた。ハスクも人のことを言えた立場ではないが、ヴォックスはハスクとはまた違った形でアラスターに傾倒している。
    ヴォックスとアラスターの関係性をハスクは知らない。知りたくもないが、少なくとも「恋人」ではないであろうということだけは確信していた。
    「アラスターに随分とお熱だが、お前、生前のアラスターを知っているのか?」
    「それはどういう意味で、だ」
    「アイツは生前有名なラジオホストではあったが、同時に人殺しだった」
    「なんだ、そんなことか。それくらい地獄に来る前から知っている。あの暗号を解いた瞬間は最高だった」
    こともなげに言うヴォックスに、ハスクは少し驚いた。
    アラスターの失踪後、ニューオリンズの悪魔の凶行はぴたりと止んだ。そのせいもあって一時期はアラスター=ニューオリンズの悪魔という噂も流れたのだが、結局は証拠は見つからず(警察の怠慢が主な理由ではあるが)、ニューオリンズの連続殺人事件は未解決となったのだ。
    ハスクの知る限り、アラスターの本性を知っているのはミムジーとニフティと自分だけ。だが、ヴォックスが嘘をついているとも思えなかった。
    「……おい、ハスク、お前俺と契約をしろ」
    「ハ、なんでお前と」
    「損はさせない。短期契約だ」
    バチ、と目の前に青い閃光が走ったかと思うとヴォックスの手の中には最上級の酒のボトルがあった。
    「俺は今からお前に十分間雑談をする。お前はそれに付き合い、そしてそのことを誰にも言わない……お前はその報酬としてこの馬鹿なお前でも知っているであろう最高級ランクのワイン、ロマネ・コンティを手に入れることができる」
    「乗った」
    ヴォックスからワインを受け取ると爪でコルクを抜き、そのまま口に運ぶ。
    上等なワインなのだろうが、もはや舌が馬鹿になっているからか然程味も分からない。
    アラスターが消えてから飲む酒は劣悪なバスタブジンだろうが、アルバートが譲ってくれたアラスターの遺した上等なウィスキーだろうが、同じ味がした。
    「アラスター関係の話には誰も付き合ってくれなくてな」
    「だろうな」
    誰が好き好んで悪魔殺しの悪魔の話をするのか。
    「生前、俺はアラスターに会ったことがない。約束は取り付けたんだが、約束の日の前にアラスターは失踪してしまった。ずっと手紙を送って、局にも圧力をかけて、それだのにアラスターは俺に会おうとはしなかった!やりたくないことは死ぬ気で抵抗する。そういうやつだった」
    「そうだな」
    「そこがよかった。声もいい。話題の振り方一つ、話し方一つ、使う単語、ペース、笑い声、すべてにおいて考え抜かれていた。いや、あの男はそれを当たり前としていた。誇りを持っていた。それでいて俺以上のラジオホストはいないであろうという傲慢とも言える自信。最高だった。俺が女だったらアラスターの放送の一言目で絶対に孕んでいた自信がある」
    「……そうか」
    うっとりとしてもはや一人で自分の世界に入り浸るヴォックスに、契約に頷いたのは軽率であったか、とハスクは少し後悔した。
    それからしばらくヴォックスはアラスターのことを語って聞かせた。
    「俺ほどやつを愛した男はいない。だから、失踪の話を聞いて、すぐさまニューオリンズに飛んだ。そして探した。お前と同じようにな」
    「……生前、会ったことがあったか」
    俺には覚えがない。いや、アラスターの失踪後は酒ばかりを飲んでいたから数年間の記憶があやしい。俺は知らない間にあの店を去っていたし、ニューオリンズすら捨てた。
    「お前は覚えていないだろう。随分と荒れていたようだった。今日のようにお前に聞いた。アラスターはどこにいる、とな」
    答えなどまともに返さなかっただろう。俺が知りたい、と激昂でもしただろうか。
    「だが、俺はお前とは頭の出来が違う」
    「……お前は見つけたのか、アラスターを」
    地獄で再会したアラスターは己の死については多くを語らなかった。だが死体は見つからないだろうと分かっていた様子だった。
    ヴォックスは一言、ただただ悔しそうに「あれを見つけたとは言わない」と漏らした。
    「アラスターの目撃情報を追い、推測し、たどり着いたセントモーリスアベニューの裏路地には血痕があった。あれは滴った血だ。路地の壁には新しい弾痕もあった。やつの共犯者であるニフティがやつと夜にそこで会ったと言っていたのだから、十中八九やつの血だろうと思った」
    「……セントモーリスアベニュー」
    ニューオリンズの地名の中では耳に馴染んだ地名だ。
    あそこには店主のアルバートの祖母が住んでいて、足の悪い祖母のためにアルバートは食事を作ってはハスクに時折配達を頼んでいた。
    アラスターが失踪したあの夜も、確か俺はセントモーリスアベニューにいた。
    ワインボトルを掴んでいる手にじわりと汗をかいていることに気づき、そしてハスクはそれを全て飲み干した。ひどく喉が渇いていた。
    「そこから痕跡は途切れてな。随分と手間取った。だが、俺がアラスターを執念深く追っていることを知って、頭のイカれた浮浪者がわざわざ許しを乞いに来た。俺はギャングを雇っていたから逃げられないと思ったんだろう。そいつは言った。アラスターを殺して沼に捨てたってな」
    「……そう、か」
    「わざとじゃない。アラスターが飛び込んできて咄嗟に撃ってしまったんだ。そんなことを言っていたが俺にとってはどうでもいい。そいつのせいで俺のスターは死んだ。俺からアラスターを奪った。クソ浮浪者ごときが、ゴミのようなギャング崩れごときが、俺からだぞ!だからその浮浪者は俺が殺して同じ沼に捨ててやった。そうそう、地獄でもそいつに再会してな。記念に今度は電気で丸焼きにしてやった。そういえばやつを最近見ないな。死んだか」

