夏五
この世界では心から笑う事ができなかった
その言葉を聞いて足下からガラガラと壊れていくような感覚に陥った。
そんな状況でもどこか遠くでこれが絶望という気持ちかぁ…と冷静に俯瞰して見ている自分がいる事に少し苛ついた。
俺は傑と出会うまで心から悩んだり悲しんだり苦しんだり楽しんだりする事がなくて傑と出会えたから感情のある人間に生まれ変われたのにあの時一緒に笑っていたのも全て偽りだったのだろうか?
傑は俺の事をなんでも理解できていて、俺も同じように理解できていると思っていた。
ただあの時までは。
それでも今まで見てきた笑顔は心からの物だと思っていた。信じていたのに、無理に笑っている事にすら気づけなかったのか────
傑と新宿で別れたあと俺の心はぐちゃぐちゃになった。
楽しいも嬉しいも全部教えてくれたのは傑なのに、二人で最強なのに、なのにどうして傑は一人で行ってしまったのか俺はやっぱり人間になれなかったのか?
そんな事をらしくもなくグルグル考えて考えて考え抜いた結果、傑が望んだ僕になれるように傑をお手本にして僕ができあがったのに
結局理解できてなかったんだ。
悲しかった。
あの時、傑の手を取っていれば
俊の問いかけに答えられていれば
もっと早く傑の異変に気づけていれば
でもそんなのたらればでしかない。
過ぎてしまった過去はもう変えることができない。そんな事は幼い頃にはもう理解していた。
だから今の僕にできることを、伝えられる事を言わなくちゃ。
「傑… 」
傑が笑う
あぁやっぱり好きだなと思った。
この笑顔を死ぬまで忘れないでいよう。
苦しめてごめん。
気づけなくてごめん。
隣に居てあげられなくてごめん。
「傑、僕はもうお前みたいな人間が現れないように頑張るから…だから、来世ではまた隣にいてくれると嬉しいよ…僕らしくないって笑ってくれるかな」
徐々に弱まっていく呪力の色形を心に焼き付ける。
大丈夫。
来世ではきっと違う未来が待ってる。
今度こそ幸せにしてみせるから!
長い夢をみていたような気がする。
ここは大学の食堂だ。お昼時という事もありお腹を空かせた大勢の生徒のざわめきと食器のぶつかる音が各所から聞こえてくるためお世辞にも快眠できる環境ではないため寝ていたのはほんの数分というところだろう。
ここ数週間課題や論文、人使いの荒い教授の手伝いなどで忙しくあまり睡眠を取れていなかったため実際のところは寝ていると言うより気絶に近いだろう。
一人で色々と抱え込むのは私の悪い癖だ。
そう幼馴染からも口が酸っぱくなるほど言われてきた。
そんな私を心配した幼馴染は勉強が嫌いな癖に私と同じK大を受験し首席で合格した。
勉強嫌いな癖に地頭が良い所が憎たらしい。
どうしてそんなに心配なのかはわからないが食事の世話も何もかもしてくれるし一度家で行き倒れていた時はお風呂にまで入れてくれていた。
流石にそれは不甲斐なさすぎるから次からは起こしてくれと頼み込んで渋々了承してくれた。
たまに私はギャルゲーの主人公だったかな?と勘違いしそうになるが幼馴染は男なのだ。
顔はそれはもう天使のように可愛いが図体は一般的な成人男性よりかなりでかい。
大学で出会った友人からはあれで女の子だったら最高なのにな…と憐れみにも近い眼差しを向けられるが女の子でなくて良かったと思っている事は内緒だ。
「傑!!こんなとこにいた!!」
キラキラと陽の光を纏ってこちらに向かってくる幼馴染は今日も可愛い
「悟、おはよう」
「いや、おはようじゃないんだけど!!!!もうお昼だし!!傑の家に行ったら傑いないし1週間前に作り置きしておいたのほとんど残ってるしちゃんとメシ食ってる?!その窶れた顔…もしかしてまたクソ教授に振り回されて寝れてないだろ?!そんで気絶してたんじゃないの?!」
青ざめながらまくし立てられて少し後ろに下がった。
全てみていたのではないかというほど悟には毎回何もかも言い当てられてしまう為苦笑いしながら頭を掻くことしかできなくなってしまう。
「悟座りなよ、ほら隣」
隣の椅子を少し下げ座りやすいようにしてあげた。
隣に大人しく座ったものの顔を俯かせているから表情が見えない。早く近くで悟の一等綺麗な瞳を見たい…
「置いてくのも嫌だけど置いてかれるのも嫌だから…」
「悟?」
「なんか辛い事とか、嫌な事とかちゃんと僕にはおしえてよ……」
「安心して。なんでも悟に伝えるから。辛い事、嫌な事だけじゃなくて楽しい事も嬉しい事も全部、全部共有しよう」
「ありがとう…」
そう言うとスンと鼻をすする音が聞こえた。
悟は私のためによく泣いてくれる。
泣いている時の悟の瞳は宝石のように一層美しいと感じる。
その話を友人に漏らしたらSっ気あるんじゃねーの?と引かれてしまったのであまり人に言わないようにしている。
単純にこの美しさに当てられる人間が他に現れて欲しくないという気持ちもある。