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    tukaichi17

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    tukaichi17

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    こないだのワンドロのスノードーム話のリライト。

     正直言って、どうかしている。
     アタリメ率いる『New! カラストンビ部隊』とやらに破れ、大デンチナマズを奪還され、挙げ句『仕置き』と称してガラスドームの中に監禁されていることまではまぁいい。良くはないが、敗軍の将を捕らえることへの納得は出来る。
     しかし、そのドームがどう見てもスノードームであり、僅かでも動くと銀色のアルミ片が舞い上がって雪のように降り注ぐ、というのは流石に受け入れがたいというか意図が分からない。
     タコワサはスノードームの隣に座っているアタリメをじろりと睨む。
    「オイ、アタリメ」
     不機嫌極まりない渋面で声を掛けると、アタリメは相変わらずの胡乱な目でタコワサを見た。
    「どうした。腹でも空いたか」
    「マダ平気ダ。ソレヨリモ、何ダ、コノ雪ハ」
     シャラリと音を立てて軽く右腕を動かす。それだけで、ドーム一面に銀の雪が降った。
    「ああ、綺麗じゃろ」
    「綺麗ダト? 綺麗ニスル必要ガドコニアル。嫌ガラセカ?」
     いけしゃあしゃあと言ってのけるアタリメに、タコワサは思い切り顔を顰めて訊く。そうだ、と返ってくる事を予想していたのに、しかし、戻ってきたのは意外な言葉だった。
    「初めて会った日のことを思いださんか?」
     妙に生真面目な声だった。
    「初メテ会ッタ……日……」
     その声に戸惑いながらも、お前は何を言っているのかと続けようとして、不意にタコワサは百数年前の春の日を思い出す。


     昔々の、イカとタコが交流していた時代の話だ。
     今はまだ若造だが、いずれ一族を率いる事が決められていたタコワサは、見聞を広める為にイカ社会を学ぶ為に灰殻地方へ送られた。そういえば聞こえは良いが、実際は互いに交流はあるが領土には不可侵であるというけじめを付けるための人質だ。
     今は特に意味も無い、昔からの習わしだが、ある種の緊張を持って灰殻都の地を踏んだのを覚えている。
     季節は春。
     まだ風が冷たい頃だった。冬の残滓を引き摺る日射しの中、白い花弁が舞い散る中、タコワサはイカの大使の手で、どこか胡乱な目をした青年と引き合わされたのだ。
     年はタコワサと同じくらいか。
     軍服を着たそのインクリングは、一瞥してただ者ではないと知れた。
     スッと通った鼻梁の品の良い顔立ちであるのに、少し痩け気味の頬とまだ若いのに生やされた顎髭のせいで、どこか胡乱な印象を強く与える。特に一番暑い時期の太陽のような色をしたその目は、半分ほど、眠そうな瞼がかかっており、余計に胡乱な感じがした。
     軍人らしく竹で出来た銃を掲げたその男は、一切無駄のない仕草で敬礼をし、低い、けれども良く通る声で名を名乗る。
    「カラストンビ部隊隊長、アタリメヨシオ少尉。以後、よしなに」
     軍人らしい鯱張った挨拶ではなく、それは飽くまで個人同士の対等な挨拶だった。胡乱な印象は拭えないが、しかしそのふるまいのおかげで愛嬌のようにも思えたから不思議だ。
     差し出された手を握ったのは、その態度に好感を持ったからである。面白い、と思ったのだ。
     イカ族の手は少し角張り、皮膚もどこか乾いている。この男は更にそれが顕著のようだ。
     短い握手の後、アタリメは少し笑って言った。
    「随分熱く悴(かじか)んだ手をされている。月を握ってでも居たのですか」
     と、気障な言い方であったが、嫌な気はしなかった。むしろ、気の利いた詩(うた)のような物言いに感心してしまったのだ。
     確かに見知らぬ土地に来た緊張と外気の寒さで、掌の熱さの割に些か指先は冷えていただろう。それを熱く悴むという表現をし、そして更に月を握っていたという比喩はなかなか出来るものではない。
     面白い、と思った。
     自分も何かを答えようとしたその時だ。
     つむじ風がざぁっと舞った。
     下から巻き上がるような強烈な風が地面を這って巻き上げるように通り抜けた瞬間――、地面に落ちた白い花弁が一気に空へと舞い上がり、二人の間に降り注いだ。
     フデで撒いたインクのように大きな白い塊がほろほろと宙で崩れ、雪のように舞い散る姿は圧巻だった。
     花吹雪のせいで視界が真っ白にぼやけ、花弁の一つ一つが淡く光っている。
     舞い落ちる花弁に誘われて皆が空を見上げる中、アタリメだけが真っ直ぐにタコワサを見て言ったのだ。
    「これはすごい! なるほど、これはまるで月暈だ」
     やはり貴方は月を握っていたのだと、真っ直ぐに言い放つ。
     やっぱり気障な物言いではあったが、しかし、本人にすかしているような雰囲気は微塵もない。すかすどころか、僅かに興奮しているようで、先ほどの胡乱な雰囲気は掻き消えて年相応のすっきりとした若者の姿がそこにある。
     なんとも答え様が無かったが、しかし、花吹雪を月暈に喩える感性は好いと思った。なんとなくおかしくなり、自然と口元が緩む。
     同じように静かに笑うアタリメに、その花吹雪はよく似合った――。

