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    舞木ヨモギ

    @yomogibl

    松をあげる垢。24多めの予定。

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    舞木ヨモギ

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    『息巻く成功への道 【GREAT CHAMPION ROAD】』展示小説となります。パスワードは『青薔薇の不死鳥』でした!

    夢を 松野カラ松には憧れの人がいた。その人はカラ松と同い年で、プロのボクサーだった。猫のように軽い身のこなしで舞うように相手を倒していく。一度も黒星をつけることがなく、彼は超新星と呼ばれた。そんな彼の影響でカラ松はボクシングを始めた。プロ一年目にして彼がタイトルを奪取した時は数々のメディアが彼を取り上げた。彼はその後も出場した大会のタイトルを掻っ攫っていった。一松と名乗る彼は、普段は気怠そうな目が印象的だった。リングに立つとたちまち殺気を纏い、まるで別人のようになることから彼のギャップに惹かれる者が後を絶たなかった。虎を相手にしているようだと、対戦相手のボクサーは言っていた。取材はほとんど断っていたらしく、そのミステリアスさも彼の人気に拍車をかけた。カラ松は一松のことをデビュー当時から知っており、さらに同い年のボクサーという共通項もあってか、彼が活躍する度に自分のことのように嬉しくなった。正直、カラ松自身のスケジュールより一松の試合日程ばかりを把握していた。リング上の猫と出会ってから、文字通りカラ松の人生は一変した。いつだって彼の中心はあの超新星だった。しかし終焉はあっけなかった。ボクシングの試合でも最高峰と言われるAKATSUKA選手権の日だった。このタイトルを獲得すると、一松は晴れて階級完全制覇となるはずだった。決勝前、一松は突然姿を消した。



     世界から色が無くなったようだ。カラ松は一松を追いかけるようにプロになり、試合に出ることで日銭を稼いでいたが、一松がいなくなってからはそれにも気が入らなくなっていた。元々勝率は高い方では無かったが、ここ数か月でもそれががくっと落ちていた。あまりにもひどい時は試合中でも上の空で、後日コーチから殴られた。カラ松の通うトレーニングジムは規模こそ大きくはなかったが、細やかな選手育成が評判だった。ひとりひとりの個性を尊重し、それを伸ばしていく。そこまで大きくはないのでジムではカラ松も看板選手の一人だった。カラ松は『マグナム松野』という名前で活動している。どうも試合スタイルよりも入場の派手な演出が人気らしい。インタビューでも『マグナム語』と呼ばれるカラ松特有の言葉遣いにコアなファンがついている。その看板選手が不調とあってはジムとしても喜ばしいことではない。問題の日から数か月、コーチやスタッフは現状打破に頭を悩ませていた。しかし、そのきっかけは突然訪れることになる。
     一応、あれからもトレーニングジムには通い続けていたカラ松だったが、練習にも身が入らない日々が続いていた。辛うじてファンの女の子の前ではカッコつけられているものの、メッキが剝がれるのも時間の問題だ。今日も今日とてベッドからもさもさと起き上がり、頭を掻いた。目覚ましなんてかけてないのに毎日決まった時間に目が覚める。ぼんやりしたまま洗面台へ向かうとそこには明らかに不機嫌そうな自分がいた。生来、カラ松は寝起きに強い方ではない。小さく舌打ちをしてカラ松は身支度を始めた。外に出る気力が無い。ここ数か月間、半ば機械のように生きていた。今までこう動いていたからこう動く、この時間はこれをしていたからこれをする。頭にもやがかかったようで、何も考えられない。洋服の山から適当なジャージをひっつかんで身に着ける。黒字に青と紫の線が入ったものだ。自分と一松の色だと着る度にわくわくしていた感情も、今は消えてしまった。耳にイヤホンを付け、ドアを開ける。築四十年の1K、部屋が軋む音が聞こえた。もう秋だというのに外はまだ暑い。カラ松は腕まくりをしてジムへと歩いて行った。自宅から通うジムはそこまで離れてはいない。まだ早い時間のようで、道中何度か散歩する犬とすれ違った。以前のカラ松ならば挨拶を交わしていただろうが、今の彼にとって犬は視界の端に映る何かでしかない。もう何度聞いたか分からないプレイリストを聞きながら味気ない街並みを進んでいく。好きだったはずの曲がただの雑音になっている。今までどんな気持ちでこれを聞いていたのか、思い出せない。どこかだるさの残る頭のまま入り口へとついた。扉を押して、建物の中へと入る。ジムにはまだ誰も来ていなかった。いつものことだ。ボクシングで生計を立て始めた頃からカラ松は毎日一番早くジムに来ては一番遅く家に帰る生活をしていた。それくらいに夢中だったのだ。スタッフには『松野さんの第二の家ですね』とまで言われた。今もあの頃の情熱が残っているかというと、よく分からない。ただ習慣化していてその輪から抜け出せないのだ。軽いストレッチをした後、カラ松はサンドバックの前に立った。最近では毎日サンドバックを殴り続けている。碌に休憩もとらずひたすら無心に殴り続けるものだからジム内でカラ松は距離を置かれるようになった。どれくらい経ったか、徐々に周りが騒がしくなってきた。ふと、汗が気になりタオルを取りに行こうと振り向いたその時、カラ松に雷が落ちた。
    「一松……?」
    カラ松の目は視界の端の紫を逃さなかった。髪型も雰囲気も何もかも違うけれど確かに一松がいた。カラ松は一目散へ駆け出し、その男の右肩を掴んだ。
    「一松!」
    「いっ……は、なんなの?」
    向けられる視線でカラ松は確信した。こいつはやっぱり一松だ。前髪下ろしてるし、すごい猫背だけどオレの目に間違いは無かった。世界が急速に色づいていく。目の前に、一松がいる。もう二度と見ることは叶わないと思っていて、でも会いたくて。今まで頭にかかっていた靄が完全に晴れた。体が驚くほど軽い。目の前の人物は戸惑いを隠し切れていなかった。久々にカラ松が自分から声を発したことから、ジム内は不思議なざわめきに満ちていた。自分達に目線が集まっていることに気がついた彼は、カラ松の腕をはらい強く掴んだ。
    「……ッ、お前ちょっとこっち来い!」
    彼はカラ松の腕を強く引き、ロッカールームへと入っていった。



