狂児は聡実のうなじに唇を落とし、後ろからがっしりと回した腕で聡実の腹をゆっくりと摩った。うっかりしているとその手つきにまた欲情してしまいそうな自分がいる。狂児の腕の中からなんとか抜け出そうとした瞬間、まるで一緒になって抵抗の意を示すみたいに、ぐぎゅるるるる……と腹の虫が大きな鳴き声を響かせた。
「…………えっ」
「……なんや、今の……」
「で……っかない!? 今まで聞いた聡実くんの腹の音ン中でいっちゃんデカかった、絶対」
めちゃめちゃ元気やん! とまた腹を摩られる。けれどもその手の動きは急に面白おかしくなって、狂児は聡実の腹筋をぺちぺちと太鼓みたいに叩いて焼けに楽しそうだ。またその気を催してしまいそうだから逃げようとしたはずなのに。一瞬孕んだ色がさっと消えた瞬間、すこし残念に思ってしまった自分がいて、ほとほと呆れる。
「なに聡実くん腹減ったん、夜も食うたのにもう空っぽか?」
「ちょ、叩かんとって」
「っふ、若いな~……やっぱ消化速いんか。なに食いたい気分なん」
「なに食いたいって……もうこんな時間やで」
時計の針は、ちょうどてっぺんを超えたあたりを指している。
九時ごろには風呂から上がって、友人からの連絡に最後返信をしたのが確かに二十二時を過ぎたころだった。二時間も――――と、ついさっきまでのことを振り返ってまた頬が熱を帯びる。
「ええやん、たまには」
「…………狂児さんもお腹減ってるん」
「ん? まあ食えるで、ぜんぜん」
「……じゃあ」
「あ、待って聡実くん」
「え?」
「俺、わかるわ、たぶん」
せーので言お、と、ヤのつく男らしからぬ可愛い提案をしてくる狂児に逆らうこともなく、「せーの」の掛け声で今の空腹をいったいなにで満たしたいかを口にする。
「「ラーメン!」」
頭上から降ってきた狂児の声と聡実の声が重なって、ほら当たった、と狂児が嬉しそうに微笑む。心臓がきゅうっとして、空腹と混ざり合ってよく分からない感覚に襲われる。
「ほな、着替えて食いに行こか」
「え? 今から外? ええの。遅いで」
「ええのって、ええやろ。俺おるんやし」
あまり遅い時間に出歩かないようにという狂児との約束は、本人が居れば無効となるらしい。でも確かに、インスタント麺よりも、しっかりとボリュームのあるラーメンが食べたい気分だった。
「……じゃあ、行く」
「よっしゃ、ほなシャワーだけ浴び……たら冷えてまうな。タオル持ってくるわ」
「ええよ、自分でするから」
「ええからええから、開いてるラーメン屋調べとって」
またしても甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる狂児に甘えて、布団の向こう側に放られていたスマホに手を伸ばす。
駅前のラーメン屋を検索してからほんの数秒、またしても大きく鳴ってしまった腹の音に、離れた洗面所にいるはずの狂児が「今のもデカいな~」とまた笑った。