「どこ行ったんやろなぁ〜、あのトンガリ頭。」
1年ほど前、ある男が一つの街を消し飛ばし、天の月に大穴を残した。
以来行方知れずのその男を探す旅の道中、立ち寄った酒場にてウルフウッドは独りごちた。
——ヴァッシュ・ザ・スタンピード。
局地災害、人間台風……怪物じみた異名と逸話には事欠かない、赤いコートの凄腕ガンマン。
ある目的のため、ウルフウッドは何としてもヴァッシュを見つけ出さねばならなかった。
噂話だろうがデマだろうが、僅かでもヴァッシュと思しき情報を耳にすればそこへ向かった。が、目星い成果は未だ得られていない。
本当はあの街と共に消えてしまって、とっくにこの世にはいないのじゃないか。そんな考えが何度頭に浮かんだか分からない。
アイツは絶対に生きている。
それを確かめるかのように、ウルフウッドは少し草臥れた手配書を懐から取り出した。
そこに写るヴァッシュは、悪魔だなんだと呼ばれているとは到底思えない、明るい満面の笑みを浮かべている。5番目の月を穿ったあの瞬間なぞ、尚更この笑顔と結びつかなかった。
神の裁きを思わせるあの事象を、この——
「アホ面が」
「なんだ、貴方も賞金稼ぎなの?」
「ん?」
少し前から熱心に視線をくれるな、と感じていた女が、痺れを切らしたか向こうから声をかけてきた。
自慢じゃないが、こうして一人で呑んでいると、言い寄ってくる人間は珍しくない。いちいち相手にしていては切りがないし、何より今はそういう相手を求めていない。
そのうち諦めるだろうと放っておいたのだが。
「いや、そういうわけやないんやが…」
「とぼけないでよそれ手配書でしょ?何年か前まで凄い額の賞金懸けられてた…名前は忘れたけど、そんなの眺めてるのなんて賞金稼ぎくらいしかいないわよ。久しぶりにいい男を見つけたと思ったのに、がっかりだわ。」
過去にこの女と賞金稼ぎの間に何があったのかは知らないが、誤解された上に勝手に落胆されては気分が悪い。自分が柄にもなくムキになるのを感じた。
「せやから賞金稼ぎやないって。ただ、コイツにちょっと用事があるだけなんや。」
「そんなわけ……でも、さっきの表情ってそういうことなの?」
「は?」
さっきの顔?一体どんな顔をしていたというのか。新たな誤解を生んだ気配を感じて落ち着かなくなる。
「なるほどね、用事ってそういうことか。私は最初から相手にされるはずがなかったってことね。」
「おい、また何か勘違いしとらんか。」
「大人しく引き上げるとするわ。お幸せにね。」
釈明の余地無く女は去っていった。
最後まで誤解されたままだったが、どうせこれっきりの出会いだろう。私利私欲でヴァッシュの首を狙う輩と思われるよりはマシだったし、気にするのはすぐにやめた。
——自分が手配書を、どんな顔で見ていたのかは除いて。
*
「あら貴方、無事に一緒になれたのね。」
「げ。あの時の……」
「やあ、お姉さん。ウルフウッドの知り合いかい?」
移動が容易ではないNLにおいて、同行もしていない人間と違う町で再会するとは思わなかった。
よりにもよって、ヴァッシュと酌み交わしている時に。
「知り合い…ってほどでもないんやけど、」
「知り合いでもないのに『げ。』なんて出るのかよ?そもそもレディに対して失礼だぜ、ウルフウッド。」
「コイツが淑女なんて玉かいな…」
「ふふ、そんなことよりこの子が人間台風?今まで写真もよく見たことなかったけど、綺麗な顔してるのね。」
「ありがとう。お姉さんの方がずっと綺麗だよ。」
傍からは社交辞令にしか聞こえない言葉を返すヴァッシュの顔を女が覗き込む。その二人の距離が気に食わず、腕を割り込ませて女の接近を制した。
「相手にされないって知っとるんやろ。揶揄うんやめてぇや姉ちゃん。」
「あら、あの時は半分冗談のつもりだったけど、本当だったのね。」
「冗談やと?」
駄目だ、完全に遊ばれている。追い払うよりこちらが場所を変える方が賢明か。
そんなウルフウッドの考えを知ってか知らずか、平和主義者が口を開く。
「君たち、何があったか知らないけど再会を祝して一緒に呑もうよ。こんな星で偶然再会できるなんて、滅多にあることじゃないよ?」
確かに滅多にないことではあるが、ウルフウッドはヴァッシュと飲み直したい。このトラブルメーカーと行動を共にしながら揉め事に巻き込まれない日など、それこそ滅多にあることではないのだから。
余計なことを言い出しよって…と思わずヴァッシュを睨んだところで、女が返答した。
「お誘いはとても嬉しいけど、遠慮させていただくわ。お邪魔みたいだしね。」
「そうかい?残念だな、また会えたら嬉しいよ。」
ワイは二度と会いたくないけどな、という言葉は何とか飲み込んで、ニコニコと女に手を振るヴァッシュを見つめる。
ともあれこれで邪魔者は消えた。ほっとした思いでグラスに口をつけていると、ヴァッシュが興味津々といった様子で質問を投げかけてきた。
「で?彼女とは何があったの?」
「……オドレを探し回ってる時期に、手配書見てる顔を揶揄われた。」
「何それ、どんな顔で見てたんだよ。」
くすくす笑うヴァッシュを見ていると、まだ先ほどの顛末で僅かに波立っていた心が和らいだ。
「そんなん鏡の前にいたわけでもなし、ワイにも分からんけど…オドレにご執心やと思われたんやろな。」
「…へぇ」
ヴァッシュは微笑んだまま目を伏せて、右へ左へグラスを徐に傾ける。小さく氷の音がする。
「結局、誤解やなくなったけど。」
氷の音が一際大きく響いた。
「……誤解であってほしかった?」
「そんなわけない。…って僕が言うの分かってるくせに、ズルいよ。」
「ほうかぁ、そら悪かったなぁ。」
すっかり頬を赤らめたヴァッシュを見ながら、また一口酒を呑む。
「……そんな顔で手配書見てるから、あのお姉さんにも揶揄われたんじゃないの。」
「だ〜から、そんな顔ってどない顔やねん。」
笑いながら、ヴァッシュの右手に左手を重ねた。どちらの手にも、確かな熱があった。