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    tukaichi17

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    《今日のトランスフォーマーは、スタースクリームが成層圏魔城へ辿り着いたところから始めよう》
    というかんじのスカファスタ

    成層圏魔城 成層圏には城があるという。本来は雲ひとつ無い圏であるのに、飛行機やロケットが時折昏い影を観測する。
     レーダーや衛星では観測できず、パイロットの肉眼でのみ観測が可能である為、気圧やGによる視覚異常……あるいは幻覚と言われている代物だ。
     在るわけも無い幻想の城。
     だからこそ、二人が同時にそこへ辿り着いたのは、多分何かの偶然だった。

     1

    ――寒いな。

     成層圏に浮かぶ朽ちた城に脚を踏み入れたスタースクリームが真っ先に思ったのはそれだった。
     四半刻ほど前のこと。地球の資源調査という名のサボりで、気晴らしに成層圏中層を飛んでいたスタースクリームは、不意に目の前に現れた巨大な城に目を奪われた。
     蜃気楼か何かだと思ったが、近づいてみると実体がある。
     興味本位で近づいて、ビークルモードを解いて中に足を踏み入れた。それだけの話である。
     科学者としての好奇心が警戒心を上回り、ついスタースクリームは内部の探索を開始する。
     城のつくりはいつぞやに見た中世のものとよく似ていた。違うのは、石造りではあるがそれらが黒曜石のような艶のある滑らかなもので出来ていることだった。
     床なぞ鏡のように磨き抜かれて、姿が映り込むほどである。
     しかし、それにしてもここは随分と寒かった。
     成層圏中層は下層と異なり、本来なら五十度近くの高温であるはずだ。なのに、ここは体感が零度前後で、高度計と気温がどうやっても釣り合わない。

    ――ま、暑いより寒い方がまだマシか。

     暑さで熱暴走するのはぞっとしない。正常な動作こそ、正気の担保だ。
     まったくなんでカミサマ(プライマス)は俺達に寒暖を感じさせる機能なんぞ付けたのかと内心独りごちるが、しかし、実際はその理由を理解しているのでこれはただの悪態だ。痛覚や寒暖を感じさせる機能は生命維持のための大事なセンサーで、これが壊れている奴は力の加減が分からずに舌を噛み切ったり関節部を破壊したり、冷却機能を使わずにオーバーヒートして自壊する。
     スタースクリームは、この弱点にしか思えないものが生命維持に必須だという矛盾がどうにも馬鹿馬鹿しくてたまらない。
     この矛盾が所謂(いわゆる)生命というものの《あそび》だと分かっているが、だからどいつもこいつも不完全であるという証明でもあるからだ。

    ――この世界は俺以外、神さえも本当に莫迦ばっかりだ。

     盛大に自らを棚に上げ、自分以外の総てに不遜な悪態をつきながら、スタースクリームは城の奥へ奥へと踏み入る。
     それにしても自分の足音が異様に小さいのが奇妙だった。普段はもっと大きいし、こういう場所ならもっと響く。変則的に歩いてみたり壁を叩いてみたりしたスタースクリームが辿り着いた結論は、この城そのものに音が吸われているという事だった。
     原理は分からないが、聴覚を奪われている訳では無いのは体内を流れるエナジーの音が認識できることで察せられる。
     チ……チ……と囀るように聞こえるそれをある種の頼りに、スタースクリームは無音の城を真っ直ぐ歩く。
     長い回廊の果て、漸く出口らしき光が見えた。明度の変化に備えて目を細め、無造作にアーチをくぐり、回廊の外へ出る。
     そこは随分朽ちた露壇に繋がっていたのだが、スタースクリームが脚を止めたのはそのせいではなかった。
     スタースクリームとほぼ同時、露壇の反対側の回廊から出てきた莫迦みたいにでかい純白の機体を目にしたからだ。

    ――あいつ……!

