蜂の巣へ囚われる 目を開けると薄暗い空間にいた。
頭の奥がじんわりと痺れている。
それに手足が植物の蔓のようなもので拘束されている。両手の蔓は土壁に繋がっており、私は膝立ちで万歳をしているような格好になっていた。
心臓は混乱でばくばくと鳴り、鼻の奥がツンとする。しかし、こんな状況の時はとりあえず落ち着くのが一番である。
私は深く呼吸をしながら、状況を整理することにした。
私、安久津めぐみはドラゴンの支配人・アンカ氏が経営するホテルに向かっていた。
先日めでたく、素敵な蜂の恋人・ゲルブさんと結ばれ、『花々のつどい』にあるゲルブさんの家に一緒に住んでいる。
一緒に住む際にゲルブさんは、私が働かなくとも大丈夫だと言っていたが、丁重に断って今まで通り働いていた。
働いていれば、真面目な支配人は対価を払ってくれる。
それにホテルの仕事はやりがいがあるし、他に私以外のアリスと呼ばれる少女達と離れてしまうのは寂しいからな。
始業に間に合うように『いかれた街』をゲルブさんと共に急ぐ。
「めぐみ殿。少し早いですが、自分はここで失礼するであります」
ホテルが後数百メートルに見えるところで、ゲルブさんは止まった。
今日のゲルブさんの護衛は、ここで依頼人と待ち合わせるとの事である。
「ああ。いってらっしゃい。帰りはホテルに来てくれるんだったな」
「そうであります!めぐみ殿もお気をつけていってらっしゃいませ」
ゲルブさんは元気良く手を振って私を送り出した。
私は手を振り返すと、ふと思い出したことがあったので呼び掛けた。
「なあ!帰りにあの美味しい洋菓子店に行こう!蜂蜜のケーキが出てたんだ!」
ゲルブさんは返事の代わりに空に飛び上がると、嬉しさ全開で両手を振っていた。
ホテルの従業員用の小道をスキップしそうな足取りで進む。前にホテルで洋菓子店のケーキを味見する機会があった。その時から蜂蜜のケーキを食べさせたいと考えていたのだ。
早く仕事を終わらせて、ゲルブさんに会いたいな。
その時だった。
小道の林から、恋人とそっくりな人物が数人出てきた。
「初めまして。アリス。……いえ『女王陛下』」
私はその言葉の意味を考えているうちに、首もとにチクリとした痛みが走り、目の前が真っ暗になった。
そして、現在の状態である。
ゲルブさんにそっくりな人達について、徐々に思い出してきた。
以前、ゲルブさんは私に言っていた。自分と同じ姿をした者にはよく注意をして欲しいと。
それからファイト・ビーの性質と母親の最期と因縁についても言葉を選びながら話してくれた。
私は彼らの『女王』になるために拐われたのだ。
これはかなり不味い状況だ。
しかし、手足を縛られているので現状出来ることはほとんど無い。とりあえず、相手の出方を見るために静かにしていた。
しばらくすると、一人のファイト・ビーが部屋に入ってきた。
初めて見た時は、ゲルブさんと瓜二つだと思ったが、よく見てみると大きくがっちりとした体つきだった。
「目覚めたか。話しは出来るか」
「ああ。貴方が乱暴しないのであれば話をしよう」
話し掛けられてゾッとした。恐ろしく感情を含まない声色だった。全く対等だと思われていない。
「それではアリス。我々より提案がある。ゲルブが『王』になるようにアリスから説得して欲しい」
「どういうことだ?」
質問の意図が分からない。ゲルブさんは群れに嫌気がさして離反した。いわゆる裏切りではないか。そんな人物を王とするのだろうか?
ファイト・ビーはあたりまえとばかりに言った。
「ゲルブは番を見つけた。力も申し分無い。そのゲルブを王とするなら話は早い。だから、アリスは説得して欲しい」
「何を馬鹿なことを……!お断りさせていただく!」
腹の奥が怒りでふつふつと沸いてきた。
私がそんな事をするとでも?
「あの人は穏やかに暮らしたいだけなんだ……!放っておいてくれないか……?」
怒りでくぐもる私の声に不思議そうに答える。
「群れにとっての王は、最高の栄誉である。一番強いという証。アリスも女王として迎える予定だ」
「アリスはいったいなんの不満がある?強い子を沢山産める誉れを受けるのに」
話が全く通じていない。いや、気持ちが通じていないのか。
貴方達は一族を強くするために、母を亡くしているんじゃないのか。誉れなものか。
「申し訳ないが、貴方と話をするのは疲れた。しばらく口を開く気になれない」
はらわたが煮えくり返る。彼等はゲルブさんと私を侮辱した。
もう顔も見たくなかったので下を向いた。
「そうか。それでは仕方がない。了承したくなるようにさせてもらう」
ファイト・ビーはまた私の首もとに何かを打ち込んだ。
意識を失うかと思ったが、違かった。
身体の奥がむずむずと熱くなる。頭がぼんやりとし、息が上がってくる。
「わた、しに……何をした……?」
熱い息を噛み殺して、睨みながら訊く。
「催淫効果のある毒を打ち込んだ。快楽にアリスは弱い。そのうち自分から頷くだろう」
ふざけるな。ふざけるな。ふざけるな!
絶対に耐えてやる。喘ぎ一つ聞かせてやるものか!
「ーーーッ!!ーーーッ!!」
時間が経てば経つほど、甘い痺れがどんどん強くなってきた。胸の先はピリピリとし、弄ってしまいたくなる。下着は勝手にびちゃびちゃと湿っている。膝丈のスカートからトロリとした液体が脚を伝うのを感じた。
私は唇を噛み締める。鈍い痛みと鉄の味が広がった。
「こんなに強情なアリスは初めてだ。刺激を増やしてみるか」
薄いブラウスを筋肉質な腕で乱暴に引き千切る。部屋の暗がりにボタンが飛んでいった。
下着を乱暴にずらされた。胸に擦れた瞬間に気をやりそうになったが、口の中を噛み締めて何とか耐える。
最悪、無理矢理挿れられそうになったら、局部を噛み千切ってやる覚悟だ。
ファイト・ビーが2対の腕を私に伸ばしてきた瞬間、部屋の隅に吹っ飛んでいた。
ぎょっとした私は吹っ飛ばされた方の反対を見た。
そして更に驚いた。黄色と黒の身体を、青いインクでも浴びてきたのかと思う程染め上げたゲルブさんが、兜の赤い眼を爛々と光らせて立っていた。
次の瞬間、恐ろしい早さで吹っ飛ばされたファイト・ビーまで近付いて頭を掴んだ。
ごりんと嫌な音がして、相手の首を真後ろまで捻る。身体は糸が切れたかのように倒れた。
そこから先は、酷く現実味の無い映画のようだった。
部屋の入り口からわらわらと、恋人に似た人物が出てくる。それを真っ青に血塗られた恋人が相手の身体に手刀を貫通させる。首を捻る。踏み潰す。切り落とす。
熱に犯された時に見る悪夢のようだった。
永遠のような、ただの一瞬のような時間が過ぎ去ると、部屋にいる生き物は私とゲルブさんだけになっていた。
背を向けているゲルブさんの顔を見るのが怖かった。
いってらっしゃいと両手を振るゲルブさんが遠くに行ってしまったように感じた。
ゆっくり振り向いたゲルブさんは疲れたような、悲しいような声で言った。
「……帰りましょう」
私はそんな彼の表情に、ただ頷くしか出来なかった。