    アラスターはなぜ飛び込んだ。
    アラスターは無意味なことをしない。その行動には理由がある。
    ヴォックスは今、浮浪者、ギャング崩れ、と言った。思い当たる人間が一人いる。
    アラスターを殺そうとした男。アラスターに慈悲を与えられ、ハスクによって打ち捨てられた。そして俺はアラスターを傷つけられた苛立ちのままに、世界で最も忌み嫌う人種であったその男の尊厳を踏みにじった。
    そしてあの日、銃声を聞いた。あの時代の夜であれば然程めずらしいことではない。
    俺は、そちらには行かなかった。
    早く店に戻り、アラスターといつものように笑って夜を明かしたいと思って背を向けた。

    「男が言っていた場所にはアラスターの死体はなかった。失踪から三ヶ月ほど経っていたからな。だが、骨が落ちていた。小さな、指の骨だった。俺の指よりも小さくて、可憐だった」
    「……」
    「だから食った。人を食うことは罪だ。アラスターが連続殺人犯であることを俺は知っていたが、まあ、そんなやつでも人ではある。食ったらアラスターのいるであろうところ──地獄に行けると思ってな」
    ヴォックスはベンチから立ち上がり、両手を振り上げて叫んだ。
    目の奥がちかちかする。視界は歪み、耳鳴りがうるさい。音が遠のいていく世界の中でヴォックスの声だけがやけにはっきりと聞こえてくる。
    「誰もがアラスターを忘れていく!反吐が出そうなほどに馬鹿で愚かなやつらだった!あれほどのエンターテイナーはいないと言うのに!アラスターの代わりがいないのならば、せめて俺がアラスターのいない世界の頂点に立ってやろうと考え、立ったが結局やつには及ばなかった!だから、地獄でアラスターに会い、アラスターに認めてもらうために、俺は首を括った!あの時は最ッ高に興奮した!」
    その時、ヴォックスの顔であるモニターからピピピと音が鳴り、む、とヴォックスが困惑の声を上げる。
    「十分……早いな。延長は可能か、ハスク」
    「……もういい」
    「では契約の履行感謝するよ、ハスク。久しぶりにアラスターを語れて嬉しかった」
    ヴォックスが取り出した短期契約書が青い炎と共に消える。
    分かってはいたが、イカれた男だ。アラスターを追い、地獄にまで来たとは。
    「俺とアラスターの話の続きを聞きたくなったらいつでも社に来るといい」
    ヴォックスは上機嫌に言い残し、青い電光になって近くの監視カメラに潜り、その場を後にした。
    その場に取り残されたハスクはしばらくの間ベンチに座り込み、もはや味のしないワインをただ飲み下す。
    「アラスター……」
    首に鎖の気配は感じるものの、アラスターがどこにいるかは分からない。死んではいない。それしか分からない。
    アラスターはもしかしたら、あの日、俺を庇って死んだのかもしれなかった。
    庇った、というよりはアラスターは咄嗟に動いてしまったのかもしれない。どうして動いてしまったのか、真に理解しないまま。
    理解しないまま死んだせいで、アラスターはあの日あの夜で立ち止まっているのかもしれなかった。だから「続き」を求めた。手を差し伸べた。俺はそれを拒んだが。
    俺はもはやアラスターの求める「ハスク」ではない。俺はあの日から進んだ。進むしかなかった。
    あの日で止まっている若きアラスターと、老いた俺、そこには明確なズレがある。前のようにいくはずもない。
    だが、別の道もあったのではないか。
    アラスターは俺を殺さなかった。殺す価値もないと言われ、それを受け入れた。
    だが、本当は、殺したくなかったのではないか。
    まだ、俺に期待をしているのではないか。
    そんな願いのような考えが胸中を巣食う。
    ああ、これは願いだ。期待だ。
    こうであればいい、こうであれと願う渇望だ。もはや俺の中には残っていないと思っていたが。
    「アラスター」
    答えはない。
    だが、いつか、お前の待つステージの上に戻ろう。
    あの日の続きを俺は演じることはできないだろうが、それでもお前と向かい合うことはできるだろう。

