オレの知らない君の話 暑さもだいぶ落ち着いて、窓を開けるだけで心地良い風が頬を撫でる。最後の卵焼きをもぐもぐと咀嚼するほっさんの髪に光る蜻蛉玉が、チカチカと俺に存在を主張している。見る度に優越感を抱いていることは本人には秘密だ。ごちそうさまでした、と手を合わせたほっさんがパッと笑顔で口を開く。
「粋くんって小田原に住んでたんだよね?」
「ええ、まあ。一応生まれも育ちも小田原ですよ」
「前にライブで行った所の近く?」
「あそこからは少し離れてますねえ。同じ小田原でもちょっと田舎というか。良くも悪くも普通って感じの所ですよ」
生まれてからの16年間を過ごした街だ。思い出そうと思えばあらゆるものが鮮明に浮かぶ。あの頃に戻りたい、なんて考えは特にないけど、全てを忘れたいほど嫌な記憶しかないわけでもない。懐かしさみたいなものだって胸に込み上げてくる。
566