赤や黄に染まった葉が地面を覆い尽くし、本来の姿であればうもれてしまいそうなほど積もっていた。
岩に腰かけ尻尾に絡む枯れ葉をつまみ捨てながら、今の化け狸にとっては厄介なだけのそれの何が楽しいのかしゃがみ込んで落ち葉を拾う少年を化け狸は眺めた。
少年が移動するたび落ち葉がしゃくしゃくと音を立てる。
新月の夜で人間の目ではこの山の中は危険な暗闇だったが、化け狸の出す妖火が二人のいるこの空間を明るく照らしていた。
「あんまり離れるなよ。炎の照らす範囲の外に出たら鬼に食われるからね」
落ち葉を見るのに夢中で明かりの届く端に近付く子に声をかける。
その声に少年は化け狸の方へ振り返り、そしていつの間にか目前に迫っていた闇に目を向けた。
「この明かりはぼくの縄張りになってるから他のやつは入ってこられないけど、少しでも外に出たらどうなるか知らないよ」
「手だけ出てしまったら?」
「手だけとって食われるかもね」
闇から視線をそらさず少年は少しずつ後ろに下がる。安心できるほど離れてから化け狸のいる円の中心に戻ってきた。手にはいくつかの赤や黄の葉を掴んでいる。
「妹の着ていた柄と同じだ」
そう言って化け狸に形がまだ崩れていないいくつかの葉を見せた。
「ふうん」
小さな手のひらの上でどのような模様だったかを葉を使って化け狸に教える。年の離れた小さな妹にそれはとても似合っていたと話す少年の着ている物はどうか。化け狸は顔には出さず少年の立場を思う。罠にかかっていたところを助けてもらった恩があり、こうして時折彼の願いのまま付き合っているうちに、彼の生活がどのようなものか察することができた。
なにせ化け狸が知る人間たちとは違う髪色だ。自分たちの中でも時折色の違うものが生まれることはあるがそれはそういうものであるというだけで特別なことは無いが、人間は違うらしい。
びゅうと強く風が吹く。炎が揺らぎ、少年の手からも葉がこぼれ落ちる。
足元に舞い落ちたそれらはもう判別がつかない。がっかりした様子だが諦めることに慣れた少年は再び拾うことはしなかった。
化け狸は足元の落ち葉の中から一つの赤い葉を拾い上げ、彼の髪の上に乗せる。少年は困惑して化け狸に視線を向ける。
「おまえの方が赤は似合うね」
ちょうど尻尾に絡みついた葉も取り除き終え、立ち上がる。
「そろそろお帰り。今日の案内役はそれだよ」
そう言って先ほどの赤い葉を指差す。
少年は不服そうだが素直に頭上の葉を手に取る。
「また次の新月の夜にね」
少年の柔らかな髪の毛を撫で、背を押して帰宅を促す。
「分かった」
名残惜しさを振り切るように少年はくるりと化け狸の背を向けて歩き出す。化け狸の作り出した円を抜けると少年の手に持つ赤い葉に炎のような明かりが灯り向かうべき道を照らした。
「もう。毎年毎年やんなっちゃう」
「どこを通りゃそうなるんだよ」
「この時期はどこを通ってもこうなっちゃうの!」
「どんくさいだけじゃねえのか。天狐を見てみろよ」
「ぐぬぬ」
音晴の暮らす神社の境内、わざわざ蘭のいる縁側にやって来た寿は蘭の隣に腰掛けせっせと尻尾についた枯れ葉をとり除いていた。
赤や黄、カラフルな葉が寿自慢の尻尾に絡まっている。
そこに一つ付いているひときわ赤い葉が蘭の目にとまった。
無意識にそれに手を伸ばし尻尾から外して手に取る。
「えっ何?手伝ってくれるの?」
目を丸くして振り返る寿の髪に、「そんなわけねぇだろ」と手に取った楓の葉を乗せる。
「お、お蘭ちゃん?」
蘭の行動の意図が読めず困惑する寿を置いて、何も言わず蘭は立ち去った。
「覚えてるんじゃん」