    「アラスター」




    ホテルのエントランスにはアラスターの姿はなかった。
    生前のアラスターであればあの場で楽しくおしゃべりを楽しんでいただろう。いつも憎らしいほどに余裕を見せつけていたアイツは、余裕をなくすことを嫌っていた。
    だが七年、アラスターはどこかに姿をくらましていて、先日突然戻ってきた。
    そしていつものアラスターであれば関わるはずのないようなやつらと組んでいる。それに俺も巻き込まれたわけだが、突然呼び出され、七年ぶりにアイツの顔を見て愕然とした。
    アイツの笑顔の奥にあるのは焦りと怯えと怒りだった。常に余裕に溢れ、傲慢な笑みを浮かべていたアラスターには似つかわしくないもの。
    随分と、アイツに似つかわしくない感情だ。

    アラスターは生前と変わった。自分も変わった。そしてアラスターと自分の関係も。
    だが、今のアラスターがどこにいるのかくらいは今のハスクにでも予想できた。
    そこを目指し、ホテルの外に出る。
    このホテルにはアラスターのラジオ塔が併設されているがホテル内部からあそこに通じる道はない。そも、屋上への扉はないのだ。オンエア中のアラスターのナワバリを訪ねる誰かなどいないのだから誰も気にもしないだろう。
    屋上へ到達できるのは、影を使ってあらゆる場所に移動できるアラスターか、空を飛べる悪魔だけ。
    人喰いたちに見つからないように翼を広げ、空に飛び立った。
    屋上に降り立てば、予想通りアラスターがいた。
    アラスターは常に薄暗い地獄の空を見上げながら、いつものように薄い笑みを浮かべている。
    こちらを振り返ったアラスターは、ハスクが来たことに驚くことなく、ただ不快そうに笑った。
    『こんばんはハスク。我が友よ。私になにか用事ですか?』
    「付き合え」
    持ち込んだボトルを見せればすう、とアラスターの真っ赤な瞳が眇められる。
    『お友達と楽しんでは?』
    お友達とはエンジェルやチャーリーのことを言っているのだろう。
    アラスターはつまらなそうに息を吐いてから、俺の相手をするつもりはまったくないのか、再び背を向けて空を見上げる。ゆらゆらと怪しい影が足元でうごめいている。
    これ以上話しかければ殺す、と言外に語っていた。そしてアラスターは俺が黙って退くことを確信している。
    「つい今さっき我が友って言っただろうが」
    ひょい、とアラスターの背中に向かってグラスを一つ投げればしゅるりと器用に影で絡めとる。
    ゆっくりと振り返ったアラスターはわずかにやわい笑みを浮かべながら、こつりこつりと靴の音を立てて近づいてきた。
    『……まずかったら八つ裂きにしますよ、ハスク』
    「ニューオリンズで流行った酒だ」
    『ほう』
    それには少し興味が出たのかアラスターは魔法で質素なテーブルと椅子をだした。あのスピークイージーに置かれていたものと同じであったのかもしれないが、ハスクはそこまで記憶力がよくはなく、確証はなかった。
    椅子に座ったアラスターの前にグラスを置き、酒を注ぐ。そこにトニックを注ごうとすればアラスターがそっと赤い指でグラスに蓋をした。
    「アンタ、酒に弱いだろう」
    アラスターこそが今回の戦いの要。そんなアラスターが二日酔い、では話にならない。
    アラスターは意外そうに目を見開き、ぱちぱちと瞬きをしたかと思えば愉快そうに喉を鳴らす。
    『……あれは君をからかうための嘘です』
    「……は?」
    『アルバートは私が消えた後も君に教えなかったんですね。ああ見えて人が悪い』
    ストレートでアラスターはリキュールを顔色一つ変えずに飲み干し、唇をぺろりと舐めた。
    気づかなかった。騙されていた。それを不快とは思わなかったが、惜しいと思った。アラスターは俺を振り回すために酒に弱いフリをしており、俺はそれにまんまと騙されていた。それはアラスターなりの許しだったのだろう。俺は酔ったアラスターを迎えに行き、連れ帰り、そのまま抱いた。それを、アラスターはまともな頭で許容していた、ということだ。
