Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    tukaichi17

    @tukaichi17

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 21

    tukaichi17

    ☆quiet follow

    なんか昨日話した、惚れるきっかけの話とかそういうのを妄想した奴。
    ※11/6 8:42 加筆しました。

     その日、アタリメはタコワサと供に灰殻都から少し離れた場所にある、侘びた離れの一室に居た。
     すっと背筋を伸ばし正座するタコワサの隣で、あぐらをかいて頬杖を突き、同じ方角を眺めている。
     開け放した障子からは、よく手入れされた庭が見えた。紅葉の季節には少し早く、銀杏の葉が僅かに端を黄色く染めた程度である。代わりに木々の緑はやや褪せて、瑞々しさを失っていた。
     夏の残り香と初秋の気配が入り交じり、湿った風と清涼さが入り交じった空気にほどよい涼しさを感じる。
     午後を少し過ぎていた。本来なら夕暮れに向けて空が色を変える頃であったが、生憎今は今にも降り出しそうな墨色の雲に覆われている。時折雲の中を走る光の筋だけが白い。
     空が光って数瞬後、遠くで雷が鳴っているのが微かに聞こえた。
     遠雷はどこか墨の香りを連れてくる。龍脳と麝香を混ぜたような、微かな匂いだ。
     直に雨が降るな、そう呟いたのはどちらだったか。
     部屋の隅に切られた炉の上には鉄瓶が置かれ、鈴のような音を響かせている。白い蒸気が蓋を押しあげ、その度に倦まれる泡沫が弾ける音だ。
     それと遠雷が混じった音は耳に心地よく、どことなく満ち足りた気分を呼び起こす。それに引き摺られて眠気を覚えたアタリメが小さく欠伸を噛み殺したとき、タコワサがぽつんと言った。
    「……今日ハ態々(わざわざ)スマナカッタ」
     欠伸を飲み込み、アタリメが訊ねる。
    「いや、気にするな。それより、何か良いのが出来たか?」 
    「ソウダナ……。色々纏マッタ。アトデ譜面ニシヨウ」
     小さく笑うタコワサはどこか清しい表情をしている。最近浮かない顔が多かったので、アタリメは少し安心した。ここに連れてきて良かったと沁々思う。
     そもそも、タコという種は享楽的なイカと違って静寂を好む質がある。茶を喫しながら庭を眺め、一首詠むという文化が根付いているらしい。
     しかし生憎灰殻都にはそんな庭園がある施設など皆無に等しく、常に騒音に満ちている。静寂を好む種族にはいささかストレスの溜まる環境だろう。事実、長く灰殻都にいるとタコワサは普段よりもほんの少しだけ倦んだような顔が多くなる。
     だからアタリメは暇をを見付けては、こうして首都から離れた地方にタコワサを連れて行く。
     数ヶ月前、初めてこうして庭の見える静かな場所へ連れてきたときもそうだった。
     アタリメは護衛の任務で毎日欠かさずタコワサと顔を合わせる。タコワサはいつも静かであまり喋りたがる方ではなかったが、それでも貴種にありがちな他者を見下す目をする事も無く、そこが最初に好感を持った箇所だった。実際、異種族であるアタリメにもごく普通に接し、否定も肯定もなにもない、一個人として対応している。どうしてもある種の尊大さはあるにはあったが、しかし、それは本人の性格故だろう。
     そうこうするうち、アタリメはタコワサがどこか浮かない表情を浮かべるようになった事に気がついた。見た目は普段と全く変わらないのだが、ほんの僅か違和感がある。
     最初は何か気に障るようなことでもあったかと思ったのだが、タコの文化を調べるうちに、彼等が静寂を好むこと、故にこの都は彼等にとっては些か五月蠅すぎると知った。ただでさえ異国での生活は緊張を強いるのに、側には四六時中『監視役』のアタリメが張り付いて居るのだから尚更だろう。これでストレスが溜まらない方がおかしい。
     だから、アタリメは一計を案じ、無理矢理に暇を作ってタコワサを灰殻都の端にある寺へと案内したのだ。枯山水の庭を見たタコワサの表情が僅かに緩んだのを見たアタリメは、彼を一人きりにさせてやりたくて、あえて少し離れた場所にいた。
     監視役ならいざ知らず、自分は『護衛役』なのであるから、周囲の見張りも必要だという屁理屈でもある。
     数時間後、寺の境内にある東屋でひとり庭を眺めたタコワサの表情からは、あの憂いが抜けていた。その顔を見て、アタリメはやはり彼に必要なのは静寂だったのだと確信する。
     帰り道、会話の接ぎ穂にどんな短歌を作ったのか訊ねたアタリメに、タコワサは自分は句を作ることはあまりなく、代わりに曲を作ると教えてくれた。そして少しだけ出来た曲を口ずさんで聞かせてくれたのだ。
     その曲を聞いたとき、何故だか一瞬、身体が震えた。
     シオカラ節を初めて訊いたときの奇妙な感動にも何処か似ている。理屈もなにもない、純粋な好感だった。
     身体が震えたのは、聞いたことにない異国の曲が、自分に酷く馴染む事を知ってしまった時の痺れたような感覚に驚いたのかもしれない。
     こんな真面目な男が作る歌とは思えないほど、意外性に富んでいた曲だったからかもしれない。
     その短い曲を口ずさむタコワサの横顔が、いままで見たことがないくらい愉しそうだったからかもしれない。
     とにかく自分はタコワサの曲に聴き惚れ、そして彼の横顔に見惚れたのだった。
     心が揺れ動くことを感動と呼ぶのなら、確かに痺れるような感動があった。
     ――思えば、俺はあの時からこいつに惚れていたのかもしれんな。
     その時の感覚を思い出し、アタリメは、ぼんやりとそんなことを考える。
     曲を聴いたその日から、ずっとタコワサのことが気になった。無意識に彼を目で追うようになり、そして彼のことが知りたくて話しかけた。他愛のない話であっても、彼との会話は驚異に満ちて、やがてそれは敬意に変わった。
     違う国の風習や考え方も面白かったが、それよりもタコワサ自身の生真面目な、それでいて何処か鮮烈な思考がひどく好かった。
     相互理解が進めば仲も良くなるのは自明の理で、いつしかアタリメとタコワサは他国の貴種とその護衛ではなく、ごく普通の気の置ける友人になっていた。
     そんな日を過ごしていたある日、アタリメは、ふと、自分はとうの昔にこの男に惚れていると気がついた。友としての好意を超えた、もっと強い感情があることに気付いてしまったのだ。
     互いに心が通じあい、そういう関係になった今では笑い話だが、その時のアタリメは絶対にこの感情を表に出してはならないと思っていた。
     この関係を壊したくなかったし、どうせ叶わぬ想いならば、友人としてでもいいから彼の側に居たかった。
     自分が勝手に惚れているだけで、タコワサがアタリメに友人以上の感情を持つわけがないと、頑なにそう信じていたのだ。
     それなのに――。