     「で、なんなのお前」
    二人きりのロッカールーム。彼は椅子に腰かけ溜息をついた。カラ松もその隣に座る。場所を変えられたことを好機と捉え、カラ松は彼の手を取った。
    「何も隠さなくていい。一松、だろ?」
    「アンタさあ……、一応初対面の人間にそれは無いんじゃない?」
    「否定しないってことはそうなんだな!なあこの数か月一体何処に行ってたんだ?なんでAKATSUKA選手権を棄権したんだ?今は何をして」
    「うるさい。なんでおれがあの一松だって思うの。見た目、全然違うでしょ」
    彼は手を振り払った。カラ松は首を傾げる。
    「そんなの見て分かるだろう?確かに姿勢も髪形も変わっているかもしれないがお前はプロボクサー一松だ。説明のしようがない」
    「プロボクサー、ねえ……」
    彼はゆっくりと目を閉じた。
    「半分正解。おれはアンタの言う通り、一松。でもアンタの知ってる一松じゃあない。もうボクシングはやめたからね」
    「何故だ!?」
    カラ松は勢いよく立ち上がる。あんなに強いのに。まだまだ一松には戦うだけの力はあるはずなのに。一松は口角を上げた。
    「どうでもいいでしょそんなの。アンタも戦う相手が減って良かったんじゃないの?」
    「どうでもいいわけない!……ん?オレが戦うってどういうことだ?」
    一松は溜息をついた。
    「マグナム松野でしょ、アンタ」
    「何で知って……?」
    「知るも何も試合の度に来られたら嫌でも覚えるから。毎回最前列に居座りやがって。それにアンタとおれ、同じ階級だし」
    「そうか……?ああ、言われてみれば?」
    「馬鹿……お前おれと戦うって想像したことある?」
    「え、だって一松はすごく強いし……」
    一松は頭を抱えた。実際、カラ松にとって一松は憧れでしかなかったから、たとえ同じ階級であったとしても対戦相手になることは予想していなかったのだ。住む世界が違う。見えない壁を作って本気でそう信じていた。一松は呆れ顔でカラ松を見る。
    「お前本当にプロなの?」
    「ああ、そうだ!」
    自信満々に胸を張る様子に迷いは何処にもなかった。
    「お前なあ……」
    プロならもっと同じ階級の相手の情報収集するもんじゃないの、馬鹿じゃん、という言葉は何処かに消えた。カラ松ははっと顔をあげる。
    「あ、そうだ!一松!」
    「なに」
    カラ松は一松の方を振り向いた。
    「オレの専属コーチになってくれないか?」
    「はあ?」
    「だってもうボクシングはやめたんだろ?それならオレの専属コーチになってくれ!」
    一松は何度か目を瞬かせた。せんぞくこーち、の文字が数秒遅れで変換される。いきなりにも程がある。目の前のこいつの思考回路が全く分からない。というか何言ってるか分かんない。固まっているとカラ松の妄想譚が爆発していた。
    「早速今日から頼むぞ。一松不在の今、チャンピオンに挑戦するのに相応しいのは誰だと思う?そう!オレさあ!一松、目に浮かぶようだろう?決勝の舞台、リングに上がり、歓声を浴びる、オレ」
    「ちょ、ちょっと待って」
    「んー?どうした?」
    「どうしたもこうしたも訳わかんないんだけど。なんでおれがアンタのコーチに」
    「カラ松、だ」
    「……カラ松のコーチになんないといけないの」
    「駄目なのか?」
    「駄目って……急すぎるでしょ。こうやって話すの初めてだよ?」
    「じゃあいつになったらなってくれるんだ?」
    「時期の問題じゃなくて……」
    「良いだろ?誰にだって初めての瞬間はあるんだ。その時に関係を持ったって何らおかしい話じゃあない」
    「お前さあ」
    「カラ松だ」
    一松は天を仰いだ。駄目だこいつ、話通じない。正直、このジムに来たのはカラ松が目的ではあったが、ここまで難儀な奴だとは聞いてない。実は一松の所在は一部の人間には知られていた。カラ松の通うジムのオーナーが一松の所在を知る人間と繋がりがあり、カラ松を元に戻すため一松を呼び寄せたのだ。一松もここ数か月は貯金を切り崩しながら細々と生活しており、そんな時に『お前が行方不明になったことで将来の道を絶たれそうなボクサーがいる。顔を見せてやってくれ』と言われたら断る理由もなかったのだ。まさかそのボクサーがここまで問題児だとは思っていなかったが。頭を掻き毟りながら一松は考える。こいつはおれに異常に夢を見ている。妄信的に。一度おれが厳しくやって現実を見せた方がいいんじゃないか?プロボクサーはそんな甘くないって思い知らせなくては。将来の道、夢は覚ましてやらないと危ない。一松は顔を上げた。
    「わかった。カラ松、お前の面倒見るよ」
    「本当か?」
    「お前の日常生活から叩き直してやる。コーチングだけじゃなくてマネージメントも引き受ける」
    「いいのか?」
    「悪いけど、弱音は聞かないよ」
    「一松……!」
    「あ、あとそれ。おれ今は松野で通ってるからジムでは松野って呼んで」
    「松野って……オレの苗字とおんなじじゃないか!」
    「ほら、いいから。早速練習行くよ」
    一松はすくっと立ち上がる。その眼にはかつての虎が宿っていた。
     トレーニングジムの空気は今までとは打って変わって軽いものになっていた。アドバイスしあうボクサーに、情報共有しあうコーチ。そして、やけに賑やかな一角。
    「それだよ!いいか、よく聞けカラ松!お前のスタイルは魅せることを意識しすぎてんだよ!」
    「だって試合じゃあかっこいいオレを見てほしいじゃないか」
    「ここ数か月負け続きのお前が言うか?」
    「ぐっ」
    「何のために拳があるか考えろ。女の子にモテるためか?違うだろ?目の前の相手をぶっ飛ばすためにあるんだよ!姿勢じゃない!魂込めろ!」
    「押忍!」
    ロッカールームでの会話の後、二人はこれまでカラ松の面倒を見てくれていたコーチの元に行き、これまでの感謝と一松が新たなコーチになることを伝えた。コーチは少し驚いた顔をして、でもカラ松の背中を押してくれた。カラ松が感傷に浸っていると隣から小突かれ、グローブを差し出された。早速練習を始めるということだろう。カラ松は力強く頷き、グローブを受け取った。こうして今へと至る。
    「お前次期チャンピオンって口だけ?」
    「違う!」
    「じゃあもっと強いパンチ出せるよなあ!」
    やっていることはいつもと変わらずサンドバックを殴り続けているだけだったが、近づきにくさの種類が違った。しかし今までとは違いジム内は和やかだった。
    「サンドバック壊れるまで殴ってみろよ!」
    「押忍!」
    実際、パンチのし過ぎでサンドバックが壊れたという話は聞いたことがない。それでもヒートアップした二人を止められる者はいなかった。一松は人に教えた経験が無い。時代錯誤も甚だしい様子だが、じゃあどうやって教えればいいのか一松には分からなかった。昨日とは違い意思を持ったパンチがサンドバックを襲う。鈍い音がジムに響いていた。
    「はい、休憩!」
    一松が手を叩き、カラ松にタオルを投げた。カラ松はタオルを顔面で受け止めつつ反論する。
    「何故だコーチ!オレはまだやれる!」
    「いいから休め!ずっと動いてるより体休ませた方が効率良いんだよ」
    一松はカラ松を無理やり座らせた。カラ松は不服そうな顔で一松を見ている。
    「なんでだ。より多く体を動かした方が早く強くなれるだろ」
    「あのさあ、カラ松がそう思うなら別におれは止めないけどさあ、」
    一松はゆっくりとカラ松の隣に座った。顔をカラ松の耳に寄せ、低い声で呟く。
    「おれ、こんな感じでチャンピオン獲ったんだよねえ」
    「なっ!?」
    カラ松は慌てて耳を塞いだ。咄嗟のことで驚いたのだろう、ほんのりと顔が赤く染まっている。一松は満足そうな顔をした。
    「で、どうする?」
    カラ松は目を逸らす。弱弱しく口が開いた。
    「……オレが間違ってました」
    「わかればいいよ、わかれば」
    ジム内では他のボクサーが練習していたり、談笑したりしている。それはありふれた光景のはずだったが、カラ松には新鮮に見えた。こんな景色見たの、いつぶりだろう。ジムって、こんなに明るかったっけ?人、こんなに多かったか?口を開け固まっているカラ松をよそに、一松は時計を見やった。
    「んじゃ、再開……と行きたい所だけど、ちょっと今日は確認したいことがあるから終わり」
    「……っえ?」
    一拍おくれてカラ松が反応した。まだジムには人がたくさんいる。それにまだ日も沈んでいない。呆気にとられるカラ松を一松は無理やり立たせた。
    「おれ、お前の日常生活から叩き直してやる、って言ったよね?家、案内して。その後買い物行くから」
    「え、一松?」
    「松野」
    一松はカラ松を睨む。目には今日一番の殺気が籠っていた。
    「……すまない。それってオレの家にコーチが来るってことか?」
    「そうだけど?流石に今日は無理?」
    カラ松は勢いよく首を横に振った。
    「そんな訳ない!すぐに荷物取ってくるから待っててくれ!」
    風のようにロッカールームに消えていく姿に、一松は溜息をついた。単純すぎる。よく今までやってこれたな。カラ松が一松に並々でない感情を抱いているのはこの短時間で痛いほどに思い知らされた。マグナム松野。何度か試合を見たことがあった。初めて見た印象は、とにかく人の目を引くやつだった。一挙一動が滑らかで美しく、洗練されている。ただ一松にはそれが上辺だけのものに見えてしまい、心の何処かで嫌悪していたのだ。マグナムの試合を見る度にそれが彼自身の癖だということは理解したが、どうにも腑に落ちなかった。ロッカールームを出た後、一松は試しにカラ松のパンチを受けてみて、ようやくすとん、と納得した。こいつは相手よりも客を見てる。パンチがどう、というよりもパンチを打つ自分に意識が向いている。その後の一松の決断は早かった。とりあえずこいつの意識を攻撃に向かせる。こうして賑やかな一角が完成した。とりあえず初日だし、まあまあ上出来でしょ。そう自分を評価しているとカラ松が戻ってきた。
    「待たせたな、コーチ!さあ行こう!」
    満面の笑みに、一松の頬も緩んだ。カラ松はスキップしそうな勢いでドアを開け、ジムを出る。空は水色と紫がかったピンクでグラデーションになっていた。ああ、綺麗だな。こんな空の色、今まで知らなかった。空を見上げたまま動かないカラ松を一松が小突く。
    「お前いつもそんな感じなの?早く家案内して」
    「……っああすまない。こっちだ。行こう」
    カラ松はぎこちなく歩き始めた。いつもより帰りが早いせいか、見える景色も初めての物ばかりでおもしろい。朝見かける犬とすれ違った。にこやかに挨拶を交わすと、犬を連れた人はやや驚いて、挨拶を返してきた。一松も小さく会釈する。犬はカラ松の足元の匂いを嗅いでいた。道を進んでいくと、古びたアパートが見えてきた。
    「ここがオレの家だ!二階にあるから、ここの階段を行くぞ」
    コンクリートの壁には所々ひびが入っている。二階を進み、隅のドアの前でカラ松は止まった。
    「今鍵を開けるからな!ちょっと待っててくれ」
    階段前にあったチラシでいっぱいのポストは見なかったことにした。ポケットからやけにギラギラしたキーホルダーのついた鍵を取り出すと指でくるくると回して鍵穴に差した。がちゃ、と音がして、扉が開かれる。その瞬間一松は大声をあげた。
    「っんだよこれゴミ屋敷じゃねえか!おいクソ松!」
    「っへ?ああ、うん?あれ?」
    部屋はひどい有様だった。玄関までごみが散乱し、服がそこかしこに投げられている。辛うじてごみ袋に入っているものもあったが、それがいつのものなのかは見当もつかない。流しにはカップ麺の容器が積み上げられていた足の踏み場もない、とはこのことなのだろう。
    「お前まずこのクソみてえな生活環境をどうにかしろよ!」
    「まあ、うん、そうだな……?」
    一松の怒号を聞くカラ松は首を傾げている。
    「え、お前どうしたの?まさかこれがゴミ屋敷に見えない?」
    「いや、ひどい部屋だとは思うが、こんなに散らかっていたか……?部屋を間違えたか?」
    「鍵開いたんだからお前の部屋で間違いない」
    「え、でもこんなにごみがあった記憶はないんだが」
    「……お前最後にごみ捨て行ったのいつ」
    「ごみ捨てか?えーっとだな、今日が水曜日だから……ん?あれ?」
    「ほぼ答えじゃん」
    実際、気力の抜けたカラ松はごみを捨てに行くことをしていなかった。はじめの一週間くらいは正気を保っていたが、その後はおおよそ人の生活とは呼べない日常を送っていた。家では飲食と睡眠しかしていなかった。シャワーはジムのものを使っていた。周りにほとんど意識が向いていなかったから気づけば部屋がゴミ屋敷になっていたのだ。ぽかんとしているカラ松をよそに一松は頭を掻き毟る。おれ、とんでもないこと言ったんじゃないか?もしかして今日からおれ達に必要なのはトレーニングじゃなくてゴミ屋敷の掃除?ああ、めんどくせえ。一松はカラ松を睨んだ。
    「おいクソ松」
    「なんだその呼び方」
    「必要な荷物だけ持ってこい。この部屋は解約する」
    「はぁ!?何故だ一松!話が読めない」
    「こんなゴミ屋敷、元に戻すなら手放した方が早いだろ。大家さんにはおれが話通すし、明日業者に入ってもらう。いいからさっさと荷物まとめろ」
    「いや、一松!?その、気づいたらこんなことになっていた……のは悪いがそこまですることは」
    「いいから早くして。今から三十分以内に終わらせて」
    「荷物まとめるったってオレはじゃあこれから何処で暮らせば良いんだ?」
    一松はありえないようなものを見る目でカラ松を見た。
    「は?何言ってんの?おれの家に決まってるでしょ」
    「え?」
    「本当はアンタの家に料理作りに行くくらいでいいかなって思ってたんだけど流石にこんなゴミ屋敷じゃあ、ってね。家電とかはおれん家にあるから持ってこなくていいよ」
    「……待ってくれ、それってオレと一松が一緒に暮らすってことか?」
    「え、なんでそうなって……え?」
    カラ松と一松の目が合った。
    「「ええええええええええええええええええ!?」」
    こうして二人の生活が始まった。



     都内、一軒家。一松はうんうん唸っていた。一松がカラ松のコーチになってから早二か月。この日常にも慣れつつあった。結論から言えば、カラ松を一松の家に住まわせたのは間違いでは無かった、と思う。一松の家にはトレーニングルームがあり、家にいてもジムさながらの練習ができた。一松はそこで徹底的にカラ松を鍛えた。基礎はもちろん、カラ松の意識から『第三者』を消すことに重きを置いた。ジムには行かずひたすら家での練習を重ねた。正直、一松はカラ松のことをなめていた。せいぜい持って一週間だろうと高を括っていた。しかし実際カラ松は一松の提示する練習メニューに食らいついてきた。最近では現役だった頃の一松よりもハードな内容をこなしている。おそらく体力だけはあるのだろう。何なのこいつゴリラなの?当のカラ松はメニュー通り、練習と休憩を繰り返しながら縄跳びをしている。トレーニングメニューやら食事、生活などを書いた紙を一松は放り投げた。これ以上なにしろって言うんだよ。この二か月間でカラ松はかなり成長した。練習はもちろん、食生活にも気をつけた結果だろう。一緒に暮らすようになった初日、スーパーでカップ麺をかごに入れようとしたカラ松をとりあえず左ストレートでぶっ飛ばした。高タンパク低糖質、バランスに気を使った食事を毎食一松は用意していた。元々カラ松は肉料理が好きだったらしく、毎度美味しそうに食べていてくれたが、味の薄さや料理に文句を言われた時は黙って布団いっぱいに氷嚢を仕込んだ。それでも今まで二人の間に大きな喧嘩が無かったのは、カラ松が一松に陶酔しているからだろう。現在カラ松は一松の家の空き部屋に住んでいた。引っ越し初日、片付いた部屋を見てみると一松のポスターと同じくらいカラ松のポスターが飾られていたのを見た時は正直引いた。風を切るような音が室内に響く。この二か月間、カラ松は一度も試合に出ていなかった。それどころか他の選手に会ってすらいなかった。もうそろそろ頃合いかなあ。そう思った矢先、一松の携帯が鳴った。