    『で、これですが、まずいですね。複雑で、私は好まない味です。ニューオリンズ市民の味覚も落ちたものですね。ナハ!』
    「……俺も苦手でな」
    同じくストレートで口に含んで、べ、と舌を出す。
    随分と味が洒落ていて俺の肌には合わなかった。
    それを聞いてアラスターが思わず眉を上げた。
    グラスを置いて、頬杖を突きながら指先でテーブルをこつこつと叩く。
    「そんなものを俺に出すな」
    「……この酒は確かにニューオリンズで流行った。だが、俺が死んでからも大分後だ。地獄に来て、それを知って、アンタを思い出して、飲んだ」
    アラスターに飲ませたのであればどういう反応をするだろうか。
    アラスターが好まない味だろうとは思っていた。顔を顰めてまずいと言うのか、それとも口に合わなさ過ぎて笑うのか。
    ニューオリンズで流行ったことに興味を持つのか、それとも自分の死後のことに興味はないのか。
    今思えば、空っぽになったと思っていたが、結局地獄に来てからですらもコイツに振り回されていたわけだ。
    アラスターを見ると目を細めてこちらを見ている。なにを考えているのか推し量っているのだろう。
    『私は死にませんよ。ハスク』
    その笑顔は歪んでいる。
    不快、拒絶、殺意、それらを隠しもしない威圧的な笑顔。
    身体が勝手に一歩後ずさる。
    『しかし、君、私が死んだ方が嬉しいんじゃないですか?だって私から魂を、自由を取り戻すにはそれしかありませんから!私のかわいい、子猫ちゃん?ああ、もしかして、酒に何か入れていたり……とか?』
    初めて飲む酒であれば味の変化には気づかないですからね、とかくん、と首をアラスターは傾けた。
    「……やめろ。酒には何も入れてない。アンタと対峙するなら、正当な手段で対峙するさ」
    ラジオダイヤルように変化した恐ろしい目に向き合いながら、なんとか返す。
    『それは実に勇敢なこと!』
    「確かに俺は魂も自由もアンタに何もかも奪われた。手元に何も残っちゃいねえがらんどうだ」
    俺を縛る鎖はアラスターの手の中にある。だからどこかへ旅立とうにも旅立つことはできない。俺には天国もクソもない。
    『そうですね。だから、お前は私の無様な飼い猫に成り下がった』
    だが、どこかに行こうなんざ、考えていない。
    行かない、去らない、とあの日伝えたはずだった。アラスターは忘れているのかもしれないが。
    本当は、どこかに行くつもりなどなかった。アラスターがいる限り、俺はアラスターの元にいるつもりだった。たとえそれが、誘蛾灯に誘われた蛾と同じ思考だとしても。
    アラスターの手のひらの上に緑色の鎖が出現する。
    それをぐいと引かれれば、簡単に俺は這いつくばる羽目になる。
    アラスターは倒れこんだ俺を見下し、手の中で鎖を弄ぶ。
    『どういうつもりです、ハスク?このホテルに呼んだ日から、随分と私を心配してくれるじゃないですか?アハ、もしかして、私が誰かに繋がれていると知って、自分と同じだなどと思っている?』
    裂けるほどに口角を吊り上げたアラスターは心底愉快そうだった。
    『それとも、まさかホテルに来て、彼らと過ごし、君にもよき変化があったとか?それは結構!天国の門は思っていたよりも近いかもしれません!チャーリーが喜びます!』
    「……違う、アラスター」
    『なにが違う?お前はペット、俺は飼い主。一年だけ友人であったこともありましたが、今は昔。終わったことです。それにたった一年!わずか一年!そして君のペット歴はなんと十年!十倍です!ハハハハ!』
    アラスターが鎖を振れば、簡単に俺の身体は吹き飛び、壁に叩きつけられる。
    そのまま壁伝いにずるりと座り込み、首を押さえる。アラスターの鎖は俺の首を締め付け、その苦しさに息ができない。それでもまだ耐えられる。
    「……アンタに出会わなければ俺は」
    『そうですね!俺に出会わなければ、君は今頃天国で美酒に酔いしれているだろう!君は俺のせいでここにいる!実に申し訳ないと思っているよハスカー!』

