「あっ」
隣から聞こえた声に安城はパッと隣を向いた。隣に立ち並ぶ雪が自分の手元を見つめて止まっていた。色白の肌の上にその肌よりも白いクリーム状のものが乗っていた。安城はつけないから詳しくはわからないけれど恐らくハンドクリームの類であろう。それにしても、と首を傾げた。
「多くない?」
「出しすぎたのだー、うわぁ」
嫌そうな声を出した雪が文句を言いながら両手を摺り合わせていた。手の中で伸びるクリームが白い手を覆っていく。出しすぎたという言葉通り、多すぎるのだろう。テカテカと光るその手を安城は黙って見ていた。
「きっちゃぁん」
「んー?」
「手だすのだ」
「手?なんで」
甘えるような強請るような雪の声に釣られて下ろしていた手を前に出した。なんとなく自分の手を見下ろす。雪がハンドクリームをつけているところを見たことは何度かあったがまじまじと見たのは今日が初めてだった。見比べるように自分の指を擦ると確かに乾燥している気がする。
隣で動いた足音で顔を上げた。
雪が安城に向かい合うように向き直していた音だった。
「きっちゃんにもおすそわけなのだ」
「なに?ってうっわべたべたするじゃん」
「べたつかないやつだから大丈夫なのだ」
「そうなの?」
「うん、乾燥する季節だから丁度いいのだ…嫌か?」
「いいけどさ」
出しすぎたクリームを持て余した掌が安城の手に触れる。掌を滑っていく指に咄嗟に反応したが雪は楽しそうに安城の手にクリームを塗りこんでいく。雪のいう通り想像していたよりもべたつかない。滑らかに滑っていく白い指先が色黒の掌の上で遊んでいた。どこか楽し気に手に触れる雪の手はそのまま安城の手をマッサージするように揉みこむ。
「きっちゃんの手硬いのだ」
「普通じゃね?」
「そうなのか?ふぅん」
「ゆきんこのほうが…」
安城の手をにぎにぎと揉んでいる小さい手の感覚、ハンドクリームのせいで滑りがいいとはいえ伝わってくる柔らかな温度。合わせる指先一つ取っても細さも厚みも違うその手を一度掴み、すぐに離した。
「いや、何でもない」
「なんなのだ!気になるのだ」
小さい手だ、握りこめば簡単に捕まえてしまえる。小さくて自分の武骨な手とは違う華奢な手だ。銃を握ることも多いから傷も握り跡もタコもあるけれど、それは誇りだからむしろ良いところで。小さくて暖かくて柔らかいずっと触っていたい手だ。
怒りを表すように顔の横まで上げられた小さなその手を下から掬い上げる。目を瞬かせながらこちらを見上げる雪をごまかすようにニッと口角を上げた。
「暇だもんな遊び行くか」
「!行くのだ行くのだ!」
「どこ行こうな~?」
目を輝かせた雪に笑いながら繋いだ手を引っ張る。歩き出す二人の間を埋める結んだ手は離れない。