漂流譚 2「カキツバタ、飯持って来たぜー」
「んぅ……」
見知らぬ場所だってのにオイラにしてはよく眠っていたところ、ふとセキさんに起こされた。
生憎あまり寝起きが良い方ではないので、ちょっとグダグダしながら目を開ける。
「やっと起きたか。疲れてるのは分かるが、もう少しサッと起きた方が時間を無駄にしないぜ?」
「しょーがねえだろぃ……朝に弱えんだもん……」
「今はもう夕刻だがな」
「頭のカテーやつ」
欠伸して頭を庇いながらゆっくり起き上がる。薬が使われたのか、痛みは少し引いていた。
……それでも現代の痛み止めと比べちゃお粗末だろうから、普通に痛いけど。こればっかりは仕方ない。
「さて!腹が減ってはってやつだぜ。約束通りイモモチを作ったからよ、食っときな」
「どーも」
きのみだけでなく料理まで恵んでくれるとは。なにか思惑があるのか単なるお人好しなのかは分からないが、さっき言われた通り突っ撥ねても餓死するだけなので有難く受け取った。
そのイモモチという料理。そういえばシンオウの料理だったか、と昔読まされた本の内容を思い出しながら見ると、少し焦げた丸い芋の塊がお皿に載っていた。形も不恰好だけれど、芋には良い色のタレが掛かっていて中々美味そうだ。
「美味しそうだな」
「! ほ、本当かい?実はそいつはオレが作ったイモモチでな。ムベさん……あー、オレの料理の師匠に『余所者の面倒を見たいと言うなら自分で作ってみせい』と尻を叩かれたんだ」
「へえー。それで実際作るなら立派なモンだと思うぜぃ。オイラだったら『じゃあいいや』ってなっちまうわ」
「それもそれで無精過ぎるぜ……とにかく、食ってみてくれ!これも修行の一環だからな、正直な感想を頼む!」
「はいよ。じゃあ遠慮無く」
未だにここまで良くしてくれる意図が読めないが、渡された箸を手に握る。
んー、イッシュには箸文化は無いが、随分前に実家で教えられた記憶がある。そう感覚を思い出し、どうにか持てた。多分合ってる。
「そんじゃ、いただきますっと」
ついでにシンオウの作法にも則って、両手を合わせ挨拶した。
セキさんが目を剥いていたが、構わずイモモチを一口。柔らかいが、焦げによって少しザリザリもしてる。でもタレは甘めでしっかり美味しいし、お焦げも致命的なレベルではないのでスパイスのようなものだと思えば悪くなかった。
「うん。美味しいぜぃ。柔らかくて食いやすいし、タレが甘くてオイラは好きだよ」
「……!!へ、へへ、褒め上手だな兄さん!まあそれ程でもあるが!」
「ただちょっと焦げてるよな。オイラはアクセントになってて嫌いじゃないけど、気になる人は気になると思う。少なくとも店で出すとかとなるとまだまだかなあ」
「お、おお!やっぱ焦がさねえようになるまでは一人前とは程遠いか……あくせんと?がなにかは分からねえが」
率直な感想を述べると、彼は一喜一憂する。正直素直で分かりやすい人だなあ。多分まあ良い人なんだろうな。
もぐもぐイモモチを食べて、他にも「ちょっと食感にブレもあるな」「タレも絡み切ってないのも」「形も違いが多いから、せめてサイズくらいは合わせるべきかも」とそれっぽく評価した。セキさんは真剣に頷きながら聞く。
「兄さん……もしかして一流の料理人かなにかか?」
「いやあ料理は好きじゃねえんだ。面倒くせえもん。舌が肥えてるだけだよ」
「それだけじゃねえだろ。やらないだけで得意とか?そうでなきゃ余程の天才だぜ?」
「大袈裟だねぃ。まあやりゃあ出来るとは思うけど」
お育ちの良さとやらが役に立った。辛口なことばかり言ってしまったが、むしろ好感度が上がったらしい。
「お客様の感想は勉強になる!ありがとな!」と満面の笑みを向けられて、なんかちょっと警戒してたのが馬鹿馬鹿しくなってきた。コンゴウ団?のリーダーみたいなこと言ってたが、確かにこれはカリスマ性がありそうだ。
「ごちそうさま。なんか悪いねい、飯まで貰っちゃって」
「お粗末さま!口に合ったようでなによりだ!」
さてと。食事は済んで、ついでにちょっと痛みもマシになって冷静にもなった。
向こうも徐々に友好的になってきたようだし、そろそろ色々と伺わせてもらおうかね。
「なあ、正直訊きたいことが山程あるんだが、」
と、切り出そうとした矢先だった。
「フルッ!フカァ!」
「わーっフカマル!ダメだよ!待ってー!」
「「!?」」
鳴き声とショウの声と共に、一匹のポケモンがひょこひょこ現れた。
そのポケモンは、オイラの居た時代でもよく見る、どころか強いことで有名なドラゴン。フカマルだった。