    「だが、それでもアンタとの一年は楽しかった。出会わなければよかった、とは思ったことはない」

    鎖を掴んで引き寄せれば、アラスターはまさか反撃をされるとは思わなかったのだろう、一瞬だが体勢が崩れる。
    その体が地面に倒れる前に抱き込み、見下ろす。
    「それだけは信じろ」
    アラスターの細い体を抱きしめ、その肩に顔を埋めれば、アラスターはしばらく無言だったがやがて身を起こし、コートの裾のほこりを払った。
    その背に、右手を差し出す。
    きょとんとその手を見下ろすアラスターは、俺が右手を引っ込めないことに気づくと呆れたように笑った。
    『ついにお手を覚えたんですか、ハスク』
    「ふざけんな。分かってるだろ」
    大体、お手だとしたら手のひらの向きが逆だ。
    「タンゴはひとりじゃ踊れないだろうが」
    アラスターはかすかに迷ったようだが、ここで退くことはプライドが許さなかったのか大人しく右手が差し出される。
    その右手を握って、身体を引き寄せて、腰を抱く。
    アラスターはその挑発的な行為に苛立ったのか口元を歪めたが、仕掛け返してはこなかった。むしろ、やや調子を乱したステップで俺にリードされている。
    「ッ……」
    「どうした、下手になったな」
    ミムジーの店で踊った時はもっとうまく踊れていた。踊り慣れている様子であったのに。
    思わずそう言えば、アラスターは不機嫌を隠すこともせず、舌打ちをした。
    『そんなに私に殺してほしいんですか、ハスク?』
    そう言いつつ、アラスターは相当に癇に障ったのかリードを崩そうと足を滑らせる。予想はしていたものの、思わず体幹がもっていかれそうになり、アラスターの手を強く握った。
    それには満足したのか、嗜虐的な笑みがアラスターに戻る。
    『何年ぶりだと思ってるんです。八十年?いや、九十年……か?』
    「地獄では踊ってなかったのか?お前が?」
    アラスターは楽しいことを愛している。歌も好きだし、演奏も好んでいる。ダンスだって嗜好の中には入っていた。地獄で開催される舞踏会にはよく仲の良い悪魔であるロージーと参加していたというのに。
    『……アハ!そうですね』
    言うつもりはなかったのかもしれない。口を滑らせた、という表情をかすかに漏らして、アラスターは視線を落とした。

