朝からジクジクと自身を苛んでいた頭痛に耐えかねて、ネハンは思わず顔を顰めた。
天気の悪い日は決まっていつもこうだった。最近では気象病などとも呼ばれるそれだが、痛み止めの薬を飲んでもあまり効きはしないし、とにかく気分を滅入らせる。普段ならしばらく寝床で横になってやり過ごす時もあるが、今日は以前から恋人であるシスが星屑の街のネハンの元を訪れる約束をしていた事もあり、何とか何事もない顔をしていたかったのだ。しかし。
「ネハン、気分でも悪いのか?」
横から控えめに掛けられる声。見ればシスが不安そうにネハンの様子を伺っている。ああ、余計な心配をかけてしまったと、脆弱な自分の体質に盛大に舌打ちしたい気になりながら、大丈夫だと彼女に返す。
だがシスはその言葉に納得しなかったようだ。本当に大丈夫なのかと言わんばかりにジッとネハンを見つめてくる。しばしの間見つめ合い、とうとうネハンは白状することにした。
「……雨が降ったりと、天候の良くない日に頭痛が酷くてな」
「そうだったのか……。すまない、そうとは知らずここへ来てしまって」
「いや、それは構わない。気にしないでくれ」
「本当か?」
「ああ。むしろ今日お前の顔を見られずにいたら、もっと具合が悪かっただろうな」
だから来てくれてありがとう、シンク。そう言って微笑むと、少しだけ安心した様子でシスが緩く顔を横に振る。
けれど、このままだとシスとの時間を過ごすのにも支障が出そうだった。追加で薬を飲むかと思案するネハンの側で、不意にシスが腕を伸ばした。そして、ネハンの頭を自身へと引き寄せる。驚く間もなく感じたのは、柔らかくて温かい感触。シスの胸に顔を埋めているのだとネハンが認識したのは、数秒の後だった。
「!?」
状況を把握し動揺のあまり思わず耳をピンと立たせたネハンの心中を知ってか知らずか、シスはおもむろに彼の頭を優しい手つきで撫でる。
「先日十二神将のアンチラが頭が痛いと言ってアニラにこうされていたのを思い出したんだ。どうだろうか、少しは楽か?」
まるで女神のような穏やかさでそう問いかけてくるシスに、ネハンは眩暈がする気分だった。相変わらずグランサイファーの風紀、乱れてないか?アンチラは果たして本当に頭が痛かったのか?そんな艇にシスを置いておいても大丈夫なのか?何も言えないネハンの頭の中をぐるぐるとさまざまな考えが巡ったが、まるで大事な宝物にでも触れるようなシスの暖かな手の感触が心地よくて、だんだんと全てがもうどうでも良いのではないかと思ってしまう。曖昧な位置で固まったままだった腕をそっとシスの腰に回してしがみつけば、頭上で彼女もまた愛おしげに微笑む気配がした。
「……まだ頭は痛むのだが、」
「うん」
「今ものすごく気分が良い」
「それなら良かった」
ネハンさえ良ければ、具合が良くなるまで俺はここにいるからな。少し低めの声で紡がれるシスの言葉に甘えて、ネハンはそっと目を閉じた。どうにかシスを甘やかしてやりたいと常日頃考えているが、逆にこうして甘やかされるのも決して悪い気分ではないのだと知った。
柔らかな胸と、小さな手と、彼女自身の甘やかな匂いに包まれて、先程まで憎らしく思っていた雨音も今では多少軽やかに聞こえる様だった。