     「おい、一松!?どういうことだ?」
    ささみをかじっていたカラ松は勢いよく顔をあげた。いつも通りの朝食、のはずだった。目の前でコーヒーを飲む一松が「今日、試合あるから」と言うまでは。
    「どういうことって……。プロボクサーなんだから試合の一つや二つこなすもんでしょ」
    「それはそうだが……急じゃないか?言われてないんだが」
    「言ってないからね」
    一松は携帯に目を落とす。今日十一時に、赤塚体育館。カラ松はぶつぶつ言いながらも飯を食う手を止めない。
    「それにさあ……今誰のおかげで飯が食えてると思ってんの?二か月分、ちゃんと返してよね」
    「……善処する」
    二か月間、ずっと試合に出ていなかったカラ松の収入はゼロ、だ。それだけではない。これまで負け続きだったから貯金も底を尽きかけていた。それでも生活できていたのは一松が全ての費用を賄ってくれたからである。実を言うと一松自身金についてはあまり問題視していなかったが、収入が増えるに越したことはない。どうせ一緒に住んでるし。問題はカラ松が試合に対して乗り気であるかどうかだ。この際多少の脅しは仕方ない。コーヒーを飲み終え、カラ松の方を見やると、もう朝食は撮り終えたようだった。
    「なあ一松」
    カラ松が一松を見やる。その視線に一松は体の奥が疼くのを感じた。お前、そんな目できたんだね。
    「相手は誰だ?……一松?」
    「あ、ごめん。スウィフト松野、だよ」
    名前を聞いてカラ松はあいつか、とごちた。スウィフト松野とは同い年で事あるごとにぶつかってきた。彼の実力は確かなのだが、なんというかしつこいのだ。それに人一倍ボクサーの情報を集めていて、それがストーカーと見まがうくらいには恐ろしい。さらに試合前のガンの飛ばし方が元ヤンのそれで……と、結論から言うと、カラ松はスウィフトのことを何処かで下に見ていた。試合結果は五分五分だが直近ではカラ松が勝っている。あいつのパンチ、芯が強いからあまり受けたくないんだよな、とカラ松は洗面台に向かった。二か月前よりも血色や肉付きがよくなり、カラ松は美しさに磨きがかかっていた。ふーん?元々オレがかっこいいのは知っていたがこんなに良い男だったか?その場でポーズをとってみる。周りに薔薇の花が咲いた気がした。これは大変だ。世界がオレの魅力に気づいてしまう。カラ松はどこからともなくサングラスを取り出し、身に着けた。魅力を隠すつもりが逆効果のようだ。困ったな。その時、ダイニングから一松の声が聞こえた。
    「いつまで準備してんの?そろそろ行くよ」
    「ああ、すまない」
    カラ松はサングラスをポケットにしまうとそそくさと洗面所を出た。一松は大きく伸びをして、カラ松に声をかけた。
    「そうだ。大事なこと忘れんなよ」
    「大事なこと?」
    「ほら、外にいる時は?」
    「ああ!」
    カラ松は大きく頷いた。
    「帰ったら手洗い、うがいだな!」
    「『おれのことは一松じゃなくて松野』だボケェ!」
    カラ松に鋭いパンチが飛んだ。
     久々に訪れた体育館は、観客がたくさんいた。入り口にはマグナム松野とスウィフト松野の試合を知らせる看板が置かれていた。二人は関係者用の入り口から中に入る。建物に入るとすぐにスタッフが駆けつけてきた。赤塚体育館で試合をする時には決まってお世話になっている顔なじみのスタッフだ。スタッフはカラ松に近づくと少し驚いた顔をした。
    「マグナムさん、お久しぶりです!……なんか、印象変わりましたね」
    「ああ、久々だな」
    「後ろの方は?」
    スタッフが視線を一松の方に向ける。
    「オレに新しくついてくれたコーチだ」
    「なるほど」
    一松は軽く頭を下げた。
    「はじめまして。松野です」
    「へえ、コーチも松野さんって言うんですね。私は旗本といいます。よろしくお願いします」
    「あ、はい」
    「ところで松野さん、下の名前はなんて言うんですか?ご存じかもしれないですがボクシング界って『松野』の人が多いんですよ」
    「え、ああ……」
    「マグナムさんはもちろん、今日の対戦相手のスウィフトさんやエラスティックさんも松野なんですよね。しかも皆同じ階級だからややこしいんですよ」
    「あ、ああ……」
    「だから下の名前教えてもらった方が分かりやすいかなって」
    「あ、そうですね……」
    一松は思わず後ずさった。このスタッフ、少々押しが強い。
    「松野さんはなんて名前なんですか?」
    「なあ、今日の控室はどこだ?」
    不意にカラ松が声を出した。スタッフは一松から目線を動かす。
    「すみません。まだ言ってませんでしたね。こちらです、案内します」
    「ああ、頼む」
    スタッフを先頭にカラ松達は建物の中を進んでいった。しばらく行くと『控室1』と書かれた部屋があった。扉の前で三人は立ち止まる。
    「こちらが本日の控室となっております。時間になりましたらスタッフが呼びに参ります」
    「分かった。ありがとう」
    「それでは私はここで失礼しますね。久しぶりの試合、頑張ってください」
    そういうとスタッフは足早に去って行った。二人だけになった廊下はしんとしていた。カラ松は控室のドアを開ける。部屋にはまだ誰もいなかった。目についたロッカーに荷物を置こうとした時、背後から一松に肩を叩かれた。
    「さっきはありがと」
    「ん?さっき?」
    「名前。聞かれたでしょ」
    「ああ、そのことか」
    カラ松はロッカーの扉を開けた。
    「なあ、なんで一松は名前で呼ばれるのを嫌がるんだ?」
    「え、どうしたの急に」
    「別にチャンピオンと名前が被ったコーチがいたって誰も怪しがらないと思うぞ?」
    「それは」
    「なんというか、このまま名前を隠し通す方がかえって不思議がられる気がしてな。そうだ、いっそ偽名でも考えてみるか?」
    控室には静かな時間が流れていた。一松は唇を噛む。
    「いいんだよ……おれにはおれのペースがあるから」
    「ペースって……」
    「おーマグナムじゃん!もう来てたの?」
    ドアが開き、今日の対戦相手であるスウィフト松野が顔を覗かせた。手にはスポーツドリンクを持っている。二人の視線に気づいたのか、スウィフトは少し照れながら部屋に入ってきた。
    「いやあ、実は今日飲み物忘れちゃったみたいでさ。マグナム、後ろの人って?」
    スウィフトは一松の方に顔を向けた。先程までしていた話のせいか、一松は心なしか迷っているように見えた。
    「新しくついてくれたオレの専属コーチだ」
    「ええ!?専属ってお前に!?嘘だろ!?」
    スウィフトは素っ頓狂な声をあげた。
    「本当だ」
    「いやいや……だってお前……ねえ大丈夫キミ?脅されてない?」
    こめかみを押さえたスウィフトは心配そうに一松を見た。
    「えっ?まあ……乗り掛かった舟だし……」
    「もし何かあったら僕に言って!こいつ変な所で頑固だからさ」
    一松は少しだけ目を伏せた。それはもう身に染みて理解していた。つい昨日もゆで卵は固ゆでか半熟かで大論争を起こしたのだ。結果キッチンを取り仕切る一松が勝利を収めたが、大の大人はそんなことで三時間も争わないと思う。
    「僕は松野チョロ松!リング上ではスウィフト松野って名乗ってる。これ、連絡先だから」
    「へっ?」
    スウィフト、改めチョロ松は紙にささっと連絡先を書き、一松に渡した。紙には電話番号だけでなくSNSのアカウントや住所まで書かれていた。
    「こいつ頑固だけどさ、良いやつなんだよ。だから仲良くしてやって」
    「おいスウィフト」
    「大丈夫だよ、僕の方に引き抜いたりはしないから。お前の友達として手助けできることはしたいってだけ」
    チョロ松はわざとらしくウィンクをする。一松は紙をポケットにしまった。
    「そういえば今日はどう入場するの?」
    「にゅうじょう……?」
    カラ松は目をぱちぱちさせる。チョロ松はただでさえ小さい黒目をさらに小さくした。
    「お前マジかよ!?いっつもド派手にやってんじゃん!自分の顔切り抜いた看板とか神輿とか。え?何も考えてないの?」
    「あー……特には?」
    チョロ松は頭を押さえた。
    「お前さあ、マグナム松野のファンがなんで試合を見に来てるか理解してる?」
    「そりゃあオレを見に来てるんだろ?」
    「お前の何」
    「え?」
    「入場パフォーマンスだよぶぁぁぁか!」
    チョロ松はカラ松に掴みかかった。今のカラ松の頭には試合しかなかったのだ。どうやって入場するか、とかインタビューはどう答えるか、なんてことは完全に思考の外側だったのだ。カラ松が怒鳴られているのを見て一松は少しだけ反省した。練習の成果は出ているが、少々やりすぎたかもしれない。まあ、別にいいか。
    「おいクルァ!お前が食えてんのはファンのおかげなんだよ大事にしろよ!需要を満たせよ!」
    「へっ……あぁ、でも今食えてんのは一松のおかげというか」
    「はぁ?一松?」
    カラ松は反射的に口を塞いだ。まずい。つい癖で。おそるおそる一松の方を見ると一松もすっかり青ざめてしまっていた。ばれるのも時間の問題だ。幸運にもチョロ松はカラ松が養われているからくりには気づいていないようだ。
    「あぁ……お前が好きなボクサーね?でも最近見かけなくない?」
    「え……っと、いや、生きる糧というか」
    「まあ何でもいいけど、ファンは大事にしろよ」
    ようやくチョロ松はカラ松を解放した。そのままチョロ松は一松の方を向く。
    「コーチ、なんだよね?」
    「ま、まあ」
    「マネージングとかって他の人がしてるの?」
    「あ、いや、そういうのもおれが全部してて」
    「そっかあ……ねえ君ってこういう立場につく経験あんまりなかった?」
    「そう、ですね」
    「そっかあ……」
    チョロ松は溜息をついた。
    「あんまりこういうこと言いたくないけどさ、強みとか見せ場とか、ちゃんと理解して、手伝ってあげなよ?専属コーチなんだから」
    「……」
    チョロ松は一松の右肩を叩いた。こういうところがしつこいんだ、とカラ松は心の中で愚痴った。この二か月間一松がどれだけカラ松に尽くしてくれたかをチョロ松は知らない。いつだったか、夜中トイレに起きた時に一松がカラ松のトレーニングのことで頭を悩ませていたことをカラ松は知っている。オレのことを一番分かっているのは一松なのになんでお前なんかが。ぐにゃりとした感情が湧き上がるのを感じていた。言いたいことが吐き出せずに腹の底に溜まる感覚。今までこういう気持ちはどうやって処理していたか、否、そもそもこんな気持ちになったことがあっただろうか。一松は俯いていて、こちらから表情は読み取れない。カラ松はチョロ松の元へ寄った。
    「なあスウィフト。少し二人で話したいことがあるから、席を外してくれないか?」
    「え?まあいいけど。お前もちゃんと自分のことは伝えとけよ?」
    そう言うとチョロ松は控室を出た。一松はその場から動かない。大丈夫、じゃなさそうだな。カラ松は一松の顔を覗きこむ。
    「すまない一松、あいつはああいう所があるから。言われたこと、気にしなくていいぞ。オレは今の環境に十分満足しているから」
    一松は顔をあげる。そこには何とも言えない無、が漂っていた。闇?とでも言うべきだろうか。
    「ああ、こっちこそすみませんね」
    「一松……?」
    「初めてのマネージングだっていうのにこんなにも出しゃばってしまって。こんなゴミがすいませんねえ。まあ?最初ですし?何かしら上手くいかないことは想定はしていましたが」
    カラ松は唇を噛んだ。一松は繊細で、傷つきやすく、それ故に自己防衛に走ることが多い。この時の自己防衛というのが少々厄介なのだ。自分を卑下することによってダメージを最小限に抑えている。一松と今の関係になってから、カラ松はそういった場面に何度か遭遇した。それは大体電話の後だったり、一松が一人で出かけてきた後だったりする。最初の頃はチャンピオンの知られざる一面を見た、と少しわくわくしていたが、今では慰めることに精一杯だった。一松は真面目だから、知らず知らずのうちに完璧を目指してしまっている。きっと先程のチョロ松の言葉だって、当人はアドバイスのつもりだったのだろうが、それでも一松の心に深く刺さってしまったに違いない。
    「一松……?」
    「ほんっと、こんなゴミにマネージング頼むとか、アンタもついてないよね。この試合終わったら新しい人探してあげるからさ」
    「一松」
    カラ松は一松の肩を掴んだ。
    「誰もお前のマネージングが上手くないとは言っていないだろう?」
    「でもおれアンタが何処で人気だとか知らなくて、」
    「そんなの、過去の話だ。今日からは試合でオレの魅力を分かってもらえばいい」
    「でも」
    「お前は間違っていない。オレがこの試合に勝って証明してやるから」
    「カラ松」
    「オレが全部ぶっ飛ばしてくるから。絶対に勝つ」
    「……カラ松?」
    カラ松は悠々と控室を出ていった。今日の試合、もしかしたら死人が出るかもしれない。一松は慌ててその背中を追った。結局その日の入場は無難に何のパフォーマンスもせずに終わった。
     結論から言うと、ボッコボコだった。ラウンド開始二十秒でカラ松はチョロ松をリングに沈めた。KO勝ちだ。ファンの間ではこの二人の試合は『泥試合』と呼ばれるくらいにはいつも長引いていた。それがこの有様だ。チョロ松が倒れた途端、会場にどよめきが起こった。普段、素早さではチョロ松の方が勝っている分、カラ松は守りに徹して期を待つことが多い。しかし今回はゴングがなった瞬間にカラ松の拳はチョロ松を射抜いていた。そのままチョロ松は形成を立て直すことができずに気を失った。いつもカラ松は自分が勝利すると執拗にファンサービスをばらまくのだが、今日は試合が終わるとすぐに裏へとはけていった。こうなると観客はますますざわめく。一松自身、あまりファンサはしないタチだったので観客の反応はあまり気にしたことがなかったが、流石に今回の反応は異常だった。普段観客に手厚い選手が大人しくなったらそりゃ戸惑うよな。一松は少し反省して、カラ松と共に控室に向かった。試合場を抜けた時、カラ松が「勝った」と呟いた。一松は黙ってカラ松の頭を撫でた。
    「一松、オレ、ちゃんと勝ったぞ」
    「うん」
    「ちゃんと、一松のおかげで、勝ったぞ」
    「もういいって」
    「一松!」
    カラ松は撫でられている手を掴んだ。
    「その、これからも、よろしく」
    「えっ?うん」
    カラ松はまっすぐな目をしていた。二か月間で随分と顔つきが変わった。視線に鋭さが増したな、と一松は思った。そうこうしているうちに控室に着く。カラ松がドアを開けると、そこには先客がいた。
    「おっ、マグナムお疲れ~」
    「エラスティック……!?」
    控室にはこれまた同い年のボクサー、エラスティック松野がいた。彼もカラ松と戦うことが多く、また良き友人であった。エラスティックはとにかく女性ファンが多い。ブログも頻繁に更新しており、ボクサーというよりは芸能人みたいなやつだ。エラスティックはスマホを弄っていた手を止め、カラ松に手を振った。
    「試合すごかったね。あっという間にKO勝ち!」
    「ああ、ありがとう」
    「うん……うん?」
    エラスティックは首を傾げた。
    「どうした?」
    「マグナムさあ、イタさ何処置いてきたの?」
    「イタ……?」
    「うん、いっつもボクが褒めたら『フッ、センキュー!トッティー!』ってうるさいじゃん」
    「そうだったか……?」
    エラスティックは人差し指をぴんと立て、カラ松の真似をする。
    「そうだよ。何?キャラ変?」
    「いや、特に意識していたわけではないが」
    実はエラスティックの指摘する『イタさ』は一松が表舞台から姿を消した一か月後くらいには消え失せていた。あまり指摘する人がいなかったのは、そのあたりから試合に負けることが格段に増え、インタビューの機会がほとんど無くなったからである。意識してフェードアウトさせた訳でもないので違和感を憶えられてもどうしようもない。当時の自分の言動なんてほとんど記憶にない。エラスティックは立てた人差し指をそのままカラ松の後ろに向けた。
    「んじゃあ、後ろの一松さんが原因?」
    「はっ!?なんで……」
    元来、カラ松も一松も嘘をつくのが下手だ。二人とも大きく目を開けている。寧ろ暴いてくださいと言わんばかりの表情をエラスティックは満足そうに眺めた。
    「ふふ、おもしろーい」
    「き、聞いてたのか?」
    「え?何か言ってたの?」
    「いや、特には」
    カラ松は一松に目配せをする。一松はすぐにでも崩れ落ちそうだった。
    「だーってさ?見れば分かるでしょすぐに。整形も変装もしてないしね。こんなのに気づかないのは鈍感スウィフトくらい」
    エラスティックは一松に近づくと、スマホを向けた。
    「ボク、トド松!……まあそこのイタい人からはトッティって呼ばれてるんだけど。一松さんってあの一松だよね!ねえ、連絡先交換しよ?」
    トド松の勢いに気圧され、一松はスマホを取り出した。
    「わあ、スマホ猫ちゃんじゃん、かわいー」
    一松がわたわたとメッセージアプリを開くのをカラ松は複雑な心地で見ていた。会場スタッフもチョロ松も一松を認識できていなかったから、てっきり自分だけが分かるのだと何処かで得意げになっていた。まあ、でも気づくよなあ見てる人は。なんとなく荷物を取りに行く気にもなれず二人の動向を見守っていると段々と外が騒がしくなってきた。
    「何だ……?」
    誰かの声と荒々しい足音が聞こえる。どうも音は控室の方へ近づいてきている。一松とトド松は気づいていないようで、次に会う日程を確認していた。トッティ、相変わらずのコミュ力だな、などと感心していると控室のドアが勢いよく開かれた。
    「おいクルァ!カラ松クルァ!」
    そこには先程気を失ったはずのチョロ松がいた。
    「スウィフト……!?お前医務室に行ったはずじゃ」
    「目ェ覚めたから抜けてきた。でさ、お前何したの?」
    「なにって……?」
    チョロ松は近くにあった椅子に腰かけ、腕を組んだ。他の二人には目もくれず、カラ松だけを見つめていた。
    「悔しいけどさ、今日は完敗だったよ。でもさ、これは言い訳じゃなくってありのままに感じたことなんだけど、お前変わりすぎじゃない?」
    「変わ……?」
    「雰囲気はもちろんなんだけど、お前いっつももう少しねちょねちょしてただろ?」
    「ねちょ……?」
    先程からカラ松の脳内ははてなで大渋滞だ。チョロ松は続ける。
    「こう、しつこいっていうか……アピールがうるさかったんだよ」
    「うるさい……」
    「いつまでもいつまでもリングに上がって来ねえし勝ったら勝ったでリングから帰って来ねえし」
    声を荒げることこそないがチョロ松の機嫌が悪いのを控室一同、感じ取っていた。
    「そうだったか?」
    「うん。それが今日はどうしたの?すぐに帰ったって聞いたけど」
    「ああ、それか。うーん……」
    カラ松は眉を寄せる。特段何か変えようとした覚えはないのだ。
    「なあカラ松、単刀直入に聞くね。お前クスリとかやってない?大丈夫?」
    「は?」
    「いやあ、最後にあったのは数か月前だけどさ、流石に変わりすぎじゃない?」
    「うーん……」
    「ねえ、大丈夫?本当に何もしてない?」
    話を聞いていたトド松がわざとらしく溜息をついた。
    「しっつこいねえスウィフトは。そんなんだから新品なんだよ」
    血管の切れる音が聞こえた。
    「ハア!?お前だって新品だろうが!」
    「いやいやスウィフトとは格が違うから。だってさ、チェリー松野出会い無いでしょ?」
    「誰がチェリーだよ!」
    口に手を当ててトド松はにやにや笑っている。チョロ松のターゲットは完全にトド松になった。実際、変わり果てたカラ松をチョロ松が心配していたのは事実だ。なかなか連絡の取れないことに気を揉み、何かしらの形でコンタクトが取れないかを模索していた。そこで考えついたのが今回の試合だった。カラ松もチョロ松もボクシングで飯を食っているので、断られることはないと踏んだ。早速マネージャーを介してカラ松の所属するジムに連絡したところ、何か手違いがあったのかすぐには日程を組むことができなかった。この時カラ松は既に一松の家でトレーニングしており、ジムのスタッフは皆カラ松の状態を知らなかった。そこから一松の連絡先を持っている人を探すところでタイムラグが発生し、ようやく今日試合に漕ぎつけたのである。まさかKO負けするとは思っていなかったが。トド松はチョロ松を煽りまくっている。チョロ松がカラ松を心配しているのは知っていたが、こういう時自分達は静観するのが一番だと考えていた。第三者にできることは何もない。時間が解決してくれるのを待つだけだ。そんなこともできないで首突っ込むから早漏なんだよ、と真実は知らないがトド松は心の中で愚痴る。言い争いが何ターン続いただろうか、再びドアの開く音がした。
    「おっ、チョロちゃんいた~!俺めっちゃ探したんだよ?」
    「脱走者はっけーん!確保ー!」
    扉の向こうには今日の試合の実況をしていたアナウンサーとレフェリーがいた。二人はあっという間にチョロ松をぐるぐる巻きにすると担いで運んで行ってしまった。
    「駄目じゃんこれからお医者さんでしょー?」
    「おい離せ!」
    「目的地、フジオ総合病院!しゅっぱーつ!」
    「待ってこのまま行くの!?」
    段々と三人の声が小さくなる。ほとんど聞こえなくなったところでトド松が口を開いた。その表情は完全ににやつきを隠せていない。
    「ほんっとバカだよねえ。一松さん、スウィフトのことは気にしないで!意識高い系ってだけだから」
    「ああ、うん……」
    戸惑う一松を他所にトド松はカラ松の方を向いた。
    「そうだ!マグナム、会うの久々だしさあ、飲み行かない?」
    「今からか?」
    「うん、時間もちょっと早いくらいだし?予定無いでしょ?」
    「そうだな、実際今くらいが試合終了時間だと踏んでいたからな」
    「今日ほんとに早かったよね~。まあいつものが長いってのもあるけどさ。で、行きたいのがこの居酒屋なんだけどさ、この前合コンで言ったんだけどおつまみの種類がすっごいの。バーで出るようなやつからおなじみのやつまでいっぱいあるんだよね」
    「そうなのか……」
    「うん。どうしたの?」
    カラ松は目を泳がせた。こっそり一松の方を見ると一松は我関せず、といった様子でスマホを弄っていた。少しだけ口元が緩んでいるのでおそらく猫の動画を見ているのだと思う。いくらなんでも蚊帳の外すぎないか?カラ松は視線をトド松の方に戻した。
    「今日は遠慮しようかな」
    一松が顔を上げた。
    「えーマジで?」
    「外食って気分じゃないんだ。すまない」
    「んーそっか!まあ最近全然試合出てなかったもんね!ちょっとの試合でも疲れてるだろうしゆっくり休みなよ~」
    そう言うとトド松は控室から去って行った。あんなに賑やかだったはずの控室が再び静まり返った。一松は焦ったようににカラ松の元へ寄る。
    「カラ松、飲み行っても良かったんだよ?今日、折角勝ったんだからさ。こういう時に飲むお酒っておいしいでしょ?」
    一松は口角を上げるが、この二か月でそれが強がりだということはカラ松に知られていた。カラ松は肩を竦める。
    「本当に、気分じゃなかったんだ。一松が気にすることじゃない」
    「……本当に?」
    「ああ」
    一松は口をつぐんだ。現役時代、一松は一人でいることが多かったから、誰かと飲みに行くことはあまりなかった。でもカラ松は違う。心配してくれたり誘ってくれたりする友人がいる。この二か月で、確かにカラ松を強くすることはできた。しかしその代償に自分は何か大切なものを失わせてしまったのではないか、という考えが脳裏をよぎる。あいつは変な所で頑固だけど優しい、優しすぎるんだ。一松が自分をどう罰しようと考えを巡らせていると、カラ松が荷物を持ってやってきた。
    「一松!用意できたぞ、帰ろう」
    「……ごめんね」
    「一松?」
    カラ松が心配そうに一松を見る。
    「あ、えっと。帰る前にスーパー寄っていい?家で、お祝いしよう?」
    「いいのか!?」
    カラ松の顔が一気に明るくなった。
    「うん。今日は唐揚げ食べてもいいよ。いっぱい作るから」
    「本当か?嬉しいなあ、一松の唐揚げかあ」
    カラ松は鼻歌が出ていた。一松も荷物を取ると、二人は体育館をあとにした。



