らくがき小説 松田が変な薬品を吸ったため数日は入院することになったらしい。
どうやらここ暫く追いかけていた殺人犯が最後の悪足掻きとして用意したものを吸ったようだ。
とあるビルの一室に追い込まれた犯人は無味無臭、揮発性の高いそれの入った容器の蓋を部屋の中で開けた。犯人はそいつのことを知っていたからガスマスクを着用して。そして揮発性の高いそれは窓は閉じられ換気扇も止められた部屋の中に充満し、遂には扉の下の隙間から松田たちがいた廊下まで侵食。もちろんそんなクソみたいな薬品のことなんて知らない松田たちは無防備にそれを吸い込んだ。
そしてその薬品の効能は即効性のある睡眠作用と幻覚作用だという。普通に違法薬物もどき。
しかし即効性といえど吸って数秒で効くわけではない。松田たちは準備を終え、部屋の中へ突入まではした。が、そこで薬が効き始め、松田たち警察は犯人を目前に部屋の中で膝をつく。
薄れゆく意識の中でその場にいた全員は各々幻覚を見たという。残念ながら幻覚の種類は選べず、幸せな幻覚を見た奴もいれば酷いものを見たやつもいたらしい。正気に戻ってみればアレは幻覚だとすぐわかるらしいが、薬で思考能力を奪われた彼らは幻覚に翻弄された。
──松田が見た幻覚は俺だったらしい。
因みに松田は幻覚については調書などで必要な時以外は話していない。このことを俺が知っているのはその場にいた松田の仲間がうっすらとした意識の中で松田の叫びを聞いたからである。
なんと松田は幻覚を見たが、ものの数秒で正気に戻った上にブチ切れて眠気も覚まし、諸々の証拠を消して逃亡を図っていた犯人を捕まえたらしい。その時松田は叫んだ。
『俺の萩がこんな甘え言葉を俺に囁くわけねえだろ! アイツは女と約束があれば恋人の俺を放ってそっちを優先するし自分から誘うことはねえしメールは素っ気ねえんだよ! 酒に酔っても「陣平ちゃん大好き♡」なんて言わねえ!』
どうやら幻覚の俺は可愛く松田に愛を囁いていたらしい。松田の悲痛な叫びに幻覚と眠気に襲われていた仲間たちの耳にも届いていた。松田と俺の関係は割と知っている奴が多かったので叫びを聞いた彼らは「あっ……」と察したらしい。やめてほしい。
そして叫びながらブチ切れた松田に腕を掴まれ地面に押し倒された犯人は松田の叫びを聞いてドン引きしていた。
『……なんでそんな奴と付き合ってんの……?』
とても察しの良い犯人だったようで、叫びの内容だけで松田と俺の関係を察し、同情していた。可哀想、と。ほっとけ。
だがしかしその言葉は松田をさらに怒らせたらしい。松田は何故か持っていたペンチを手錠のかけられた犯人に向けた。
『お前に萩の何がわかる』
同担拒否自己解釈強め厄介強火オタクみたいだった。
その現場を見ていた松田の仲間は俺にこれを伝えてこう言った。やめろ。人の恋人を厄介オタクにするな。
そして松田たちからの要請を受けた警察官たちが駆けつけたところで事件は収束。犯人は逮捕され明らかな違法薬物は押収。それを吸った松田たちは緊急搬送された。薬物の成分解析やらその他諸々が終わるまでは入院らしい。
俺はその見舞いに来ているわけだ。シャリシャリとりんごの皮を剥く。
「お前りんごの皮剥けたんだな」
「まぁな」
身体を起こして元気そうな松田に切ったりんごを差し出してやればなんの抵抗もなくそれを食む。
「ところで萩、なんでここにいる?」
「お前さんの見舞いだけど。非番だし」
「ふーん」
「薬物吸い込んだって聞いたから心配した。元気そうで良かったよ」
一応薬が抜けきるまで入院しているだけらしく、俺が病室を訪れた時。元気いっぱいの松田は暇そうに雑誌を読んでいた。
「あと、幻覚の話聞いてお前さんにもう少し優しくしようと思って。はい、あーん」
「あ。……優しく?」
「そうそう」
まぁ確かに思い返してみれば些か俺の態度は冷たかった気もする。
だが弁明すると、約束については女の子だろうが松田だろうが先に約束していた方を優先するし、お誘いだってしようとはした。仕事の関係上タイミングが合わなかっただけで。確かにわざわざ「大好き」だの「愛してる」だのは言わなかったが。
「あの扱いは逆に気ぃ許してる証拠だろ。気にしてねえよ」
「そ? まぁでも覚えてる間は優しくする。何してほしい?」
「騎乗位」
「……」
エロ親父かよ。
俺は馬鹿なことを言う松田の口にそっと少し大きめに切ったりんごを突っ込んだ。