映画館にて アイツはどこに行ったんだ、と言うまでもなかった。座席でぴょこぴょこ動いている頭が見える。一応は円城寺さんが取った席に座っているようだが、アイツは何をやっていても落ち着きがない。
「れーん。どうだ、そのポップコーン旨いか?」
「まあまあイケるぜ。くはは!」
「お前、それ三人分だぞ。一人で全部食うなよ」
「遅れてくる方がわりーんだよ」
「そんなに旨いならもう一箱買ってこようか。タケルも特大にするか?」
「円城寺さん。いや、そこまでは……」
特大サイズのポップコーンの容器を抱きかかえてひたすら食べ続けるコイツの隣には、もちろん座る気にはならない。三つ並んで取った席の真ん中を開けて座る。
コイツは本当にふてぶてしい。そう広くない映画館の座席で足を組んでふんぞり返り、円城寺さんからドリンクを受け取っても礼の一つも言わない。
「漣、足。隣は他のお客さんが座るんだから、そんなふうに座っちゃ駄目だ」
「ア? じゃあこっちならいいのかよ」
せっかく円城寺が優しく指摘したってのに、コイツは膝の上に組んでいた足をあえて逆に組み直した。それなら確かに向こう側の座席の邪魔にはならない。が、真ん中の席――つまり円城寺さんが今から座ろうとしていた席に靴を向けることになる。
「大人しく座ることもできないのか」
「ウルセー! 他の客の邪魔にならなきゃいーんだろーが!」
「よっと」
「ひァッ……っ」
変な声、出した。その間抜けな声は薄暗いスクリーンの前に響き渡る。
その場で軽く飛び上がりそうなほど驚いたコイツは、だがポップコーンの容器はガッチリ抱きかかえて中身を死守していた。すさまじい執念だ。
「ああ、すまんすまん。冷たかったか」
円城寺さんは笑いつつもコイツの足首を掴んだまま離さない。そのまま足を持ち上げて座席の前から動かしスペースを作ると、やっと手を離して座席に座った。
行き場のない足がパタンと床に落ちる。これでやっと行儀よく座れたらしい。
「な、な、なっ、らーめん屋、テメェ……!」
「情けない声だったな。顔、赤くなってる。お前にも羞恥ってものがあるんだな」
「ンだとチビ!」
「こらこら、もう映画が始まるぞ。静かにしないか」
円城寺さんを挟んで喧嘩を始めそうになったところで、円城寺さんの手が俺の頭をぎゅっと押さえつけた。アイツの頭もだ。冷たいドリンクの容器で濡れた手。撫でられているのが半分、喧嘩仲裁の実力行使が半分。
「フン」
向こう側ではアイツがガキのように鼻を鳴らした。しかもまた足を組み直して、円城寺さんに向けている。もう一回叱られろ、と思ったが、円城寺さんは気にしていないようだ。
いや、一回も叱られてはいないのか。単にコイツが急に足首を掴まれてビビっただけで。多少は反省したかもしれないが……円城寺さんがそれでいいのなら、いいけど。