フルーレ、ラト 現パロ SSだから、絶対に会わせたくなかったのだ。
絶対、何があろうとも、この人だけは今までの恋人の二の舞になりたくなかったのだ。
なのに、こんなにタイミングが悪いことがあるだろうか。
「弟がいつもお世話になっています」
「邪魔しては悪いから、私たちはもう帰るよ。ラトくん、行こう」
「そんな、私この人が気になります。フルーレの恋人ですよ?どんな人か知っておかなければ」
ねぇ、そう言って彼女の目を深く見入るラトに彼女は耳まで赤らめてたじたじで、俺はラトを彼女の前から押し除けた。
「俺がどんな人と付き合ってようと自由でしょ!もう帰ってよ。また今度にして」
「でも、早くしないと桃が柔らかくなってしまうと言っていましたよ。桃は硬いうちが美味しいのだとか……。私は要りませんけど、フルーレはきっと気にいるでしょう」
「もう!いいか、らっ!」
「すまないね。フルーレくん。いきなり押しかけて」
ラトとミヤジ先生を玄関から押し出して鍵を閉める。ドア越しにラトが文句を言う声が聞こえたけど気にしないふりをしてリビングに戻った。
大人になって初めての彼女。初めての家デート。なのにこんなことになるなんて。
笑顔を取り繕って「ごめん、うるさかったよね」と言うと彼女もどこかぎこちなく「ううん、大丈夫」と返してきた。
フリフリの服が好きで、化粧は厚くてピアスは多くて、けれど元気で明るくて、少し繊細でかなり変人ですごく優しい彼女は付き合って2ヶ月になる。
俺のことを男としてみてくれて、かっこいいからと言って照れてくれるかわいい彼女。
高校生の時、初めて彼女ができた。その時はまだミヤジ先生とラトと暮らしてたから、家にドキドキしながら彼女を呼んで、自分の部屋に招き入れた。当時の彼女も初々しく俺の部屋を見ては作りかけの服のかかったトルソーを見て「すごいね、これ」なんて言ってくれて嬉しかった。でも、問題はそこからだ。
親切にお茶を出しに来てくれた、たまたま休みで家にいたミヤジ先生に彼女は一目惚れ。ミヤジ先生は丁重にお断りしてたけど聞かなくって、俺を介してストーカーと化したので学校に相談するハメになった。
2人目の彼女は専門学校に入ったばかりの頃。友人の友人だと言う彼女と、デザイナー気質同士の気があって付き合い始めた。その頃は1人で生活できないラトと二人暮らしだったけれど、自分の部屋はあったからそこまで気にせず部屋に招いた。
二人で部屋の中で90年代のデザインについて語り合って楽しかった……のに。ちょっかいをかけに来たラトに目を覗き込まれた彼女は目の色が変わってしまって、それ以来何かとラトに会いたがるようになった。
それで、ある日帰宅してラトの部屋がうるさいから心配になってドアを開けたら……ラトと彼女はその……男女の……。
俺は彼女にもラトにもキレて家出した。もうその彼女とは一度も会ってない。本気で好きだったから本当に悔しかった。ラトを本当に嫌いになりかけた。
でもラトはなんでもない顔で「そんなこともあったね。……続いてる?一度寝ただけなのに、何が続くの?」とかほざくから俺はミヤジ先生に言いつけて、一人暮らしすることを心に決めた。
そして、今の彼女……りんが俺の人生で3人目の恋人。だから、絶対にミヤジ先生にもラトにも会わせたくなかったのに…!