     その白い男……スカイファイアーもスタースクリームに気づいたらしい。ぎょっとするスタースクリームとは真逆の顔で、にこりと笑って手を上げる。
     やぁ、とでも言っているのだろうか、声が全く聞こえないのは運が良かった。声を聞いてしまえば多分、自分でも抑えきれない怒りが沸いて、こんなところでドンパチをやらかしたに違いない。
     声が聞こえないおかげでスタースクリームは比較的冷静な気分で、近づいてくるスカイファイアーを待つことが出来た。
     何も聞こえないことに気がついたのか、スカイファイアーも笑顔のまま無言で近づく。
     ついこの間にも戦ったばかりだというのに、この男はあまりに無防備に過ぎる。まだ研究者のままなのかと思い腹が立ったが、しかし、何故か銃を抜く気にはなれなかった。
     二人きり、だからかもしれない。
     戦う理由が今は無いのだと明確にわかるから、きっとスカイファイアーも攻撃してこないのだろうとぼんやり思った。
     スタースクリームが眉間に皺を寄せて見上げても、スカイファイアーは笑顔のままで、だから顔から力を抜いた。馬鹿馬鹿しい、と思ったからだ。
     攻撃の意志がない事を理解したのか、スカイファイアーが小さく笑う。そのまま隣にやってきて、肩を並べ――というには体長差がありすぎるのだが――、ゆっくりと露壇の外、鋸壁の向こうを指さした。
     そちらに目をやると、まるでセイバートロン星によく似た黒い空が広がっている。深い藍色が極まって黒に見える空だった。宇宙とは少しちがう、紛う事なき星の空。
     真っ暗なのにその色を何処か眩しく感じ、スタースクリームは僅かに目を細める。

    ――そういや、一千万年前もこいつとこんな空を見たことがあったな。

     戦争が起こる前の、まだ研究者だった頃を少しだけ思い出す。研究について夢中になって議論をするうち、いつの間にか夜も更けて日付が変わった頃合いに、よくこんな空の下を肩を並べて塒に帰ったものだった。
     当時の自分は、多分スカイファイアーを殊の外気に入っていたのだと思う。
     自分の思考の速度に付いてこれる存在は貴重だったし、おまけに自分とは視点が違うところも良かった。だから多分、この男を友人とすることを自分に許したのだ……。
     そんなことを思い出しながら青みがかった黒い空を眺めていると、無音なのに何故だか微かに風が鳴るような音を感じる。
     その音に反応するように、名状しがたい何らかの痛みが微かにスパークの辺りをチリチリ焦がすが、その正体がわからないので何も出来ない。
     空から目を逸らせばいいのに、逸らすことも何故だか出来ない。
     この男も似たような痛みに灼かれているのだろうか、とスタースクリームは隣に立つ男を思う。
     自分だけなら業腹だと思ったが、確かめる術は何もない。
     何も無いから、二人きりで空を眺める。そう割り切った。
     割り切れば、これもそこまで悪い時間では無かった。

     二

     ここへ来たのも突然だったが、終わりも案外似たようなものだった。
     不意にスタースクリームの上から、低い声が降ってくる。
    「ああ、日が暮れるね」
     ここは音が消えるのではなかったか。
     あまりにも明瞭とした声に、驚いて隣を見上げると、相変わらず優しい顔でスカイファイアーがこちらを見ていた。
    「……」
     空の黒を反射する青い目になんとなく声が出せずに曖昧に頷くと、にこっとスカイファイアーが笑って続ける。
    「じゃあ、日暮れ前に、帰ろうか」
    「ハ、餓鬼じゃあるまいし、門限なんかあるわけもねぇよ」
     呆れて言うと、スカイファイアーが優しいままで静かに言った。
    「そうしないとね、私が帰りたくなくなってしまう」
    「は?」
     今度こそ、この男は何を言い出すのかとスタースクリームは完全に虚を突かれる。スカイファイアーがまた言った。
    「それは、良くない」
     何の説明にもなっていなかったが、何故だか反論する気も起きなかった。だから、ここから飛ぶつもりで黙って鋸壁の上に立つ。
     鋸壁の上に立って振り返ると、丁度スカイファイアーと目線が全く同じになっていた。
     真正面から覗き込むと、その優しげな青い目が、少し笑ったように思える。
     こんな時なのに、なんとなく癪に障った。
     癪に障ったので、スタースクリームはそのまま、ずいと顔を近づけ、そのままガチンと噛みつくように口付けた。
     情緒もなにもない、単なる唇の接触……どころか歯までぶつかった口吻だったが、その時のスカイファイアーの顔はまさに見物で、あの穏やかな表情を一切崩さない優しい顔が、一転、真っ赤になって目を白黒させている。
    「い、きなり、何を……」
     混乱のあまり読点までおかしくなっているスカイファイアーを見て、スタースクリームは呵々と笑う。
    「ハハハハハ、なんて顔しやがる」
     嗤いながらスタースクリームは鋸壁の上で水平に手を広げ、そのまま背中からまっすぐに宙へ落ちた。
    「あばよッ!」
     背中に冷たい風が轟々と当たるが、しかし、この鋼鉄の躯を浮かせる揚力を発生させるには至らない。
     一拍置いてスカイファイアーが慌ててこちらを覗き込むのが見え、スタースクリームは再会以来、初めて爽快な気分になった。
     俺があいつにあんな顔をさせたんだと、そう思うと可笑しくて可笑しくてゲラゲラと笑い転げたい気分だったが、しかし、転げる大地はここには無い。
     だからスタースクリームは全力の笑顔をスカイファイアーへ向けてやった。こちらを見下ろすぽかんとしたスカイファイアーの表情がなんとも面白くて、あとは勝手に笑い続けた。
     そのまま数秒、スカイファイアーを見上げながら自由落下を決めていたが、冷たい空気が一転し暑さを感じるようになった頃、スタースクリームはビークルモードへ転身し、見事な宙返りをひとつ決め、そして真っ直ぐにデストロン基地の方へ向かって飛んでいく。音速を超える速度にソニックブームが発生し耳障りな音を立てるが、それさえも今は愉快だ。
     あの奇妙な城のことも、今までの鬱屈も、この瞬間は何も無く、胸の痛みもすっかり失せた。スタースクリームは青空に向かって笑って吼える。