     「はい、めしあがれ」
    「いただきます!」
    大皿いっぱいに盛りつけられた唐揚げ。その量、何と二キロ。スーパーにて、カラ松の反対を押し切り一松は一キロの鶏もも二袋をかごに入れた。流石に食べれて一キロだから。いやお前、好きなもんだから想像の倍はいける。え、ももって!?胸じゃなくていいのか?今日は特別。そうだ、片栗粉取ってきてよ。足りなくなるから。
    「うまあい!」
    カラ松は唐揚げを口いっぱいに頬張る。さくさくとした衣に、噛めば肉汁が溢れてくるジューシーな食感。にんにくが利いていてやみつきになる味だ。カラ松は次から次へと唐揚げを口に放り込んでいった。
    「そんなに急いで食べなくても、おれとお前しかいないんだからさ」
    一松は微笑ましくカラ松を見ていた。この量を揚げるのは少々骨が折れたが、この二か月ついて来てくれたお礼も込めて盛大に祝いたい。もしかしたらおれがカラ松を祝うのは最後になるかもしれないし。一松も唐揚げを一つつまむ。あまり揚げ物を作らない割にはなかなか美味しくできた。これは一松も普段より多めに食べてしまうかもしれない。二人は夢中になって唐揚げを食べた。何個目かの唐揚げを飲み込むと、カラ松に声をかけた。
    「ねえカラ松、これからの話なんだけどさ」
    「ん?」
    一松は次の言葉が出なかった。顔をあげたカラ松はいつもとなんら変わりない。しかし目の前にナイフを突き出されたような、そんな心地がしたのだ。一松はカラ松が怒ったところを見たことがない。というよりもカラ松は滅多に怒らないらしい(SNSで調べた)。おれ、何か気に障ること言ったっけ?カラ松はいつも通りの様子でこちらを見てくる。
    「どうしたんだ?」
    「あ、いやなんでもない」
    「そうか、じゃあオレからも聞きたいことがあるんだ」
    一松は唾を飲みこんだ。目がいつもよりも大きく開かれている。
    「一松、一体何に悩んでるんだ?」
    何かがおかしいと、そう思うのを止められなかった。試合に勝ってもなお、一松の気持ちが晴れていないように思えた。正しいってオレがちゃんと証明しただろ?それでも一松にはまだ考え込む素振りがあった。はじめは、初試合だからだろうか、なんて思っていたがおそらく違う。一松はプロの経験がある。今更戸惑うなんて考えにくい。猫の動画を見ていたのも合点がいった。そうやって心を落ち着けようとしていたのだろう。カラ松には一松が何故悩んでいるのかは分からなかった。それでも原因が自分にあることくらいは察しがつく。一松の顔は強張っていた。カラ松はずっと考えないようにしていたことを口に出す。
    「……オレの世話をしようとしたこと、後悔しているのか?」
    「えっ」
    今まで一松の言うことにはなるべく応えられるように頑張ってきたが、自分の未熟さが露わになることがよくあった。相手はチャンピオンなのだ。到底適う相手ではないことは分かっていたが、今までにない感情が湧き上がった。本当はずっと一松に見てもらいたい。でももしかしたら自分は一松に相応しい相手ではないかもしれない。そんな考えを切り捨てるためにカラ松はひたすら練習に打ち込んだ。それで一松の胸中を理解できたわけではない。今日の試合を通して幻滅させてしまったのかもしれない。何が悪かったのかは見当もつかないけれど、でも何かしらの原因があったに違いない。カラ松は一松をじいっと見つめる。一松はカラ松から視線を反らした。
    「お前が原因じゃないよ、これはおれの問題っていうかさ……カラ松が気にすることじゃないよ」
    「よければ話してくれないか?……力になりたいんだ」
    いつの間にか皿の上の唐揚げは四分の一くらいになっていた。一松は唇を噛む。
    「まあ……そうね。ゆくゆくはアンタにも話すことになりそうだし。……その、今日さ、試合で何か気づいたことなかった?」
    「気づいたこと?」
    やはり試合のことか、とカラ松は一人納得していた。出かけるまでは普通の一松だったからなあ。チョロ松の言葉を引きずってしまっているのだろうか。あんなすぐにとどめを刺すべきでは無かったかもしれない、とほんの少し後悔する。一松は寂しげに笑った。
    「……やっぱり分からないよね。ごめん」
    「何で謝るんだ?一松は何も悪くないじゃないか」
    「カラ松、おれがお前の良さとか、見せ場とか何にも知らなかったから、だからさ、おれ、……。おれ、前のカラ松を殺しちゃったんだ」
    「一松……?大丈夫だ、ちゃんとオレはここにいる。前のオレ?を殺した?ってどういうことだ?もう少し分かりやすく説明してくれないか?」
    一松は視線を落とす。口をもぐもぐさせているのは、きっと言いたいことが上手くまとまっていないからだろう。ジャージの裾をぎゅっと掴むと、一松はぽつぽつと語りだした。
    「だっ、て、今日会った人皆『マグナムは変わった』って言ってたじゃん。それにさ、会場のざわめき聞いたでしょ?お前がいつもと違ったみたいだから」
    「いつもと違う?」
    一松は力なく頷いた。
    「お前、入場とかアピールとか、どっちかというと試合外で人気出るタイプみたいじゃん。でも今日は何もしなかったでしょ?それどころか考えてすらなかったみたいだし。……おれが『第三者を気にするな』って言いすぎたせい、かなって」
    「ああ、そういうことか……」
    カラ松は腕を組んだ。確かにはじめの二、三週間は『人の目を意識すんじゃねえ!』とばかり言われていた。でもそれがきっかけで自分がどうこうなった、みたいな自覚はない。確かにカラ松は変わったのかもしれないが、一松のせいではないのは確かだ。どう説明したものか。カラ松は頭を掻いた。
    「うーん……。別に一松のせいではないんだ。というか今までのオレも観客を見ていたかって言われるとなあ……。半年くらい前?はそうだったかもしれないが。オレのアパート、見たろ?一松がいなくなってからは本当に記憶がないというか、頭に靄がかかったみたいなんだ」
    「あー……まあ……」
    「もしその半年間の間、ちゃんと今までのオレだったとしたら多分無意識だったんだと思う。ずっと同じことを繰り返してただけだからなあ……。一松がオレを変えてしまった、なんて気にすることないぞ!それよりもオレは一松に感謝しているんだ。今までで一番体の調子が良いんだ」
    「カラ松……」
    「でも、そうか。そんなに会場がざわめいていたのか……。なら、一緒に次の試合の入場、考えてくれないか?これまでの映像があるから一松の意見を聞きたいんだ」
    「……とりあえず庭で薔薇でも育てたら?」
    「それは薔薇をパフォーマンスで使うということか?いいな!なら青い薔薇が良い!あと……そうだ!空を飛ぶのはどうだ?天井からワイヤーか何かで吊るして、そこからファンに向けて薔薇を撒くんだ!」
    カラ松は再び唐揚げを頬張り始めた。心なしか目がきらきらと輝いている。一松は食事を再開する気分にはなれなかった。何故半年前から自分に出会うまでこいつの意識に穴が開いているか、なんて分かりきっていた。カラ松は異常なくらい一松に夢中になっていた。一松がこうしてカラ松と関係を持ったのだって、きっかけは鬱状態のカラ松に手を焼いたマネージャーからの連絡だ。おれは出会う前からこいつを駄目にしちゃってんだ。でも目の前のこいつは馬鹿だから誰のせいで自分が闇を彷徨うことになったのかに気づいていない。カラ松は美味しそうに唐揚げを食べている。気づけば皿の上の唐揚げは数えるほどになっていた。
    「それから、リング直前で早着替え、なんてのも面白そうじゃないか?……一松?」
    「ああ、そうだね。考えとく」
    そう言うと一松は席を立った。自分がカラ松にできる償いは何だろうか。空になった食器を流しに置く。カラ松を強くできるところまで強くしてやらないと。将来、自分は切り捨てられても忘れられても構わない。きっとそれが一松にできる唯一の償いだった。食器を水に浸していると、隣にカラ松がやってきた。手には茶碗と空になった大皿を持っている。てかてかになった口元に思わず笑みが零れた。
    「だから言ったろ?二キロ無いと足りないって」
    「ぐっ……だってそこに唐揚げがあるから!」
    「明日からはまたトレーニングね、それとちょくちょく試合も入れてくから」
    「ああ!任せておけ!」
    「んじゃあ風呂行ってきな」
    「分かった!」
    入浴時にカラ松を一人にすると九割方泡風呂になっているのだが、まあ仕方ない。今日くらいは多めに見てやろうと思った。なにより、いつかカラ松が離れていくまで、この日々を享受していたいと感じていた。ふとそんな考えが浮かんだ自分自身に一松は驚いていた。誰かと一緒にいたいだなんて。一つ屋根の下、寝食を共にした日々で変わったのは寧ろ一松の方だったのかもしれない。