りんは少し気まずそうに「ええっと、綺麗な人たちだったね。どんな関係の人?」と言う。
「どんな関係って……家族代わりみたいな……だけど」
「……そうなんだ。フルーレはあんまりそういう話しないから、全然わからんかったよ」
そう言って微笑む彼女の笑顔に胸がギュッとなる。彼女は大人びた容姿で背も俺よりも10センチぐらい高いのだけれど、可愛い洋服が好きで、それをコンプレックスに思っている。
そう打ち明けて、初めてロリータの服をデートに着てきた時の彼女の甘いはにかみと言ったらもう仕様がないほど愛らしくて、俺は自分と同じようなコンプレックスを持った女の子は初めてだったし、好きな服を着ている姿が一番可愛いというのは言い得て妙だと納得した。
「俺の家族の話なんてどうでもいいし……」
「……そうかな。でも、フルーレのこと好きだから、何でも話してくれると嬉しいけどな。わたしは」
「……本当に?」
「うん」
優しく頷く彼女に心を打たれて、やっぱりこの人だけは俺を好きでいてくれると信じる気持ちが湧いてくる。
「この部屋、フルーレの匂いがするね」
「…ルームフレグランスの匂い?苦手ならやめるけど」
「ああ、そうなんだ。ルームフレグランスだったんだね」
彼女は納得したようにうんうんと頷いて、かわいい前歯を見せて笑った。
「この香りがするたびにわたしドキドキしてた。でも包まれるとなんだか安心するね」
「っ……そ、そんなこと……」
「へへ、照れた?照れちゃった?」
にやにやいたずらに微笑む彼女に恥ずかしくて顔が熱くなる。「揶揄わないでよ」「まじのまじなのにな」
彼女はにこにこしながら俺を見つめていたけど、睨み返していると心底楽しそうに笑い声を漏らして「それよりさっ!」とにじり寄ってきた。
「な、なに?近いんだけど」
「ねぇねぇ、家に彼女を招いてすることはないんですかー?」
「することって」
彼女は笑いながら近付いてきて、むちゅ、と音を立てて俺の頬に吸い付いた。その柔らかで少し濡れた感触にごく、と喉が鳴る。キスだって軽く触れるほどしかしたことがないのだ。だから……。
「ねぇ、フルーレ」
「…なに?」
彼女は吐息をいっぱいに含んだ声で笑って、俺の耳元、唇が触れるほど近くで囁いた。
「わたし今日、パンツ履いてないの」
俺は口の中に溜まっていた自分の唾液に咽せて咳き込んだ。彼女は笑うでもなくパニエのフリルをつまんでゆっくりと上にあげる。
「嘘でしょ、揶揄わないでよ」
「嘘かな?確かめてみる?」
どうしようもなくて、彼女のその破廉恥で不潔でどうしようもなく誘惑的な行為に目を釘付けにするしかなかった。
家デートも今日で何回目になるかわからない。すっかりうちに慣れた彼女には洗面台の棚を侵食されている。
彼女は元気で繊細で健やかで、元気で明るくて、それでいてだいぶ淫らだ。性行為やそれに類することをするのが大好きで、最近もう家デートと言えば来た直後から寝るまでして、朝起きてから昼までして、ご飯を食べに行って、また夕方までしている。
いくらなんでも異常なんじゃないかと思うけど、デートも俺が忙しくて隔週でしか出来ないのが現状だ。
俺だって健全だから彼女に誘われてしまえばもう脳みそがそれで埋め尽くされて流されてしまうし、最中の彼女はエロくてかわいくって仕方がないし、スタミナが切れるまで付き合ってしまう。
そんな彼女が今日もうちにくるのだ。
部屋を軽く片付けながら、インターホンが押されるのを待っているのだが、今日はなかなか来ない。そわそわしてしまってLINEも送ってみるのだが、『駅着いた!』という返信を最後に既読も付かない。
この辺りは別に治安が悪いわけではないけれど、心配になってきたので鍵とスマホだけ持って駅まで迎えに行くことにした。
オートロックのロビーを出て通りを駅の方を曲がる。しばらく駅へ直進した時だった。道半ばにある小さな公園に少し引っかかる後ろ姿が二人。
新しい遊具のある小さな公園には子供はいない。その二人はブランコの柱に女性の身体を押し付けて男がキスを迫っているように見えた。というか、何度も繰り返し口付けている。
俺は眩暈がした。そんなはずない、そんなはずないと思いながらも、あんな長い赤毛の三つ編みは他に見たことがないし、ロリータの女の子なんてこの辺で見たことない。
紛れもなく、ラトとりんが公園の隅で幾度となくキスしているのだ。
俺は血の気が引いているのか、上っているのかわからないような心地になって、黙って二人に近づいた。耳のいいラトはすぐに気付いてこっちを見て、濡れた唇を指で拭った。いつもより唇の血色がいいのはりんのリップが移ったからだろう。経験則でわかる。
