群青 始まりは、その時から少し前であった。彼も知らずに。春風も、小雪も、あの古く重いダークウッドの扉の隙間を覗き込んだときからも、ずっと。あの日は、かすかに鳳仙花の香りがし、金木犀の匂いもした。
『結婚以来今はじめて、あなたは正直な私をごらんになっていらっしゃるのね』
黒曜石のような頭髪。丸みを帯びた頬。
『そう申しましょう。お似合いの夫婦でございましたわ。実にお似合いの…』
スラリとした細身の体格で、トールマンにしては小柄でも言える。
『でも良いことは永く続きませんのね』
おそらく、これからもまだ伸びるだろう。トールマンの気まぐれはそういうものだから。その高身長な体格で、そんな簡単に舞台を支配することができ。
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