     対スウィフト戦からしばらく経ったある日の夕方。練習を終えたカラ松は部屋で一人音楽を聴いていた。今日は一松は朝から出かけている。そんな一松が好きだと言っていたロックバンド。夜明けを感じさせるメロディーに聞き入っていると、イヤホン越しでも分かるくらいに玄関の扉が勢いよく開いた。一松か?一松だよな、だって鍵は閉めていたし。とたたた、と走ってくる音が聞こえ、カラ松の部屋の扉が開かれた。
    「おい見ろよカラ松!」
    「へぶっ」
    一松はカラ松の姿を見るなり顔面目掛けて何かを投げつけてきた。それも一つではない。投げられたものを拾って見てみると、それは種類の違うスポーツ新聞が数部と、月間でボクシングの情報が掲載されている雑誌だった。
    「付箋貼ってあるとこ見てみろよ」
    一松の顔は上気している。試しに新聞の一つを開いてみた。するとそこには昨日の試合の記事が載っているではないか。
    「これって……!」
    「すごいよカラ松!しかもここに持ってきたやつ全部にカラ松のこと書いてあるんだよ?」
    一松は待ちきれない様子で次々と付箋の貼られているページを開いていく。『マグナム松野 快進撃』『青薔薇の不死鳥 愛の貴公子を破る』『今一番アツいボクサー マグナム松野』……。その実大きな戦果を残している訳でも無かったが、メディアに与えた印象は大きかったらしい。まだ大会で優勝したことこそないが、あまりぱっとしなかった選手が堅実に爪痕を残しているのは見過ごせなかったようだ。現に今では純粋にカラ松の試合を楽しみにしているファンが増えた。一応入場や勝利のパフォーマンスは続けていて、日を追うごとにその歓声も大きくなっていた。さすがに庭に薔薇を植えることはできなかったが、代わりに一松とも交流のあった花屋がスポンサーについた。元々は一松の友人である漫画家を通して知り合ったらしい。彼も青色が好きらしく、青薔薇は試合の度にたくさん用意してもらえた。カラ松が勝利すると大きな花束を抱えて控室に飛び込んでくるのは、ボクサー仲間の間では風物詩になっていた。一松はほこほこしながらカラ松に言う。
    「おれがカラ松の面倒見るようになって結構経ったけどさあ、お前才能あんじゃないの?」
    「そうか?でもここまで勝てるようになったのは一松のおかげだ」
    かつては負ける方が多いくらいのカラ松だったが、今では出る試合のほとんどに勝利していた。入場時に青い薔薇を撒くことから『青薔薇の不死鳥』と呼ばれるくらいには知名度も上がった。何故不死鳥なのかはカラ松自身よく分かっていない。打たれ強いからだろうか。記事に一通り目を通すと、一松は「あとでスクラップしとかなきゃね」と笑った。そういえばオレも一松の記事はできるだけゲットしてまとめていたなあ。確か棚の上の方にあったはずだ。久々に見てみようか、そう思い立ち上がると一松がカラ松の裾を掴んだ。
    「一松?」
    「カラ松……あのさ」
    一松は一呼吸置いた。部屋の中が静かになる。
    「結構勝ってるしさ、次の大会、参加してみない?」
    「次?」
    「そう。次の__、AKATSUKA選手権」



