記憶している限り、その男は自分のことを一切話さなかった。
ふとした休憩時間、彼に趣味を聞いたことがあった。溜めた割には味気ない回答だったが、少し考え込むその姿は若干のあどけなさがあったことを覚えている。
思えば、まだ彼は子どもだった。見た目こそ精悍ではあるが、中身が成熟しきっていない。
自分のことを話さないのは、自分が自分たらしめるものが、話せるほどに無いからだ。彼のからだの空洞が、任務のことで満たされていた。ぎゅうぎゅうに詰め込まれた知識と、からっぽの経験。
ただ、本人は気付いていなかったと思うが、戦うことは好きだった。銃弾飛び交う血濡れの場所で、その感情を失った瞳が爛々と色を取り戻すのを見た。そも、生来、鍛練が苦ではない性格なのだろう。
人として空虚だった男は、自分の能力だけで人間を演じきった。無口ながらも頼れる上司、その指揮官としての才能やストイックな姿勢に尊敬する者さえいた。オレも、その一人だった。
だからこそ、全てを知ったとき、あの男のことが恐ろしくなった。人工的に作られ、死ねと云われれば迷い無く命を擲つように教育され、権力者の駒として働いて、短い生涯を終える。
狂っている。21世紀の現代においてそのような倫理観を植え付けられることは正気の沙汰ではないのだ。
彼は最期までモノであった。血溜まりに伏したその身体は間違いなく人間なのに、まるで電池の抜けたロボットのように、無機質に見えた。だから、余計に綺麗なのだ。古ぼけたおもちゃ屋のショウ・ウィンドウから下界を見下ろす人形のような、高潔で穢れないモノ。俗に取り込まれず、鳥籠の中で美しいまま可愛がられるのだ。
彼を殺したことに後悔はない。ただ、これから彼のようなモノが産み出されないことを祈る。