    「タコワサ」
     そっと名前を呼ぶと、アタリメは静かに彼の手を引いた。名前を呼ばれたことで何かを察したのか、タコワサも抵抗することなくアタリメに身体を預ける。貴人らしく、服から微かに香の匂いがたつ。
     それは遠雷が連れてきた墨の香りと混ざり合い、透き通った水を連想させた。
     翠の目は真っ直ぐこちらを見つめてくる。
     波長五一三ナノメートルの、青とも緑とも言える鮮やかな色は、水の香りと良く合った。
     そのまま、どちらともなく口付けた。
     唇を合わせるだけの、稚さすら感じられる口付けだった。そのままアタリメはタコワサの腰に手を回し、そっと彼を抱き締める。
    「ずっと、こうしたかったんだ」
     今まで何度も繰り返してきた行為であるのに、何故かアタリメの口から漏れたのはその言葉だ。
    「……ソウカ」
     あの夏の日から何度も繰り返された接吻(くちづけ)であるのに、タコワサは何も言わなかった。ただ、アタリメの言葉を肯定する。
     そのまま倒れ込むようにして、アタリメはタコワサを静かに床へと押し倒す。
    「好きだ」
     掠れた声で低く呟くと、組み伏せたタコワサが微かに頷く気配があった。
     言葉はない。
     二度目の口付けを深くしたとき。
     そして、雨が降り出した。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏💗💒💞
    Let's send reactions!
    Replies from the creator