     わああっ、だの、きゃー、だの、体育館からは歓声が断続的に聞こえていた。気持ちいいくらいに空は晴れ渡っている。今日はAKATSUKA選手権二日目。選手権は三日間にわたり開催されていて、今はエキシビションマッチが行われている。会場もいくつかに分けられていて、今カラ松達がいるのは本会場だ。次の日に残された決勝に向けて場を温めているらしい。そういうのは当日にやるものだと思うが。リング上では先程まで実況していたアナウンサーとレフェリーが殴り合っていた。一方、カラ松は控室でチョロ松やトド松と駄弁っていた。
    「いやあすっごいねマグナム!決勝進出だってね」
    そう話すのはベスト十六入りしたチョロ松だ。初戦の勢いのまま四回戦まで進んだ。リングに上がる時に相手にガンを飛ばすのがスウィフト松野の特徴だ。なんと初戦ではそれで相手が戦意喪失した。丁度カラ松も戦っていたので見ることはできなかったが、試合を見ていたトド松いわく『昭和のヤンキーを三乗して凝縮した感じ』だったらしい。インタビューの時は理路整然と話しているだけあって、一瞬会場全体が凍りついたのだとか。そんなチョロ松もあと一歩で準々決勝に駒を進めることができなかった。決着は最終ラウンドまでもつれこみ、最後の最後、判定に涙することになった。試合後、しばらく自己嫌悪に陥っていたのをトド松は見ていたらしい。それでも立ち直りは早く、今ではこうして会話に参加している。
    「決勝に勝てば、タイトル獲得!でしょ?いいなー、ボクも欲しい」
    「お前はもっと勝ってから言えよ」
    「はぁ!?昨日はたまたま運が悪かっただけだし!」
    そういうとトド松は頬を膨らませた。しかしチョロ松の言うことも一理ある。AKATSUKA選手権は一日目にベスト三十二の試合までを行うのだが、トド松は二日目に残ることすらできなかった。二回戦で呆気なく棄権したのだ。この試合はカラ松もチョロ松も見ていたのだが、リングを降りるトド松を見ても、何故棄権したのかが分からなかった。普通に歩けているし、体力もまだまだ残っていそうだ。そこで二人でトド松を問い詰めた所、「だってあいつのパンチ重いんだもん」という答えが返ってきた。エラスティック松野のスタイルはあまり特徴となる点が少ないが、際立っている点が一つだけある。相手の有効打が驚くほど少ないのだ。しかし打たれ強いわけではない。とにかく回避が上手いのだ。いつもレフェリーに指導されないギリギリをついている。また、トド松は顔にパンチが飛ぶのを嫌う。ボクサーならば仕方ないと思うがどうにも譲れないらしい。現にカラ松がトド松の顔面を殴ってしまった暁には、駅前のパフェを奢ることになった。トド松の言い分によると、二回戦の相手は顔ばかりを狙ってくる相手だったのだとか。しかも手数が多いのではなく火力が高いタイプだったから当たるとなかなか回復できないらしい。当初トド松はある程度勝ち進んで顔が売れれば良いと思っていたが、この試合は割に合わない、ということで棄権したらしい。その実計算高く頭の回転が速いところがあるから勝てないことが早々に分かっていたのかもしれない。二日目、暇を持て余したトド松はカラ松の試合を見ていた。すると準々決勝で、トド松を破った相手をカラ松が倒したのだ。
    「ねえねえ明日絶対勝ってよ!そしたら一緒に写真撮らせてあげるからさ!」
    「エラスティックお前なあ……それ優勝者とのツーショが欲しいだけだろ?」
    「そうだけど?欲しがって何が悪いの?あーじゃあスウィフトのも撮ってあげるよほら」
    トド松はスマホをチョロ松に向ける。チョロ松は写真が嫌なのかカメラを隠そうとしたり逃げ回ったりしている。そのやりとりをカラ松は黙って見つめていた。元々この三人で集まった時にはカラ松は聞き役に回ることの方が多い。時折シャッターの響く控室でカラ松はぼんやりとしていた。
    「マグナム、緊張してる?」
    不意にトド松が声をかけた。いつの間にか二人ともカラ松の方を見ている。
    「えっ、いや、別にそんなことはないが……」
    「そうだそういえばマグナムお前さあ、入場曲変えた?」
    「ん?入場曲?」
    「うん。今日じゃなくって前エラと戦ったあたりから?なんか、激しくなったよね」
    エラとはエラスティック松野の略称である。チョロ松は首を傾げている。カラ松は頭を掻いた。
    「ああ、あれかあ……。あれはい」
    「い?」
    そこまで言ってカラ松は口をつぐんだ。そういえばチョロ松には一松が一松だと伝えていないしバレてもいない。ここまで来たら言ってしまうのも一つの手だが一松が今試合を見に行っている今、本人の了承なしにカミングアウトするのは気が引ける。カラ松は必死に脳内の辞書をめくった。
    「い、いつもお世話になっている人が薦めてくれたんだ!」
    嘘はついていない。現にチョロ松も怪しがる素振りは見せていない。後ろでトド松がにやにやしているのが唯一目障りだった。
    「へえ。いいんじゃない?最近のお前、ようやくパフォーマンスと実力が合ってきたって感じで」
    チョロ松は自分のことはそっちのけでカラ松についてコメントする。それも愛ゆえだということが分かっているから、二人は何もつっこまなかった。カラ松やトド松の試合の度にチョロ松は出向いて飛ばされる青薔薇なりハートの紙吹雪なりを入手して大事にしているのだ。その熱心な活動っぷりにチョロ松は「愛が強すぎてリングに上がったオタク」と呼ばれている。チョロ松も憧れの選手がきっかけでボクシング界に足を踏み入れたらしいが、その選手についての話はあまり聞いていない。聞いたのは、その選手が既に引退してしまったことだ。あとは一松よりも年上だということくらい。トド松はやや呆れ顔で「スウィフトも元ヤン以外のパフォーマンスしなよ」とぼやいている。その時、カラ松の携帯が鳴った。画面には、『一松』と表示されている。
    「すまない、少し出る」
    「オッケー」
    急いで控室を出ると、携帯を耳にあてた。
    「もしもし」
    『ああカラ松?今試合終わったんだけどさ、これから二人のトークショーあるみたいで、先帰っててもらってもいい?』
    「トークショー?」
    『突発的にやるみたい。よければ一緒に見てもいいけど、レジェンド松野とハッスル松野って知って』
    「ないな」
    『だよね。夕飯までには帰るから。気をつけてね』
    そこで電話が切られた。トークショー、か。事前に予告しておけばいいのに。カラ松は控室へと戻ると二人に別れを告げ、体育館を出た。元より一松を待つために駄弁っていたので、あまり申し訳なさはなかった。久々に一人で帰るなあ、なんて呑気な考えが浮かんだ。