    「なんとなく、タンゴは踊る気分になれなくて」

    アラスターはノイズのかからない声で確かにそう言った。
    『……そういう君も、随分と下手になったようですが』
    「……九十年振りでな」
    そう言えばアラスターは意外だったのか、ほんの少しだけ目を大きくした。
    アラスターの手を掴み、くるりとターンする。回りながら、アラスターが身を寄せ、耳元をくすぐった。細い脚が絡みつく。
    「あの夜を、思い出すのが怖かった」
    『臆病な子猫ちゃんだ』
    「……知らなかったのか?俺は元々臆病だ」
    惚れていたやつの前だから虚勢を張っていただけで。
    そう言えば、アラスターはくつくつと喉を鳴らした。
    『今は、どうなんです』
    くるくるとコートの裾をはためかせながら、ステップを踏む。
    鹿の蹄があしらわれた靴が床に影を落としながら忙しなく地面の上を駆けまわる。
    少しずつ距離を取るアラスターに大きく近づき、その体を抱き上げた。長い脚が太ももに乗せられる。
    「忘れたくない」
    真っ赤な瞳を覗き込む。アラスターの背がしなり、明け渡された首筋に額を合わせる。
    『……もしかして、あなた酔っています?』
    「アンタはどっちがいい?」
    するりと背中に回り、後ろから手を取られ、アラスターの値踏みするような視線が注がれる。
    アラスターの片手を握り、ターンをして向かい合う。
    お互いに下手になったものだ。かつてのように技巧などどこかに消えてしまった。こんなぎこちなくみっともないタンゴ、ミムジーが見れば最悪、と吐き捨てるだろう。
    それでも、これはアンタへの一歩だ。アンタの待つステージに戻るための。アンタと正当な手段で向き合うための。
    赤く細い指をそっと親指で撫ぜた。
    「そもそも、忘れられるはずもなかったのさ。人生で一番輝いていた季節を。アンタと踊った夜を」
    そんなことに気づくまでに、随分と時間をかけてしまったが。
    アラスターはひくりと口元を歪めた。笑顔が崩れる。
    アンタもそうなんだろう。あの夜を忘れられずにいるんだろう。
    そんなアラスターの迷いの出た足に尾を絡めれば、真っ赤な瞳が見開かれる。
    後ろ向きに倒れた体を地面ぎりぎりで腕と羽を使って受け止めた。
    「あの日とは逆だな」
    あの日は俺が顔面から倒れこんだものだが。
    アラスターの悔しそうな生き生きとした感情の通った顔。こちらに来てからは初めて見た。黄色い牙をむき出しにして、唇を噛む。
    「君、尾で俺の足を掬っただろう。殺すぞ」
    「羽で抱いてやっただろうが」
    「不意打ちは卑怯だ。俺は影を使わなかったのに」
    「クーガーの狩りを見たことがねえのか?クーガーは鹿を不意打ちにして殺すんだよ」
    「だってクーガーを見る前に俺は──」
    さらに反論をしてこようとするアラスターの唇に噛みつくように唇を押し付けた。舌を絡ませて、アラスターの薄い体を抱きしめる。
    戸惑い硬直する舌を追いかけ、捉えて甘く噛めばアラスターの体が跳ねる。
    歯列をなぞり、上顎を舐め上げて、呼吸ごと奪う。昔から少しもキスが上達しないのだ。
    息も絶え絶えなアラスターの額に額を合わせ、鼻に鼻を摺り寄せた。
    ゆっくりと口を離すと真っ赤な瞳が俺を責める様に睨んでいた。
    腕の中のアラスターが肩を揺らしている。
    そして、ぎりりと歯を食いしばると視線を伏せた。
    「……君があんなにもまずい酒を飲ませるから、酔ってしまった」
    アラスターの唇の端からとろりと流れた唾液をそっと親指で拭ってやる。
    「……前にも言ったが、俺に酔ったくらい言いやがれ」
    それにはアラスターが力なく笑った。額に手をやって、目元を隠し、口元だけで笑う。

    「……死んでもごめんだよ」
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    wombat_kawaii