「フカッ!」
「おわっ!フ、フカマルか!あー兄さん、コイツはちぃと恐ろしいかもしれないが、敵意は無えから、」
「かわいい…………」
「へ?」
ニコニコご機嫌そうに散歩する姿に、思わず一言零してしまった。
セキさんは呆気に取られたように固まり、後から来たショウも「え???」と首を捻っていた。
その隙にフカマルはベッドによじ登ってくる。
「あっ!コラ、ダメだよ!」
「フカマル!兄さんは怪我人なんだ!興味を持つのはいいが止め」
「おーよしよしおいでー。ははは、重てえなー」
「お兄さん!?!?なにしてるの!?!?」
ハッとして制止する二人に構わず、オイラはフカマルを抱き上げて腕に収めた。そのまま頬擦りして撫でまくる。
「はぁーっちっせえーー可愛いーー落ち着くわーー」
「フカァ?」
「マジぱねぇーー『フカァ?』だってさぁ。可愛いーっ」
丁度手持ちと逸れてしまって少し傷心していたんだ。浮気と見做されても文句は言えないが、アイツらとの思い出が蘇るようで嬉しい。
「お、お兄さん……怖くないの?」
「え?怖い?なにが?」
「フカマル……」
「怖くねえよおー可愛いじゃねえか!丸々してて控えめなサイズでよ!この滑らかそうでザラザラした触感が堪んねえぜ!べらぼうに重てえけど!」
「いや、ソイツ、進化したらガブリアスに……」
「え?知ってるぜ?ガブリアスもカッケェよな。なあ?フカマル先輩?」
「フ!カ!」
「あーそうだなあ、今のお前もカッコいいぜぃ。カッコ良くて可愛いって無敵だよなあ」
すっかり懐いて、『もっと撫でろ』と頭を押し付けてくるのが愛おしくて堪らない。
ドラゴンポケモンは隣人で、友で、師で、家族で、なにより共生すべき仲間だ。少なくとも自分にとってはそうだ。なにも無条件に怖がることは無い。
向こうが嫌がるなら無理強いはしないけれど、ドラゴンこそが一番信頼を置ける存在で。大切な生き物で。
「はぁーっ、アイツらに会いてえなあ。朝飯もやってねえから腹空かせてるぜ、きっと……」
「カァ……?」
セキさんとショウが顔を見合わせる。
フカマルも不思議そうにコテンと傾いた。可愛い。
「あの……よかったらその子、育ててみます?」
「えっいいの?アンタの子じゃねえの?」
「実はその子、ラベン博士がポケモンのタマゴについて研究する過程で孵化した子なんです。ヒスイで初めて人力で孵った子なんですけど」
「へー凄えじゃん。益々いいの?」
「どうにも貴方はドラゴンポケモンに慣れてるみたいですから。それに、その子も貴方に懐いたっぽいし……私もラベン博士も、正直ドラゴンの扱いはさっぱりですし!」
お恥ずかしながら、と笑っているが、ドラゴンポケモンは元々扱いが難しい。自分が優れてると言うつもりは無いけど、普通のことだろう。
タマゴについての知識が無えなら尚更だ。……オイラは今ポケモンを持ってないし、うん、そうだな。
「そういうことなら任せろぃ!兄さんはドラゴンポケモンの専門家なんでねぃ。まあどうにか面倒見るわ!」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
「そういや学者博士さんもアンタの生まれ場所はドラゴン一族が云々言ってたな。専門家とはこいつぁ心強いぜ!」
いつまで一緒に居てやれるかは分からないが、小さな手を握って笑いかけた。
「つーわけでフカマル先輩、オイラとよろしくやってくれるかい?」
「フカッフカッ!」
「お、いい返事だ!よろしくなあ!」
乗り気なようで安心しつつ、ショウからフカマルのボールを受け取り、ひと撫でしてから入ってもらった。
ここに来てまたドラゴンと一緒になれるとは。少しは希望が持てそうだ。
「…………で?なんの話だっけ?」
「あー」
「なんだったか」
それはそうと、フカマルの乱入で吹っ飛んだ話題を戻したい。
ショウが気まずそうにして、セキさんは思い出そうと腕を組む。
「そうだ、お兄さんのこと聞きましたよ。カキツバタさん、でしたっけ?イッシュ地方から来た」
「おっと、そういやアンタには自己紹介してなかったな。そうそうカキツバタよ。イッシュのソウリュウシティ出身でーす」
あー思い出した。
「ここのこととか、あとオイラが寝た後どう話が纏まったか訊こうとしてたんだわ。大体察しはついてんだが、一応ねぃ」
「そういえばそうだな。説明不足だったぜ」
改めて尋ねたら、セキさんは口を開き、このヒスイ……約百年前のシンオウ地方のことや、今後のオイラの扱いを教えてくれた。