     外の風は冷たくなっていた。カラ松は何か羽織るものが必要だったな、と反省する。空は高く広がっている。大きく伸びをして帰路につこうとした時、後ろから声をかけられた。
    「あの!マグナム松野さん!……ですよね?」
    振り返ると、そこにはカラ松よりも少し背が低い青年がいた。前髪は長めで、黒縁の丸い眼鏡をかけている。来ているTシャツは今日の大会で販売されていたものだから、試合を見に来ていた人だろう。髪はもう下ろしてしまっているのに、よく気づいたなあ、とカラ松は感心する。
    「ああそうだ。オレが青薔薇の不死鳥(フェニックス)、マグナム松野だ」
    カラ松がそう答えると青年の顔はぱあっと明るくなった。前髪からちらっと見えた目がきらきらと輝いているのが見えた。不思議とカラ松の心が湧き上がるのを感じた。さあ来い。サインか?写真か?オレは何でも受け止めとめるぜ。
    「あの!今、時間とかありますか?」
    「時間?」
    「よければお話したいなあって。……大丈夫ですか?」
    「もちろんだ!」
    「あ、ありがとうございます!場所、移動しませんか?」
    「ん……?分かった」
    「じゃあ、ついて来てもらえますか?」
    青年はくるりと向きを変える。眼鏡が怪しく光ったことにカラ松は気づかなかった。
     帰り道を離れ寂れた路地裏に着いた。人通りはかなり少なくなっていた。場所を変える、と言うからてっきりカフェみたいな所でゆっくりするのだろうと思ったが、どうやら違うようだ。青年はカラ松の方を振り返る。
    「こんな所までついて来てくれてありがとうございます。早速、話しましょうか」
    「ああ」
    もしかしたら何かに巻き込まれているかもしれない。そんな考えが頭をよぎった。でも目の前の青年が悪事を働いているようには見えない。気弱そうで、あまり目立つタイプでもなさそうだ。青年は少しだけ俯いて言った。
    「実はマグナムさんには、話、というよりもお願いがあるんです」
    「ん?そうか、オレにできることならなんでも」
    「単刀直入に言いますね。実は明日の決勝、マグナムさんには辞退してほしいんです」
    「え?」
    カラ松はぽかん、と口を開けた。青年は口元に人差し指を当てる。
    「どうしても今のタイトル保持者からタイトルを奪ってほしくないんです。マグナムさんの強さはよく分かっています。分かっているからお願いにきたんです」
    「そんな無茶な」
    「ねえ、マグナムさん、お願い聞いてくれますか?」
    青年はこてん、と首を傾けた。この動き、見覚えがある。トド松が言いにくい頼みごとをする時によくこの動きをするのだ。そしてその胸中をカラ松はよく知っていた。
    「……君はオレのファンじゃなかったのか?」
    これは目的のためならば手段を選ばない時のものだ。どうしてもカラ松にタイトルを獲ってほしくないのだろう。一気に暗い顔になったカラ松を青年は鼻で笑った。
    「マグナムさんのファン?そんなこといつ言いましたっけ?僕はただマグナムさんと話がしたいって言っただけですよ」
    「お前……!」
    「で、辞退してくださいよ、ねえ、聞いてくれるでしょ?あんた優しいから」
    青年は一歩、一歩と近づいてくる。こいつ、決勝戦の相手の差し金か?いや、そんな姑息な手段を取るやつがタイトルを取れるはずがない。カラ松は大きな声を出した。
    「そんなことできるわけないだろう!?お前はオレがここに来るまでにどれほどの日々を費やしてきたか知らないからそんなことが言えるんだ!それにお前の言い分はまるでオレが試合に出たら優勝する、みたいな感じだな。今の保持者の実力を信用できないのか?」
    「な訳ないでしょう?何言ってるんですか?」
    青年はシャツをぎゅっと掴んだ。手には血管が浮き出ている。
    「オレはお前の願いを聞くことはできない。この力が何処まで通用するか試したいからな」
    「そうですか、そうですか……」
    青年は肩を揺らして笑い出した。震える手で眼鏡を取り、地面へと投げる。眼鏡はかしゃ、と音を立てた。青年は前髪をかきあげる。ぎらぎらとした目でカラ松を睨みつけている。そこには気弱そうな印象は何処にも残っていなかった。ボクサーの勘が働く。これはまずい。カラ松は来た道を帰ろうとする。しかし、路地裏の出口は三人くらいの人影によって塞がれていた。
    「クソッ……」
    「ギャハハハハハ!素直に聞いてくれたら怪我せずに済んだのにな?テメエに拒否権なんざ無ぇんだよ!ここに死体置いてけよ」
    青年は地面を指さしニイッと笑う。先程までとは別人のようだ。カラ松はプロのボクサーだ。保身とはいえ一般人を殴ったらただでは済まないだろう。きっと目の前の男はそれが分かっている。もしカラ松が応戦したら急に眼鏡をかけ直して被害者の顔をするのだろう。見た目からして弱そうな振りをしてこちらを圧倒的不利に追い込むのだ。前からも後ろからも人が駆けてくる。オレはどうすれば。拳を強く握りしめた時、出口側にいた男達が一方向に倒れた。その後ろから人影が現れる。見間違えるはずもない。
    「一松!」
    「どっか安全なとこに隠れてろ!というか先帰れ!」
    一松はカラ松に向かい叫ぶとそのまま青年の元へ走り出した。カラ松は一松に言われた通り物陰へと避難する。このまま帰る気にはなれなかった。力にはなれないが一松を一人にするのは気が引けたし、何より一松の目を見てしまったのだ。リングで活躍していた頃のと同じだ。いつもより生き生きとした瞳に虎を宿している。振りかぶった青年のパンチを軽々と躱し代わりに左腕で腹に鋭いのを一発お見舞いする。青年は腹を押さえて倒れこんだ。そりゃあそうだ。引退した身とはいえ拳で飯を食い、その集団の中でもトップに登りつめたのだ。その辺のパンチとは格が違う。一松は舌なめずりをする。後ろから倒れていた奴らが走ってきた。相当怒っているようだ、何か言っているが単語として聞き取れない。カラ松はそれを一松に知らせようとした。が、一松の方が早く気づいていた。地面に近づき、必要最低限の動きで足払いをかける。一人だけ躱した奴がいたようで、紫煙を纏う虎は素早くそいつの後ろに回り、手刀で眠らせた。
    「一人目。次は誰?」
    青年以外、怯えていた。一松は完全に虎のオーラを纏っていた。隠し切れない殺気と闘志にカラ松までも足がすくむ。よろよろと立ち上がった男達に一松は次々と攻撃を当て、気を失わせた。どこを狙うにしても、無駄がない。流れるように一松は動く。とうとう残すは青年のみとなった。一松はゆっくりと歩いていく。青年はその場から動けなかった。地面に手をついたまま、ただ一松を睨んでいる。
    「いるんだよねえ、こういうの。選手の応援が過激になって周りのアンチになるやつ」
    「……ッ」
    青年は何も言い返さなかった。図星なのだろう。
    「なんでこういうことするかなあ。妄信的というか、ぜーんぜん周りを見てないよね」
    一松の声色は段々と暗くなっていく。カラ松が一松と暮らし始めてから半年くらい経っていたが、こんな一松は見たことがなかった。大体怒る時は一気にドカンと、拳と一緒に飛んでくる。今、一松は本気で怒っているのだと、理解した。ははっ、という乾いた笑いが路地裏に響いた。
    「そうだ。アンタ達さあ、四人がかりならマグナム倒せるって思ってたの?馬鹿だね」
    一松はしゃがんで青年と目線を合わせる。それはチョロ松が試合前に見せるものと似ていた。ヤンキーだ。一松はカッと目を見開く。青年の勢いは嘘のように消えていた。
    「こちとら喧嘩のプロなんだよ、分かる?殴り合って飯食ってんの」
    青年のやけにうるさい息遣いが聞こえる。不規則で、上手に息が吸えていないようだ。気弱だ、と思ったのはあながち間違っていなかったのだろうか。
    「もし文句があんなら」
    一松は青年の胸ぐらを掴んだ。顔を青年の耳元に近づける。地を這うような低い声で一松は囁いた。
    「次はリングに上がれよ腰抜け」
    「ヒィッ」
    青年は耳を塞ぐ。一松が手を離すと青年は一目散に逃げていった。気を失っている男達のことは置き去りにして、である。大きな舌打ちが聞こえた。一松は元々ポーカーフェイスではないがあまりにも感情が出すぎている。この出来事に怒るのは、まあ分かる。でも一松がそこまで怒ることなのか?そもそも一松はオレ達の会話を何処から聞いていたんだ?考えれば考えるほど、謎は深まるばかりだった。何か会話の切り口が欲しくて、カラ松は一松に声をかける。
    「一松、……ありがとう、助かった」
    「別に。さっさと帰るよ」
    一松は冷たい目のまま踵を返した。カラ松もそれ以上は何を言ったらいいか分からず、帰り道は互いに無言のままだった。二人でいて、こんなにも居心地が悪いのは初めてだった。町は灯りがともり始めている。一松の数歩後ろをカラ松は歩いた。心なしか一松の背中がいつもより小さく見えた。
     家に着いても、カラ松は沈黙を破ることができなかった。何か話そうとしても一松のことになってしまうし、こういう時に限ってどうでもいい話題が思い浮かばない。とりあえず荷物を置きに自室へと向かう。どうしよう。まともに一松の顔を見れる気がしない。だってあんな一松を見たのは初めてだったから。カラ松は唸り声をあげた。疲れた頭じゃ考えもまとまらない。さっさと風呂に入って難しいことは後回しにしよう。そう決意して部屋を出ようとした時、一松が部屋に入ってきた。
    「一松、」
    どうして、とは聞けなかった。すごく苦しそうな顔をしていたからだ。一松はカラ松と目が合うと無理やりに笑ってみせる。
    「カラ松さ、おれに聞きたいこと、あるよね」
    カラ松はゆっくりと頷いた。
    「全部、ちゃんと話すからさ。だからカラ松、」
    一松はTシャツを脱いだ。右肩には三本線、ひっかき傷のような傷痕があった。
    「一緒に風呂、入ろう?お酒は、おれ達弱いからすぐに駄目になっちゃうでしょ。だからこういう時は裸の付き合いが一番かなって」
    カラ松は一松から目が離せなかった。リングから姿を消してもなお、一松の肉体美は存在していた。決して体は大きくないのに、鍛えられた肉の鎧は数々の人を魅了してきた。風呂。共に暮らして一か月くらいの時、二人とも汗だくになったので一緒に汗を流してしまおうと誘ったことがあったが、ズバッと断られた。その後も何度か挑戦してみたが、やはり風呂だけは首を縦に振らなかった。ずっと隠されてきた一松の秘密。カラ松は唾を飲んだ。
    「オレで、いいのか?」
    一松は微かに笑った。
    「今更カラ松以外に誰がいるの?」
    ほら、行こう、と一松はカラ松を誘う。カラ松は部屋の電気を消した。体育館を出る前にもらった光るブレスレットがちかちか輝いている。一松はゆっくりと傷痕をさすった。



     『なんと、一松、プロ一か月にして初のタイトルを掴んだー!怒れる猛虎を止める者はいないのか!?』
    リングの上で一松は吠えた。あまりにもあっという間だった。試合も数えるほどしか出ていない。初試合からわずか一か月。一松はタイトルを奪取した。ここまで無敗である。自分に才があるとは思っていないが、一松はとにかくストイックだった。マネージャーが休日の心配をするくらいにはジムに通い詰めていた。リングネームを決めろと言われた当時、面倒だからと本名にしてしまったが、今となっては『タイガー松野』や『ダークネス松野』とかにすればよかったと反省している。どうも試合中の一松は虎のオーラをまとっているらしい。そんなわけねえだろと思いつつ過去の試合映像を見てみると、一松の背後に虎が見えた。嘘でしょ、合成じゃないの?と思ったが本当のことらしい。自覚も心当たりも全くなかった。生まれも育ちもごくごく平凡な家庭で、少しやってみたかったからリングに上がっただけなのだ。まあ、脱いだ途端に筋肉が三倍くらいになるボクサーもいるから、これも一つの個性なんだろうな、と一松は軽く流すことにした。タイトルを取った後はとにかく取材が多かった。面倒だったので全て断ったところ、ミステリアスだのクールだの言われて逆にファンが増えた。メディアはそんな彼を『超新星』と呼んだ。一松がほとんど喋らず露出もしないので、世間での一松のイメージはどんどん肥大化していった。今思えば、面倒くさがらずに取材を受けるのが最適解だったのだろうが、生憎一松はタイトルを取ったことによりますますボクシングにのめりこんでいた。
     確か、三つ目のタイトルを取った頃だった。一松は家を建てることにした。都内で体育館へのアクセスもそこそこ良かったから、土地だけでかなり値が張った。それでも一松は家を諦めなかった。最近街を歩いていると声をかけられることが増えたのだ。一松は会話があまり得意ではない、というよりも前提としてあまり人間と友好な関係を築くことができない。二十年生きてきて、今も連絡をとってくれるのは漫画家になった友人くらいだ。一松はジムに行くか、生活必需品を買いに行くかくらいでしか外に出ることがなかった。道中野良猫を愛でることはあるが、それくらいだ。それにも関わらず声をかけられることに少なからずストレスを感じていた。幸い金はあったので、家を買うことにした。この時一松は名案を思いついた。家の中にジムのような設備を整えてしまえばそもそも外に出る必要がなくなるのでは。そこからの一松は早かった。あまりにも設備の要求が詳細かつ的確だったため、担当の人が引いていた。買い物も極力ネットでしたかったが、そうすると猫に会えなくなるし、何よりスーパーやドラッグストアの方が安い。今まで三日に一回だった買い物を冷凍庫を駆使して一週間に一回にし、足りなくなった猫は庭に煮干しを置くことで家に呼び寄せた。こうして一松は最強のQOLを手に入れたのだ。一松の勢いにも拍車がかかり、止められる者は誰もいなかった。そして無敗のまま、一松は運命の日を迎えることになる。
     とうとう明日はAKATSUKA選手権決勝の日。これに勝てば晴れて全タイトル制覇だ。相手は二回ほどこのタイトルを防衛しているらしい。まあそんなのおれには関係ないけどね。一松は大きく息を吐いた。相手がどんな奴だって自分の全力を出すだけだ。帰り道、空は高くなっていた。いつも通り、あまり人目につかないように脇道ばかりを通って帰る。時折路地裏に寄っては猫がいないかを確認する。きっと何処かで浮かれてしまっていたのだろう。一松は背後に忍び寄る影に気がつかなかった。

