相合傘「傘に入る蛙とは異なことだ」
「たまにはね。人の真似事、してみたくなるのさ。こうして人の姿に化けてるからにゃ」
「ふむ」
そう頷いたはいいものの、その奇抜な風采は、人の世に交じるには浮いている。そのくせ黒山が大好きで、いつも街中をぶらついている。会う人会う人、すれ違う人すれ違う人、ぎょっとして振り向き見つめてしまう顔貌。着物も派手だ。妖怪変化の類かと誰が見てもすぐにわかる。しかし形ばかりは人そのものだ。全く妙な化け方だ。変化が巧いのか下手なのか、どうとも断じ得ない。
しかし今日ばかりはその姿も霞のような雨にうまく隠されている。跳ねる雨粒で白む街並み、傘の紙の影は薄い灰、人々は足早に通り過ぎていく。
川にかかった橋を歩けば草履の裏まで氾濫する水流のゴウゴウという揺れが伝わってくる。その流れを橋の欄干から覗き込み悲鳴を上げる人々を横目に、この蛙はやはり良い気分であるらしい。
「あまりそっちに寄ってると濡れちまうぜ」
「傘一つでこの雨は防げぬよ」
「鈍い野郎だな。こっちに寄れと言っているんだ」
呆れたとばかりに笑う声、急に腰を掴んで引き寄せられる。見ればこちら側の手は傘を掴んでいる。ということは、腕を使って引き寄せたのではない。
「せっかく巧く人に化けたつもりでも、その手癖……いや舌癖の悪さでは台無しではないか」
「この雨が目隠ししてくれてるさ」
とのらりくらりの、口先ばかり達者だ。
【了】