    ――ざまぁみろ!

     ただひたすらに気分が良かった。


      3

     青空を真っ直ぐに飛んでいくスタースクリームを見送って、スカイファイアーはやや呆然としながらも、それでもなんとか我に返った。

    ――まったく、彼は……。

     先ほど乱暴に口付けられた唇を撫でてみる。端正なスタースクリームの顔が急に近づいたと思ったら、柔らかい感触の直後にガツンと衝撃が来て、余韻も情緒もありはしない。
     
    ――でも、実に彼らしいな。

     なんだか面白くなって、スカイファイアーも苦笑する。
     ひとしきり笑った後で、さて、と真面目な声を出す。
    「成層圏に浮かぶ城の伝説は本当だったわけだけれど、これをなんと報告すれば良いのやら」
     スパイクから人間達の伝承にある成層圏の怪異を聞いたスカイファイアーは、研究者としての好奇心が抑えきれず、一応の許可を得て暇な折りに成層圏を飛び回ってはそれらしいものを探していた。
     そうして今日、ようやくそれらしいものを見付けたのだが、まさかそこにスタースクリームも現れるとは……。
     研究者の道を捨てて兵士になったというのは彼の口から聞いていた。しかし、この城で出会ったときのスタースクリームはかつて研究者だった頃によく似ていて、一瞬これは自分に都合の良い幻ではなかったかと疑ったくらいだ。
     この手の遺跡は大体が人を惑わす。埋もれた思い、押し込めた願いの形を取り、そうしてこの場へ閉じ込める。そんな星の伝承を、研究者時代に腐るほど聞いている。
     だからあのスタースクリームを見た瞬間に警戒したのだが……。
     そこまで考え、スカイファイアーはふと在ることに気がついた。

    ――埋もれた思い、押し込めた願い……。そうか、私は。

     多分スカイファイアーは、スタースクリームを研究者に戻したいのだ。一千万年前のあの日のように、二人肩を並べてどこまでも飛んでいきたい。それが自分の願いなのだと、今更ながらに自覚した。
     かつてスタースクリームは兵士で居ることがエキサイティングで愉しいと言っていた。にも関わらず、スカイファイアーのエゴは彼に研究者に戻したいと思っている。
    「それはまぁ……こまったな」
     その事を初めて自覚し、スカイファイアーはあまり困っていないような表情で呟いた。
     研究者に戻ってもらいたいのは真実だとして、しかし、今の兵士としてのスタースクリームも案外スカイファイアーは気に入っているからだ。
     なんというか、見ていて飽きない。面白い。

    ――まぁ、愉しそうな彼を見るのが多分私は好きなんだろう。

     それを自覚できたことでも収穫だろう、とぼんやり思う。あんな清々と笑う姿を見てしまったら、彼をつなぎ止める事なんてできるわけが無いし、だったら今のままでも構わなかった。
     ただ、もしかしたら。
     そんな思考に割り込むように、ひとつの思いが胸に浮かんだ。
     このままサイバトロン軍に戻らずにこの場に留まれば、また彼とあんな時間が過ごせるかも知れない。
     そんなことをちらっと思う。
     けれど、スカイファイアーはここを出て行くことを即座に選ぶ。任務だとかそういうものもあるけれど、今度は兵士の彼と会って話がしたいと思ったからだ。

    ――キミは本当に面白いね、スタースクリーム。

     去り際のスタースクリームの、してやったりといった顔、そして心から愉しそうな笑いを思い出し、スカイファイアーは小さく笑う。
     笑ったままでトランスフォームし、彼もまた空へと飛び立つ。
     白く雄大な機体には、未練のようなものは欠片も無い。

     成層圏の魔城は相変わらずそこにある。
     けれどもスカイファイアーとスタースクリームが再びそこに降り立つことは二度と無かった。
     
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