    振り向いた時には、ナイフのようなもので右肩を刺されていた。

    息をする暇もなくナイフが抜かれ、また刺される。それが何度か繰り返される。ざくっ、ざくっと相手は一松の同じところを執拗に刺してきた。腕がとれてしまうのではないかと思った。刺してくる人の顔は、フードを被っていてよく見えない。反撃しようにも一松は唸り声をあげることしかできなかった。その場にしゃがみこむ。時間がゆっくりになって、段々と視界が暗くなっていく。自分の心臓の音だけが大きく聞こえていた。
     目を覚ますと、白い天井が見えた。どうも、ベッドに寝かされているらしい。おれ、何して……。体を起こそうとすると右肩がずきりと痛んだ。痛みで気を失う前の記憶を思い出す。刺されて倒れて、それでここは何処?右腕は思ったように動かない。顔だけ動かして辺りを観察してみる。小さな部屋だった。カーテンが閉まっているし、時計もないから時間は分からない。もしも日が出ていたらまずい。決勝戦が始まってしまう。ベッドの形を見るに、ここは病院だろう。自分で通報した覚えがないから誰かが連れてきてくれたのだろうか。そんなことを考えていると、部屋のドアが開いた。猫背の医者と、看護師と、
    「レジェンド松野!?」
    「今もその名前で呼んでくれるのお前だけだよ一松~。だって今じゃ周りの人みーんな俺のこと『アナウンサーの松野さん』って呼ぶんだぜ?俺もう一回チャンピオン目指しちゃおっかな」
    「一松さん、目が覚めましたか?」
    「はい……」
    医者達は一松のベッドに近づいてくる。そしてベッドを取り囲むように立つと、医者は静かに告げた。
    「松野一松さん。落ち着いて聞いてください。あなたは路地裏で右肩から血を流して倒れているところをこちらの男性に見つかり、救急車で搬送されました」
    「そーそー、マジでびっくりした!丁度あの辺りの居酒屋開拓しようとしてたら一松が倒れてるんだもん」
    「おそ松さん、静かにしてください」
    レジェンド松野は、おそ松というらしかった。医者は眼鏡のずれを直すと、話を続ける。
    「右肩を何度も刺されたようで、かなり深い傷ができていました。手術で傷は塞ぎましたが、一松さんは病院に運ばれた後も二日ほど目を覚まさなかったんです」
    「二日って、それじゃあAKATSUKAは」
    「そのことなんですが、一松さん」
    医者は深く俯いた。一松は首を傾げる。看護師も唇を噛んでいた。どうしたのだろうか。ここでおそ松が医者の肩を叩いた。俺が言う、ってことだろうか。
    「一松はもうね、ボクシングできなくなっちゃったの」
    「……えっ?」
    心臓が止まるかと思った。だってあと一回勝てば完全制覇だったし、その後はタイトル防衛戦が始まるし、まだチャンピオンにもなっていないのに。おれはまだリングで戦っていたいのに。嫌な汗が頬をつたう。
    「もう右肩ぐちゃぐちゃみたいでさ、復帰は難しいんだって。ね、先生?」
    おそ松は医者の方を向く。医者は重々しく口を開いた。
    「……最善は尽くしました。リハビリを続ければ、日常生活は今まで通り送れるようになります。ただ、……もうプロボクサーとして生きていくことはできません」
    目の前が真っ暗になった。嘘だ。そんなの、だっておれ、信じられない。
    「リハビリが終わってからも、右腕に負担のかかることは極力さけてください。一松さんは右利きですか?」
    「……はい」
    「物を書いたり食事をしたりするのは問題ありませんが、重いものはなるべく左で持つようにしてください」
    医者の話も一松の耳にはほとんど入って来なかった。がりっ、がりっ、ぐちゃっ。自意識が傷つく音が聞こえる。一松の目から生気が消えた。ああそうか。おれがクズでゴミだから。考えたことも無かった自虐がとめどなく溢れてくる。おれなんかがタイトル完全制覇なんておこがましかったんだ。こんな息して二酸化炭素増やしてるだけのゴミ。そりゃあこうなりますよねえ。おれなんかが目指しちゃいけなかったんだよ。高望み。そんな器じゃない。チャンピオンなんてもっての他だ。ゴミはゴミらしく何もしないのがお似合いだ。くつくつと笑いがこみ上げてくる。
    「あはは、……あははははははははははは」
    目からはらはらと涙が零れてくる。視界がぐにゃぐにゃになる。壊れたように笑う一松をおそ松は黙って見ていた。今はどんな言葉をかけたって無駄になるのが分かっていた。
     おそ松が働きかけたからなのか、一松が何者かに襲われてボクシングを止めざるをえなくなったことは秘密になっているらしかった。世間では一松は『猫のように姿を消した』と言われている。散々虎って言っておいて猫かよ。まあ間違ってはいないけど。最後まで謎だらけだった一松を探そうとする人もいたが、それもボクシング界の偉い人達がどうにかしてくれたらしい。後から聞いた話だが、以前も対戦相手を狙った過激なファンの暴行があったらしい。それが原因で引退したボクサーもいるのだとか。正直、他人にそこまで心身を捧げる理由が一松には分からなかった。頼まれてもいないのに。退院後、一松はこれまでに稼ぎまくった賞金を削りながら毎日を過ごしていた。思ったよりも、息は辛くない。ただし、あんなにもこだわって作ったトレーニングルームにはもう入れなかった。運動しなくても、掃除くらいはしないと、と思っても、部屋の前で体が動かなくなる。そしてジクジクと傷痕が痛むのだ。極力外には出ずに、家の中で過ごしていた。元々家にいる方が好きだからそれがストレスになることは無かった。餌付けしたおかげで猫も遊びに来てくれる。そんな生活がどれくらい続いただろうか。一松の元に一本の電話がかかってきた。



    「……この後はお前も知ってる通りだよ。電話で言われた場所に言ったら、おれにお熱なボクサーに言い寄られてマネージャーを始める。まあ今日はさ、お前がやられなくて良かったよ」
    一松は自虐的に笑った。浴槽に、二人。鍛えている成人男性が入るには少々狭かったが、向かい合って湯船に浸かっていた。カラ松は、呆然としていた。知りたかった、けど、こんなに辛いのなら知りたくなかった。ずっと一人で抱え込んできたのだろうか。カラ松は拳を握りしめる。
    「……一松。オレがこの家のトレーニングルームで練習するようになった時は、肩、大丈夫だったのか?」
    「まあ、そうだね。あの時は自分のことよりもお前をどうするかに必死だったから。今もどっちかというとあの部屋はお前のみたいになってるから、平気」
    「そうか……」
    それならよかった、という言葉をすんでのところで飲み込む。何もよくない。一松は続ける。
    「おれ、友達とかいなかったから迷惑とか責任とかあんま気にしてなかったんだよね」
    「一松?」
    「ねえカラ松。お前は今の人生に満足してるかもしれないけどさ、お前を地獄に落としたのはおれなんだよ?」
    またスウィフト戦の時の話だろうか。一松はずっと辛そうな表情をしている。
    「一松、その話は前にもしただろう?オレは一松に感謝してるんだ」
    「やめてよ」
    伸ばしかけた手が払われる。一松はぴしゃりと言った。
    「お前自分が何で鬱になったか覚えてないの?おれがいなくなったからでしょ?ジムでおれのこと見た途端あんなに詰め寄ってきてさあ」
    「それは、」
    確かに一松が姿を消してから調子が出なくなったのは事実だ。それで収入も少なくなったし、心身共に最低な暮らしをしていた。でもそれはカラ松の問題であって一松が気にすることではない。
    「だからさ、おれは今償ってんの。こんなんじゃ罪滅ぼしにもならないけどさ、カラ松がおれを捨てるまでおれはカラ松を限界まで強くする」
    「待て一松、今なんて言った」
    「きっとおれなんかよりも腕のいい人はたくさんいるから。カラ松がもっと強くなったらおれのことなんか忘れて別の人についてもらった方が良いよ」
    「一松」
    存外低い声が出た。流石に今のは聞き捨てならない。この際一松がどれだけ自分を卑下しても仕方ないかもしれないが、カラ松にだって許せないラインがある。
    「本当に分かっていないのは一松の方だ」
    無意識にカラ松の顔が怖くなってしまったのか、一松の顔が歪む。しかしカラ松は気にする様子もなく言葉を連ねた。
    「オレがどれだけ一松を愛しているか、分からないのか?さっきお前は『自分がいなくなったからカラ松が鬱になった』と言ったな?大正解だ。オレは一松、お前のデビュー戦からずっとお前に夢中なんだよ」
    一松の頬に朱が差した。
    「オレがボクシングの道を選んだのだって一松を追いかけたからだ。一松の試合は全部見に行ったぞ。……あの日の決勝だって、会場にいたさ。きっとお前が病院にいる、なんて知ったら毎日見舞いに行っていただろうな。一松、どうしようもなく、好きなんだ。オレの世界はお前を中心に回ってるんだ。生きている理由が、一松なんだ」
    「カラ松……」
    「そんな男が、お前を捨ててのこのこ別の奴に教えを乞いに行くと思うか?」
    「お前、ばかだよ」
    「馬鹿でいいさ、オレは一松と一緒にいたい」
    カラ松は一松の手を取った。風呂のせいで、どちらの手かも分からないくらいに温かい。
    「なあ一松。オレ、明日タイトル取ってみせるから。お前の叶わなかった夢、オレに預けてくれ」
    一松の頬を一筋の涙が伝った。
    「……の」
    「ん?」
    「いいの?おれ、もう一回夢見ても。こんな、ただのクズでも」
    「勿論だ!オレが叶えてやるさ。それにな、一松。今だってお前はオレの一番星なんだ」
    一松は眉をぐっと寄せた。目からは次から次に涙が零れ出てくる。
    「……カラ松ッ!AKATSUKA、獲りたかった!チャンピオンだって、なりたかった!もっと、もっとリングで夢を見ていたかった!」
    狭い浴槽じゃ背中を撫でてやることもできない。カラ松は一松の頭を撫でた。この頭で、一体どれだけのことを考えて、悩んで、苦しんできたのだろう。それらを受け止めるには、一松一人の体じゃ小さすぎる。
    「なんで?なんでおれだったの?まだぜんぜん、やりたいことできてないのに!」
    「一松、もう大丈夫だ」
    「カラ松……」
    辛かったな、なんて言葉は遣えなかった。軽すぎる。一松が抱え込んできたものはそんな言葉に収まるようなものじゃない。一松は傷痕を押さえていた。きっとまた痛んでいるのだろう。
    「全部、オレが叶えてやるさ。タイトルも、チャンピオンも、全部一松に捧げる。お前の夢は、もう二度と失わせない」
    一松はふへ、と空気が抜けたような笑い声をあげた。顔は涙でぐちゃぐちゃになっている。
    「なんだよそれ。ヒーローみたい」
    ヒーロー。何故かカラ松にはその言葉がしっくりきた。今まではカラ松が一松に夢を見せてもらっていた。これからは自分が一松の夢を叶えていくのだ。カラ松は一松の傷痕をそっと撫でる。他の肌と違う触感に、なんだか苦しくなった。
    「そうだな。お前だけのヒーローにならせてくれるか?」
    一松はただ、涙を拭っていた。



     決勝当日。控室には、カラ松と一松しかいなかった。カラ松は小刻みに体を震わせている。一松は読んでいたノート__これまでの二人の努力が詰まったものを閉じるとカラ松に声をかけた。
    「さっきからどうしたの?もしかして緊張してる?」
    「いや、緊張している訳じゃないんだ。でも改めて実感するとなんか変、っていうか」
    「まあ初めての決勝だもんね。これに勝ったらタイトル獲得だよ、カラ松」
    「あんまり意識させないでくれ……」
    弱弱しい言葉を吐くカラ松の中では、色々な感情が渦巻いていた。今日戦う相手は本来ならば一松が試合をしていたはずの相手だ。カラ松の中では、まだ一松が絶対王者として君臨していた。そんな一松が相手をするはずだった奴に勝てるだろうか。そもそも何処まで食らいつくことができるのだろうか。一松はカラ松の背をそっと撫でる。初めて会った時よりも随分引き締まった体になった。
    「カラ松はさ、おれだけのヒーローなんでしょ。信じてるからね」
    カラ松は目を見開く。それって。その時一松の携帯が鳴る。
    「もう時間だね。行こう」
    「なあ一松」
    部屋を出ようとする一松にカラ松は声をかけた。
    「今日、何があってもタオルは投げないでくれ。最後まで、ちゃんと戦うから」
    一松は何度か目をしたたかせるとにいっと笑った。
    「りょーかい。お前の試合、一番近くで見てるから」
    カラ松の頭には夜明けのような音楽が鳴り響いていた。二人は控室を後にする。誰もいなくなった部屋には部屋には静寂だけが残されていた。
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    Replies from the creator

    舞木ヨモギ

    DONE『息巻く成功への道 【GREAT CHAMPION ROAD】』展示小説となります。パスワードは『青薔薇の不死鳥』でした!
    夢を 松野カラ松には憧れの人がいた。その人はカラ松と同い年で、プロのボクサーだった。猫のように軽い身のこなしで舞うように相手を倒していく。一度も黒星をつけることがなく、彼は超新星と呼ばれた。そんな彼の影響でカラ松はボクシングを始めた。プロ一年目にして彼がタイトルを奪取した時は数々のメディアが彼を取り上げた。彼はその後も出場した大会のタイトルを掻っ攫っていった。一松と名乗る彼は、普段は気怠そうな目が印象的だった。リングに立つとたちまち殺気を纏い、まるで別人のようになることから彼のギャップに惹かれる者が後を絶たなかった。虎を相手にしているようだと、対戦相手のボクサーは言っていた。取材はほとんど断っていたらしく、そのミステリアスさも彼の人気に拍車をかけた。カラ松は一松のことをデビュー当時から知っており、さらに同い年のボクサーという共通項もあってか、彼が活躍する度に自分のことのように嬉しくなった。正直、カラ松自身のスケジュールより一松の試合日程ばかりを把握していた。リング上の猫と出会ってから、文字通りカラ松の人生は一変した。いつだって彼の中心はあの超新星だった。しかし終焉はあっけなかった。ボクシングの試合でも最高峰と言われるAKATSUKA選手権の日だった。このタイトルを獲得すると、一松は晴れて階級完全制覇となるはずだった。決勝前、一松は突然姿を消した。
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