「フルーレ、私わかったよ」
ラトの第一声はそれだった。俺は殺気立った顔をしていたかもしれないし、泣きそうになっているかもしれない。
彼女はその声で俺に気付いて、可愛い服なのに砂の地面にずるずる滑り落ちそうになって、ラトに腰を抑えられた。りんの膝は笑っていて、息は上がって目は潤んでいる。まるで男女のそれをしている時みたいに。
「……なにを?」
「ずっと忘れられなかったんです。フルーレの部屋でこの人を見てから、何か心がおかしかった。フルーレはわたしの大切な弟のはずなのに、彼女を取り上げたくなる。
私はフルーレを私が心配でそうなるのかと思って、駅で張ってたんだよ。今日家でデートだとこの前言っていたでしょう?だから、私の大切な弟に有害な恋人はいらないと思いましたから。
でも、違いました。この人の口を吸って唾液を舐めて目を見ると鮮明にわかりました。この味、私の知らないこの味は、……私は甘味は好きではないけれど、蜂さんにとっての花の蜜とは、蟻さんにとっての砂糖とはこういうものなのでしょうね」
「で、結局なんなの?何がどうしてラトが俺の彼女にキスしてるのわけ?」
つらつらと喋るラトにイライラして俺は言葉を遮った。
ラトはふと我に帰ったように目を瞬かせて俺を見て、それからりんを見て、ため息をついた。
「ふぅ……。フルーレ、残念です。フルーレにもよい恋人が出来たと思っていたんだけど。
この人は私のものです。目を見つめていると分かる。言葉いずるよりも深いところで理解できるんだ。
ごめんよ、フルーレ。でも仕方がないんです」
俺がため息をつく番だった。ラトはいつも突拍子もないけれど、これほどに酷いのは久しぶりで。
「つまり一目惚れしたってこと?ありえない。一目惚れで本当に人のこと好きになれるわけないし。
……で、りんは?何があってそうなってるの?」
りんは何か言おうとして、けほけほとむせてから俺を見た。
「わかんないよ…駅でいきなりラトさんに話しかけられて、話しながらフルーレんちに向かってたらこの公園でいきなり……。
私はフルーレが好きだし……」
俺は安堵した反面ラトに怒りが湧いて二人に近づいてラトからりんを奪い取った。
ラトは静かな目で俺を見つめている。俺はイライラして睨みつけた。
「もう帰って!ミヤジ先生に事のあらまし話したら?きっと話聞いてくれるだろ!」
「帰りたくない。私はもっとりんのことが知りたい」
「りんはラトのことなんか知りたくないから!帰って!」
「フルーレ、わがままはいけないよ。りんは私のものにしておかなければならないんだから……」
「意味わかんない!ミヤジ先生に電話するよ!?」
言い争っているとりんが小さな声で「あの〜」と声を掛けた。俺とラトが注目すると顔を赤くして目を逸らす。
「ねぇ、フルーレ?ラトさんも一緒に…部屋に連れてってあげたら…」
「りん…」
「どうして?ラトのことは好きじゃないんでしょ?りんには関係ない」
「いや、好きじゃないけど……ラトさん、その……すごく……。
チューが上手かったから……」
しん、と一瞬の沈黙。それからラトの笑い声。
「ふくく、りんはおかしなことを言いますね」
「こんな時に何言ってるの…」
「だって、あのさぁ?チューが上手いってことは、ラトさんはエッチもその、上手いのかな?ねぇ、フルーレ」
「俺に聞かれてもそんなこと知らないよ!」
「じゃあさ、エッチ…しようよ。わたし、ラトさんとエッチしてみたいな……」
「どうして!?俺のことが好きなんじゃないの!?」
「好きだよ!フルーレのことが好き!勿論、わたしフルーレが居なくちゃ生きていけない!」
「じゃあどうして!」
「だって、フルーレ、エッチ下手なんだもん!」
そこから起きたことは自分でもよく覚えていない。二人に押し切られて二人を部屋にあげて、二人がセックスするのを見ていた。りんは俺としてた時は一度もそんなことなかったのに絶頂しすぎて失禁したり痛々しいぐらいの声で気持ちよさそうに喘いでいて、ラトはりんに何度もキスしていた。
でも散々二人でセックスした後に、息切れしながらりんは「やっぱりフルーレが好きだから、エッチが下手なだけで別れるなんて出来ないよう」と言って泣いた。ラトはくふふ、と楽しげに笑ってりんの髪を触った。
ろくでもないラトと、ろくでもない彼女だ。最低だ。そう思いつつ、二人にベッドに引き摺り込まれて日付が変わるまで快楽の海に飲み込まれるのを、俺は享受するしかなかった。