「海みたいって言えばよかったんやな。」
そう呟くと、波に白い足を遊ばせていた男がこちらを向いた。
「何を?」
「オドレの目。」
「言えばよかったって?」
「昔の話。」
昔——あの星で生きた内には他に見たことの無い、翠に青が射した虹彩。
それをどう好ましく感じているか、この男と相通ずる綺麗なものに喩えて伝えたかったが、生憎そんなものに触れられる生き方はしてこなかった。
「あの頃は上手い喩えが見つからんかった。」
「へえ?口説こうとしてた、みたいな言い方じゃない。」
「良いと思うところは伝えるタイプなだけや。」
「はいはい、よく知ってるよ。笑ってる方がええって言われたしな!」
皮肉っぽい口調に反して明るく笑う。空っぽじゃない、好きな笑顔だ。
これを見るといつも温かい心地がして、笑っているところがもっと見たいと思う。
「でも綺麗なものに喩えるなんて、口説く時の常套句だろ?そんなつもりじゃない相手にやるのやめとけよな〜」
「…確かに口説いてどうこうなろうとは思ってへんかったけど、好きやったで。」
「…え」
再び波をパシャパシャと蹴っていた男が固まる。
その頬に手を添えて、瞳を覗き込んだ。
「ホンマ、海みたいに綺麗な目や。昔も、今も。」
ここに広がる海のように、青く澄んで温かい。
遠くの沖にはあるのだろう深い闇を少しも感じさせない眩さも、この男を彷彿とさせた。
「それ…いまは、どうこうなりたいって、思っていいの…?」
先ほどまで白かった頬が色づいて、二つの海が僅かに揺れる。
そうだと肯定すると、男は少しの間俯いた後、顔を上げた。
「俺は…お前の目、夜みたいだと思ってたよ。暗いけど、必ず光があるんだ。」
そして夜には日向も日陰も無く、全てのものを同じように包み込む。
そんなところも好きなのだと男は語った。
「綺麗なものってより、好きなもので喩えちゃったな。」
そう言いながら照れくさそうに笑う。
体温がぐんと上がった気がした。
「それ、トンガリもワイとおんなじ気持ちやって、思ってええんやな…?」
「うん…へへっ、はい、そうです!」
辺りが一層眩しく感じる、一番好きな笑顔だ。
次から次へと込み上げる愛しさに任せ、その唇にキスをする。
潮風が心地良い、光に溢れた午後だった。