くっつかないカキアオ 4交換留学終了まで、残り四日。
「オイラ明日実家帰るわ〜。部の仕事はやれるだけやったしまあよろしく」
「えっ」
「え?」
「えええっ!?」
朝から突然爆弾が投下されて、主に私とタロちゃんとゼイユが取り乱した。
言い放ったカキツバタ先輩は相も変わらずケロリとしてて、チョコ菓子の封を開ける。
「いやいやいや!!困りますそんな急に!!」
「だーから、困らないよう仕事はやったって。ほら」
「ホントだ!?先輩やればできるじゃん!」
「少々粗はありますが、カキツバタにしては素晴らしい出来栄え」
「だろぃ?そういうことなんでよろしく」
「う、うぅん、いえまあいいんですけど!!ちょっと突然過ぎますよ!!そういうことはもっと前もってですね……!!」
「大丈夫だって。帰るっつってもパッと行ってちょっくら話して直ぐ学園に引き返すつもりだから。な?許してくれや」
「んん、まあ、それなら…………」
私はパニックの余り彼らの話が右から左へ流れていた。
えっ実家!?先輩の!?帰るって、それつまり!!
「漫画で見たこの展開!!『実家に帰らせていただきます』ってお別れを告げられるアレだ!!」
「アンタ今度はなにしたのアオイ!!縛り付けてでも引き留めなさいよ!!」
「私の所為じゃないよ!!喧嘩もして……いやした!!喧嘩売ってた!!」
「なんで!?」
「なにやってんのよ!?謝りなさい!!」
「ごめんなさい先輩そんなに怒るとは思ってなくてあとえーと許して!!」
「お前さんら話聞いてた?帰るってそういう意味じゃないよ?ただの帰省だよ?あとオイラ達結婚どころか付き合ってすらないぜ?」
「言いたいこと全部言ってくれてありがとうございますカキツバタ」
「タロさんも援護して?オイラ疲れてきた」
「私はアオイさんの味方なので」
「もー本気で帰ろうかな」
「帰らないで!!!!!」
「声デカっ」
混乱中の私とゼイユは、ネリネさんとスグリから「ただの帰省だ」と繰り返し宥められてなんとか落ち着いた。
なーんだ、ただちょっとの間戻るだけか。ビックリした。
「でも、電話とかじゃなくてちゃんと会いに行くなんて、よっぽど大事な話でもあるんですか?」
「あー、まぁ」
「は?なによその煮え切らない返事。吐かないと手ぇ出るよ」
「前髪掴まないで。普通に痛い」
私の質問になんとも言えない答えが来たところゼイユが即手を出したので、カキツバタ先輩は「分かった分かった」と降参する。
とりあえず前髪は解放させた。
「大したことじゃねえよ。ただそろそろ卒業しよっかなーって話」
「「「え!?!?卒業!?!?」」」
「カキツバタが!?!?!?」
「スゲー驚くねぃ。ツバっさん泣いちゃうよ」
「いやいやいや、え???え!?!?は!?!?」
「ちょっと待って頭が追いつかない」
「理解不能。時間をください」
「そんなに???」
実家よりも衝撃度が大きくて、今度は私とゼイユだけでなく皆取り乱した。
ただ?そろそろ?卒業しようかな?
この人が自分から卒業を目指してるってこと?
え、なんでこんな、え?とても三留の男の言動とは思えない。もしかしてこの人、熱でもあるんじゃ?
「ほ……本当に卒業するの?いやまあその前に先輩二年生だから進級もあるけど」
「おーするよ。オイラ座学苦手だけど、まあなんとかなるだろ。こんなんでも元チャンプだし」
「確かに冷静に考えれば、カキツバタくらい知識さありゃ余裕……だべな…………」
「じゃあむしろなんで今まで卒業しなかったのよ!!」
「そりゃあ……してたらここに居る全員と出会えなかったから?」
「は?」
「はい塩ー!」
「茶化してないで!!ちゃんと答えなさい!!」
「ヤダよー、辛気臭くなっちゃう」
「辛気臭くなる理由とは教えてくれるんですね」
仲間達に詰め寄られてもどこ吹く風。彼はもぐもぐとお菓子を頬張ってスルーを決め込んだ。
メンタル強いなこの人。伊達に三留していない。私そんな人に「疲れてきた」って言わせたのか。なんかすみません。
じゃなくて。
「そ、卒業してどうするとかは?決めてるんですか?」
「おーん、まあフラフラーっとねぃ」
「大人しくジムリーダーやればいいのに……」
「タロさーん、お口チャーック」
「え?ジムリーダーがなんだって?」
「なんでもございませーん。まあイッシュ出て行くのは確実かねぃ」
「ふーーーん……………」
「タロ、顔怖いぜぃ」
なんだかカキツバタ先輩とタロちゃんの間に緊張感が走ってる。なんの牽制し合ってるんだこの二人。ジムリーダーがなんだって?