    PROGRESS生前ハスアラがひょんなことから山奥の洋館で起きる殺人事件に巻き込まれる話。
    なんでも許せる人向け。ちょっとずつ増えるし修正が入ります。
    悪魔ハスクが悪魔ヴォックスに語る体で話が進みます。
    フリークショー・マーダー!【ハスアラ】その日、ホテルにはアラスターがいなかった。
    元から行き先も告げずにふらりと姿を消すことが多い男だ。しかも自分のことになるとムクドリのごとくよく動く口もぴたりと動きを止める。
    今回も多くは語らずに「仕事で」とだけ言い残して姿を消し、一週間。
    アラスターのことに関してハスクはまったくと言っていいほど心配はしていない。自分よりも強力な悪魔だ。そう簡単には殺されることはないだろうし、今だ強力にアラスターの力を放っている首輪が彼が健在であることを強く誇示していた。
    アラスターがいない間のほんの少しの安寧を享受するため、ホテルを出て昔馴染みの酒場に向かったのが五時間前。
    「七年だぞ!?戻ってきたと思ったら死にかけて、しかもすぐに長期出張とはいい身分だな!本当に死んでないんだろうな!ハスク!死んでないって言ってくれ!もう俺を一人にしないでくれ!寂しいんだアラスター!お前のいない世界で頂点になってもクソ空しいだけだ!死ぬまで互いにNOを突きつけあって、クソッタレで最悪な世の中であったと唾を吐き捨てながら満足して死にたい!」
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    wombat_kawaii

    PROGRESS書きあがるまで時間がかかりそうなので、プロトタイプを掲載。完成したら加筆修正を行って支部へ。後編のさらに後編。ハスク視点。ヴォックスがたくさんしゃべる。(解釈違いになったら書き直すかも)

    ヴォックスが俺が考える最強のアラスターについて本気で語った結果、風が吹けば桶屋が儲かる方式で、ハスアラのキューピッドになっちゃったかもって話。
    タンゴはひとりじゃ踊れない【ハスアラ】酒屋で購入した安酒をボトルごと口に運ぶ。
    味なんてもはや分からない。ただ、酒の刺激とアルコールによる酩酊が心地よかった。
    アラスターに魂を渡して数年。あの時からハスクに自由はない。
    今思えば、生前、アラスターに出会ったあの瞬間から、ハスクに自由はなかったのかもしれないが。
    そうは言いつつ、地獄ではアラスターはハスクに積極的に関わることはしなかった。時折ハスクを呼び出しては殺した相手の死体掃除をさせたり、くだらない用事を言い渡すくらいでアラスター自身は必要事項のみを伝えるとふらりとその場からいなくなってしまう。
    かつてであれば、他愛ない会話をしながら共に死体の始末をしたものだが、今となってはもはや過去ということだろう。アラスターは一人で楽しむことを最終的には選んだ。そして俺はアラスターについていけなくなった。疲れた。枯れ果てた。ただ、それだけのことだ。
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    wombat_kawaii

    PROGRESS書きあがるまで死ぬほど時間がかかりそうなので、プロトタイプを掲載していく。
    完成したら(はちゃめちゃに)加筆修正を行って支部へ。生前アラスターの一人称に悩んでいます。

    謎の連続殺人犯──通称「ニューオリンズの悪魔」が残す暗号を協力して解読する生前ハスアラの話。一体、ニューオリンズの悪魔は誰なのか──!?その目的とは──!?みたいなやつ。
    タンゴはひとりじゃ踊れない【ハスアラ】「おや、新顔だな」

    その日はなんてことない日だった。

    急激な都市化の波に乗り、日雇いの土木仕事を終え、間抜けな金持ちからイカサマポーカーで擦り取ったはした金を握りしめて疲れきった体を酒に漬けて、カウンターで眠りこけて、金を擦り取られる。そんなクソッタレな日が続いていた中で、人手が足りないからと声をかけられてとあるスピークイージーの店長に拾われたのはちょうど一月程前のことであった。
    店長はよく言えばこの狂乱の忙しない時代には珍しい隣人を愛する気質のある男で、その節介にハスクも救われたわけだった。町はずれの小さなスピークイージーではあったが、それでも店長の人柄に惹かれて常連客は多かった。
    大抵のことをそれなりにこなすことができるので、大きな躓きもなく仕事を行うことができた。
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