ジジイ・オブ・カーライフルシファーのやることなす事は全て唐突で脈絡がない。アダムは彼のそんなところが気に入っていて、退屈しない男だと思っている。今日もマンションに帰ってくるや否や、革のソファに転がるアダムにのしかかりながら、さも当然のようにこう言った。
「車を買い換えたんだ」
「待て、言うな。私が当てる」
ルシファーが持つ電子キーのエンブレムを見ないよう、アダムは自らの目を両掌で覆う。以前乗っていたアウディも、そう古くはない型だったと思うが。物持ちが良いように見えて、実は新しい物好きなのかもしれなかった。よくよく考えれば、スマートフォンだって、いつも最新機種を持っている。
「ベンツだ」
「違う」
「ワーゲン…だったらポロとか」
「違う」
「ビートル!」
「違う」
「ヒントくれよ」
「ドイツ車じゃない」
「まじか。じゃあイタ車か」
「さて、どうかな」
「ん…っ、アルファロメオ?」
部屋着のトレーナーの下を、ひんやりとした手が這う。首筋に顔を埋められるといつもの香水の匂いがした。
「あんなセミみたいな顔の車、どこがいいんだ?」
「おいおい、アレがカッコいいんだろ。一目でブランドが分かるのはすごい事だ」
「好きなのか?」
「いや、私は絶対乗らないが」
「お前な……」
ばさ、とスーツが床に投げ落とされる音がした。ルシファーは潔癖そうに見えて、案外雑なところがある。こぼしたワインをシャツで拭いていた時は危うく蛙化しそうだったが、今となっては慣れたものだ。
「フェラーリ」
「違う」
「ランボルギーニ」
「私はイタ車は好かん」
「何故?壊れるから?」
「バイセクシュアルだから」
「関係ね〜」
耳に吸い付いてくるのを、身をよじって避ける。今は新車が何かの方が気になっていてそれどころではない。ルシファーはあっさりと
身を引いて、優しく頭を撫でた。
「ちなみに私はシボレーが好きだ。デカければデカいほど良い」
「ちんこは?」
「わからない。アンタのしか知らないから」
「ムラっときた」
「あ、ん……」
トレーナーの上から、乳首をすりすりと撫でられる。先ほどから腹には、半勃ちのちんこが押しつけられていた。
「アウディはお前にやろうか?」
「あー…嬉しいが、私には似合わないだろ」
「BMWだったら?」
「ぜひいただきたく思います」
「厳禁なやつだ」
「この際はっきり言うが、セダンはじじくさい」
「寝てるのか?セダンこそが車だろう」
「時代はSUVだよ、おじいちゃん」
目隠しをしていて見えないが、きっとルシファーは眉を顰めイラついていることだろう。想像するだけでセクシーだ。実際、あからさまに態度に出ていて、床に落とした上着からタバコを引っ張り出す気配がした。人の上で喫煙とは、お行儀の悪いやつめ。
「もう飽きた。さっさと当てろ」
「もしかして日本車?」
「そうだ」
「世界のトヨタだ。なぁそうだろ」
「ああそうだ」
トヨタのセダンと言えばクラウンだが、新車は生憎、廃盤になったはずである。この男が中古を買うとは思えない。
「まさかプリウスってんじゃないだろうな?流石にジジイすぎて笑えないが」
「……」
「え、うそ…」
めちゃくちゃ気まずくなってしまった。部屋は煙草の匂いだけがして、ぴし、と家鳴りの音がした。手を退けてキーを見る。確かに、トヨタ社のエンブレムが刻まれていた。
「ま、まあ、燃費…いいよな…リッター何キロだっけ?」
「40キロ」
「40!?」
ルシファーは今現在、娘に会社を譲った為ほぼ無職に近い。ついにこの男もコストパフォーマンスを気にするようになったか…何故か急に切なくなり、鼻の奥がツンと痛んだ。
「ま、まぁ…色がシルバーとかじゃなけりゃ別に…」
「……」
「え、うそ…」
シルバーだったらしい。もう駄目だ。取り返しがつかない。何故買う前に一言相談してくれなかったのだろう。まだ黒であれば、救いがあったのに。
「…シルバーしかすぐに納車できる在庫がなかったんだ」
「だからってそんな…ジジイ神器をコンプリートしなくたって…」
「私は日本の技術力を評価して…」
「ああ、うん。アンタが日本贔屓なのは十分伝わったよ」
ルシファーは二本目の煙草に火をつける。目に見えてオーラが不機嫌だ。機嫌の悪いルシファーの、雑なセックスがアダムは好きだった。上体を起こして、華奢な身体に巻き付くよう両腕を回す。挑発するように耳元で囁いた。
「アクセルとブレーキ、踏み間違えるなよ…♡」