ちょっと嫉妬して頬を膨らませた。
前々から思ってたけど、この二人は一見不仲そうな振る舞いをしながら、お互いに見えづらい信頼や大きな感情をチラつかせてる。ただのライバル同士ともまた違うそれが、私はちょっと羨ましかった。
私もカキツバタ先輩に信頼されたい。甘えられたい。もっと距離縮めたい。ズルいよタロちゃん。
どちらも相手をよく理解してますよ感が出てて、そこもヤキモチポイントだった。私だけでなくアカマツくんも妬いており、「ぐぬぬ」とフライパンを握り締めてる。
「二人共、これ以上後輩の純情を弄ばないであげなさい」
「「え?」」
「うわ、無自覚なの?嫌ねえアオイ、アカマツ?」
「うん、嫌」
「えっ!?ななな、なんでオレ!?オレは、べ、べ、べ、べべべ別に…………!!」
とりあえずスグリが先輩の視線をタロちゃんから外させて収めた。先輩は「ぐえっ」と漏らしてた。力技だ。
「とにかく、もう留年さしないってことだな?良いことだべ」
「だろぃ?褒めて褒めて」
「いやそれが当たり前だから褒めねえよ」
「塩だねー」
「最近よく授業に出てたのも、そういうこと?言ってくれればよかったのに…………」
「別に皆興味無いかなーって」
「まあ興味は無いですけど」
「へっへっへー、言うと思った」
興味無いとは言うけど正直教えて欲しかった。
私も皆もそう目で訴えたけれど、本人は笑顔でハテナを浮かべている。いつもあんなに鋭い観察眼を発揮してるのに、変なところで鈍いんだよなこの人。好き。
「行く当て無いならパルデアおいでよ。私もネモ達も歓迎しますよ。あとオモダカさんとハッサク先生も」
「最後の一言で行きたくなくなりましたね〜〜行くけど」
「行くのかよ」
「前々から思ってたけど、あの声大きい先生とどういう関係なのよアンタ」
「へっへっへー」
「『へっへっへー』じゃなくて」
のらりくらりとする彼は、そのうちスマホロトムを見て立ち上がった。
「ヤッベ、ジジイからメッセージ来てた。ちょっくら部屋戻るわ〜」
「ここで電話しても誰も気にしねえよ?」
「オイラがする〜〜〜じゃーな〜〜〜土産は期待すんなよ〜〜〜」
「明日まで引き篭もる気満々ね、アレ」
そのままやりづらそうに消えて行った彼の影を私は追い続ける。
「カキツバタ先輩の実家…………行ってみたいな………」
「アオイさん、それは最早ストーカーの域なので大人しくしましょうね」
「はい…………」
ご尤も。捕まりたくはないのでなにもしないでおこう。
どうせ帰って来ればまた会えるし。今日は告白し損ねちゃったけど、次会った時にまたアタックすればいいや。
また会える。
次会った時に。
自然とそう考えた自分がふと、怖くなる。
また当たり前のように会って、話して、笑い合える。
その『当たり前』がいとも簡単に消えて無くなると、知っていたから。
『ボン・ボヤージュ!!』
不意に、なんとなく、ぼんやり、寒気と嫌な予感がした。
「? どうしたアオイ?」
伊達に何度もエリアゼロに潜っていない。
自分の直感に、私はそこそこ、それなりに、まあまあ自信があって。
「………………なんでもない…………」
「???」
服を握り締めて、「少し考えてくる」と側から見ればトンチンカンな一言を残して部室を去った。
「おう、うん、わーってるよ。じゃあ昼過ぎだな。……うるせーって、飛行機とか電車くらい乗れるっての。迎えも要らねえ。いつまでも子供扱いすんな。…………ん、じゃあな」
口煩い祖父の小言や無駄な配慮を受け流して、オイラは電話を切った。
「はぁーーーっ………………」
それからベッドに飛び込み、天井を見つめる。
とうとう、本当に明日実家に帰ることが決まった。ジジイとアイリスが望んだ時間は昼過ぎ。まあここから本土まで距離は無いし、多少チンタラしても時間の余裕はあるだろう。
心の準備くらいはできるってこった。
まあ、別に定期的に帰ってはいたけど。アイリスの為だけに。決してジジイの為なんかではないが、とにかくちょくちょく顔は出してた。
でも、改まって家族会議して真面目な話をするとなると、大分心労は違うし、それに、
「………………………………」
大嫌いな親戚と鉢合わせる可能性は大分高いだろう。
ジジイやアイリスのことだ、どうせオイラが帰省するとは誰かしらに話してる。つまりそう、そういうことだ。
二人はなにも知らないから、責められたモンじゃない。どう転んでも誰も恨む気は無いさ。
でも
「…………いや。むしろケジメつける良い機会だ。全部終わらせよう。明日、全部」
今更なにをされたって構わない。自分のことなんてどうでもいいけど。
終わらせないと終わらない。ブン殴ってでも脅してでも、あのクソッタレな地獄から逃げ出そう。
『おにーちゃんてば、いつもフラフラしててその割に人のことばかりだもん。楽しいことが好きーって言うクセに、全然楽しそうじゃないし』
なあ、アイリス。お兄ちゃんも偶には自分の為に頑張ってやるんだぜ。
自分の手を掲げて、強く握り締めた。
「よし。忘れねえうちに荷物用意しとくか」
足で勢いをつけて上体を起こして、怠惰に帰省の用意を開始した。
ほんの少しだけ、寒気がした。久しぶりの感覚だった。