できたてのコロッケ キミのどんな表情も好きだけど、一番好きなのは真剣な表情だ。そしてキミが真剣な顔をするのは、鉱床を掘っているときと、それから日々の台所で揚げ物をしているときだ。
大きな身体を覆いきれていないピンクのエプロンは、キミの動きに合わせて裾をひらひらと揺らしている。最高にかわいい。それを眺めてるだけでいくらでも時間が過ぎていく。
料理をしているキミに対して、見てるだけってのはちょっといけないんじゃないか。おれの飯でもあるんだから、ぼんやりしてないで手伝うべきだ。とは思うんだが、この家の台所はキミの身体の大きさに対して正直なところ狭すぎる。なかなか二人で並んで立つのは難しい。とはいえ最初はおれも野菜を洗ったり切ったりと細々と手伝ってはいたんだ。
しかし、さっきからキミが手伝わせてくれない。
「近づいてはいけない! いいか、グランツ。今とっても危ないことをしているから、それ以上近づいてはいけないぞ!」
と、おれの前に腕をかざして通せんぼ。
コンロに向かうキミの前では、じゅうじゅうとコロッケの揚がるいい音がしている。そして、キミの表情は真剣そのものだ。
そんなわけで仕方なく、心置きなく、おれは真剣な表情でコロッケを揚げるキミの横顔を見つめてるってわけだ。
「あちち」
ときどき、油がはねてキミにあたっている。エプロンこそしているものの、いつもどおりのタンクトップで腕はむき出しだからな。大きな火傷をしないか少し心配になるが、キミはなぜか同じようにおれの方を心配してくれているらしく、「あちち」の後にはチラッとこっちに振り向いて、
「よし」
と確認して頷く。
そんなことをやってる間に、どんどんコロッケが出来上がっていく。
明日の弁当にも入れたいから、一口……よりも二周りぐらい大きいサイズに丸めていた。キミの口なら一口かな。数はたくさん、大皿に山盛り。四人分と、四人分の弁当の分と、それよりさらに多く作っている。大抵いつも食事は多めだ。
「味見してもいいかな」
「おう」
見てると我慢できなくなってきた。つまみ食いの権利が欲しい。おれも大量のじゃがいもの皮を剥いたし潰したし。なにより今日の採掘でくたくたに疲れた結果、腹が減ってたまらない。
一つか二つか三つぐらいなら。
揚げたては、まだ熱い。一つ摘んで息を吹きかけつつ、少しかじる。きつね色のパン粉がざくっと音を立てる。
半分、いや三分の一だ。中身は熱いがもちろん美味しい。
「おいひい」
「うんうん。今日のも自信作だ」
「ふふ。いつでもキミの料理は美味しいからな」
「ムフ!」
揚げ物に向ける真剣な眼差しがニコッと緩む。キミが笑顔になるとおれも当然笑顔になれる。
そして二口目。
「熱っ」
残りの三分の二を全部口に入れたら、思った以上に中身が熱いままだった!
思わず叫んで、口の中でハフハフしながら手で口元を抑える。
「あれっ、大丈夫か!? そんなところまで油が飛んだのか!?」
「いひゃ、ほれは……」
口の中に熱いのがあるからろれつが回らない。これはつまみ食いにがっついた自業自得、と言おうとしたんだ。
「見せてみろ」
熱いのを慌てて飲み込んで、舌を出す。つまみ食いの火傷なんて間抜けもいいところだ。恥ずかしくてたまらないが、キミの真剣な眼差しで見つめられて逆らえるはずがない。
「赤くなっているな」
「ほうはな?」
舌は元々赤いような気もする。でもキミが言うならそうなのかもしれない。
こうやって舌を出して見せてるのは恥ずかしいけど、空気に触れてひんやりと冷たくなるのは、火傷した部分には気持ちがいい。
と、思っていると。
ちゅっと、優しくキスされた。火傷した舌の上を、大きな舌でぺろりと舐められる。
「ようし。火傷は舐めておくといいのだ!」
キミは満足げにうなずいて、また料理に戻る。
舌どころか全身がぽーっと熱くなった。なんて幸せなんだ!
「……もう一個、食べてもいいかな」
「うん、いいぞいいぞ。たくさん食べるのはいいことだ! あっ、でもそいつは揚げたてだから、一気にかぶりついて火傷しないようにな!」
それはもうやってしまったことだ。しかも二回目を狙っている。……ということは、キミは気付いていないらしい。いやもしかしたら気付いていて、おれをからかっているのかな? いったいどっちだ?
どっちにしても、もう何個か、揚げたてのコロッケをつまみ食いしたい。