     
     タコワサは、自分は今も鮮やかにその時を思い出せる事に内心酷く驚いていた。それなのに、やはり嫌な気はしなかった。
     あの時のひやりとした空気と頼りない太陽の熱さえ思い出せる。
     故になんと答えるべきか考えあぐね、黙ってしまったタコワサにアタリメは呟くように言う。
    「あの日、舞っていた花が何だったか思いだせんでな。こうすれば、少しは思い出す切欠になるかと思ったのだが」
     とても好い、月の欠片のような花だったのに。そう告げるアタリメは、僅かに目を細め、何処か遠くを見るようだった。
    「耄碌シタノカ。アレハ……」
     いきなり何を言いだすかと思い、答えようとしてタコワサはハタと言葉に詰まる。
     白い花が舞っていたのは覚えている。だが、それが何の花だったかどうしても思い出すことが出来ないのだ。
     季節から考えて、梅でも桜でもあり得るのがまた困る。
     いくらあの日のことを思い出そうとしても、結局覚えているのは、アタリメの静かな笑みだけだった。
     黙ってしまったタコワサに、アタリメがぼんやり続ける。
    「あの日のお前の顔は克明に思い出せるのに、あの時舞っていた花びらが何だったかがわからんのだ。ま、思い出す必要は無いが、それでも、な」
    「……フン」
     言いながら、軽く足を動かすと、またふわっとドームの中に雪が舞う。それを見ながら、アタリメが静かに言った。
    「あの時の花は、実にお前に似合っていたのだ。翠の目に、白い花弁が映り込み、まるで月の暈のようだった。だからじゃろうな、それが思い出せんのが少々惜しい」
     遠くを見るような目で、ため息交じりに呟かれ、タコワサはやや呆れる。
     何を言っている、と思った。
     あれはお前にこそ似合っていただろう。
     そう言いかけ、タコワサは流石に黙る。これではまるで……。
     苛立つような、それでいて妙にこそばゆい感覚は、この銀の雪のせいなのだ。
     だからタコワサはあの花の名前を思い出すことに集中した。この感情をアタリメに見透かされるよりも、それが一番マシだと思ったからである。
     何故そう思ったか解らないが、とにかくそう思った。
     しかし、どうしても花の姿よりも先に、アタリメの姿が目に浮かぶのだ。
     見える物ばかりが見えてしまう事に苛立ちを覚え、タコワサは瞼を閉じる。
     この玩具そのものの偽りの銀の雪では、あの日の花にはほど遠い。だから、百年と少しの昔を思い出し、ほんの少しだけ過去への跳梁を自分に許す。
     ――あれは、本当に砕けた月の欠片のようだったのだ。
     そう呟いたのはどちらだったか。
     谷を渡る風の音だけが響き渡る。
     今日の雲は、幾分迅く思えた。
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