筋肉は全てを解決する某日、ブルーベリー学園。
今日も少し前にリーグチャンピオンとなったスグリは荒れていて、部員達に叱責を飛ばしまくっていた。
「なんでこんなことも出来ないわけ?俺何度も言ったよな?」
「ご、ごめんなさいスグリくん……でも、その」
「言い訳する暇があるなら少しは努力したら?そんなんだから……」
オレやタロ先輩はオロオロして、しかし止めようにも仲裁の仕方が分からなくて。そもそも割って入ったところで火に油なのはとうに知っていて。
出来ることなんて人を呼ぶくらいだった。毎度恒例になってしまっているが、あのマイペースなカキツバタ先輩に連絡を入れた。
「おーっすチャンピオン様ぁ!今日もちっこいねぃ」
「………………チッ、カキツバタか」
メッセージを送って直ぐ、返信すらせずに現れた先輩は、いつもの調子で現チャンピオンの頭を撫でる。
スグリはその手を鬱陶しそうに振り払った。
「毎回毎回……よっぽど持て余してるみたいだな、元チャンピオン。弱いんだからもっと有効に時間使ったら?」
「こりゃあ失礼。しかし大きなお世話でーす。オイラは楽しく!バトルがしたいので!」
その発言が癪に障ったらしい。オレのクラスメイトは再び舌打ちを零す。
「そうやってヘラヘラヘラヘラ………そんなんだからコイツらも弱いままなんだ」
「おーん?どういう理屈だいそりゃ」
「弱いお前がもっと弱いヤツらを庇うから誰もやる気にならないんだ。後輩が可愛いんなら強くなるよう躾けたらどう?」
「スグリくん、その言い方は……!!」
「黙ってろよ。カキツバタにすら勝てないヤツが口出すな」
侮辱に対して、いつもはのらりくらりしているカキツバタ先輩の笑顔がスッと消えた。
「大体なんだ?『楽しくバトルがしたい』?そんなやり方じゃ強くなれないって何度も言ってるよな?お前はいつもいつも自分が正しいみたいに………年長者のクセに考える頭も無いんだな」
「スグリ!」
「そろそろハッキリ言ってやろうか?お前のやり方は無意味だったんだよ。ただの時間の無駄遣い。お前の甘い考えの所為で、コイツらだって」
瞬間、ガァン!!!と激しい破壊音がした。
「………………えっ?」
「いい加減にしろよチャンピオン。ちょっと言葉が過ぎるぜ?」
カキツバタ先輩とスグリの傍にあった備品のテーブルが、砕けて壊れていた。
そう、それはもう無惨に破壊されてたのだ。ポケモンの重みに耐えられるように設計された、とても軟らかいとは言い難い机が。
カキツバタ先輩の拳による一撃だけで。
「えっ、え、………え??」
「なぁに驚いてんだい?オイラは聖人なんかじゃねえんでねぃ。"可愛い後輩"にそこまで言われちゃあ黙ってられねえよ」
先輩はニコニコと張り付けた笑顔を浮かべている。ただ、目はまるで笑っていなかった。
怒ってる。温厚で、なんだかんだ優しくて、揉め事を嫌う先輩が。
今までは受け流していたスグリの暴言に、本気でキレてる。
驚愕と困惑で空気が凍りつき、皆硬直する。
本当に申し訳ないんだけど普通にスグリよりもカキツバタ先輩の方が怖かった。だって、え?ポケモンの重量に耐えられる物なんだよ?それを??一回殴っただけで???しかも手も無傷だね???
スグリは腰を抜かして尻餅をつく。
「オイラのこたぁ好きに言ってくれていいがなあ。躾だとか弱いとか、そいつぁ言い過ぎだぜ。そもそもお前もまるで自分が絶対みたいに振る舞ってんの自覚無えのかい?ああ、強いヤツが正義なんだっけ?じゃあお灸据えられておくか?」
「えっ、あ、お灸って、」
「拳で」
「わっ、わぁ………!」
「泣いちゃった!」
「カキツバタ!!暴力はいけません!!暴力は!!」
立場逆転。いつの間にかオレ達がスグリを庇うことになった。なんで???
さっき怒られていた部員も必死に止めようとすれば、先輩はゆっくり瞬きして。
「なーんてな!ジョーダンに決まってるだろぃ!」
なんてパッといつもの顔に戻った。
ただスグリは未だガタガタ震えてる。というか変わり身の早さが逆に怖いから一層怯えてた。うん分かる、オレも怖い。
「もっ、もう!!そういうの!!良くないと思います!!」
「冗談!!本当に冗談なんだよね!?」
「だからそう言ってんだろい?本気で殴るつもりだったら先にテーブル狙ってねえよ」
「わやあ……!!」
「怖いよおタロ先輩……!!」
「え?なんでオイラの方がビビられてんの?」
「当たり前ですよ!!そのテーブルの頑丈さ知らないの!?」
「えっ?おかしいな、結構加減したのに…………」
「す、スグリ逃げて!!死んじゃうよ!!」
「だから冗談だってば。殴らない殴らない」
この先輩がここまで怖がられることなんて今まであったかな。いや無い。絶対無い。
でもそういえばカキツバタ先輩って強力で扱いが難しいドラゴンの専門家だった。よく考えれば並大抵のフィジカルじゃないんだろうな。
……運動してるとこ、どころか走ってるとこさえ見た記憶無いから、鍛えてるとかじゃなくて生まれつきなのかもしれない。怖い。
「ちょっとちょっと!!なんの騒ぎ!?」
「部室から轟音が聞こえたとの報告が……!」
「あっネリネ先輩!ゼイユさん!」
そこで不在だったネリネ先輩とゼイユ先輩が現れて、まだ立ち上がれないスグリが声も出さずに粉砕されたテーブルを指差す。
当然二人はギョッとした。
「えっ、は、はあ!?なにこれ!?」
「誰が備品を壊したのですか?」
「カキツバタ先輩」
「はああっ!?なんで!?」
「その、スグリくんがちょっと言い過ぎて……」
「つい手ぇ出ちまったんだなこれが。いやあ面目無い」
「あのカキツバタが物に当たるとは……反省文の準備を提案」
「へえい」
「…………って、ん?『つい手ぇ出た』?」
引っ掛かった様子のゼイユ先輩が首を捻る。
「どういうことよ?カキツバタのポケモンが壊したんでしょ?」
「いえ違います」
「「え???」」
「"カキツバタ先輩が"、壊した」
「一撃必殺です。一発叩いて粉砕です」
「ホントはちょーっと音立てるくらいのつもりだったですがねえ」
三年生二人は愕然とする。当たり前の反応だった。
「あ……アンタはねえっ!!!」
「うおっと」
「っ!?」
それからハッとした様子のゼイユ先輩が腕を振り上げるも、カキツバタ先輩は咄嗟にか繰り出されかけた攻撃を受け止めた。
「あ」
普段なら避けようともしないのに。簡単に止めたんだ。
要は『今までは色々加減してた』と言ってるようなもんで、ゼイユ先輩は顔を真っ赤にして激怒した。
「こんの!!!フワ男のクセに生意気よ!!!えげつないおすわりさせてやるわ!!!」
「わーっ!悪いって!つい!落ち着いてくれい!!」
「カキツバタの自業自得」
「『えげつないおすわり』ってなに?」
「さあ………」
「スグリ、大丈夫ですか?」
「え、っう、あ……だい、じょうぶ………」
なんかもうめちゃくちゃだ。オレどうすればいいか分かんないよ。
カキツバタ先輩を呼んで良かったのかダメだったのか、この日を境にチャンピオンスグリはすっかり大人しくなった。『強いヤツが正しい』のスタンスを貫き続けたら本気で殺されると感じたのかもしれない。実際先輩はそんなことはしないだろうけど、あの怒りようを目の当たりにすれば萎縮もしちゃうもんで。
先輩も先輩でキッチリ反省文の提出を言いつけられて、後から保護者にも叱られたとか。でも全然懲りてなかった。スグリもまあまあ悪かったからオレらはあんまり責めなかったけど、力技過ぎるとは言っておいた。下手したら退部とか退学とかになっちゃうから気を付けて欲しいとも。
ちなみにこのカキツバタ先輩激怒事件から数日後、交換留学生がやってきてあれよあれよとスグリ達は校外活動に出掛けて、その途中で先輩は伝説のポケモンの技を受けて尚ケロリとしていたと聞いたけど……真実はパルデアに出向いた五人とポケモンしか知らない。無事に越したことはないけど流石に嘘だと思いたかった。