こがれた先に、火がひとつ、揺らめいている。空に輝く星のように。
その光に導かれるように手を伸ばしてみても、予想していた通りに光には届かずに指先が空を掴むだけで、改めてあれがどうしようもなく遥か遠くにあるのだと理解する。
手を伸ばす前から、あれが容易く手の届く様なものでは無いとファウストは勿論知っていましたが、それでもあまりにも美しいものですから、どうしようもなく手を伸ばさずにはいられなかったのです。
道具を自ら作り出し利用する生物は多く存在しますが、火を使う生物は人間だけなのです。人間は火を手に入れた瞬間から、他の生物とは比べ物にならないほどの繁栄を手に入れてきたのです。ですから、人類にとっては火こそが知恵の実であるとも言えるでしょう。
あの火がファウストに大きな影響をもたらす物である事は明確でしたし、傍にいてそれを見続けたファウストが手に入れたくなってしまったのは、叡智を求める者としては当然の事だったのかもしれません。
ファウストが魅せられたのはその火が照らした先でしょうか、それともその熱量だったのでしょうか。 かつて、悪魔に魅入られそれに類するものに関わった者は、浄化と称し火にかけられたとファウストの知る記録にはありましたが、あの火は悪魔と言えるのでしょうか。
ファウストの目に、頭に、心に。残光の様に、焼け跡のように、どうしようもなくこびりつくあれが悪魔だと言うのなら、ファウストがこのような思いを抱くのも納得がいくというものです。
武器を振るう度、体のあらゆる箇所に痛みが走る。体表の痛みが蓄積されるにつれて、体内に焦燥のような熱さが込み上げてきている。まあ、どこがどうやって痛むのか、もはや今のファウストには検討もつきませんが。
こんな痛みに怯んでいるうちは、どんなに焦がれていても、きっと指先ひとつあの火に触れられない事でしょう。こんな熱量では、むしろファウストの方が火傷してしまう可能性が高いのです。
……手が届かないのなら、火の粉の様にあの火の元へと飛んで行けばいいのです。
ろうの翼ではきっと溶け墜ちてしまうでしょうから。炎の羽を纏って、ファウスト自身が炎になってしまえばいいのです。
ファウストがこんなにも思い焦がれている事を、あなたは知っていますか。
背中が焼きついて、項を焦がすような。
喉が渇いて、張り付くような。
そんな感覚を、あなたは知っていますか。
……きっと、知らないでいるのでしょう。 火そのものはその価値も、自身がもたらす影響の大きさも、熱さの感じ方も知らないでいるでしょうから。
……そんな事は不公平だと思うのです。
ファウストだけがこんな思いをしているのは……何故か許せないとすら感じるのです。
様々な感情が渦巻いて、ただ熱さに変換されていく。
血が飛び散って何かが焦げるような臭いがして、誰かが何かを言っている。
もうすぐ手が届きそうで、衝動に任せて武器を振るう。
眩しくて、熱くて、今ならば全てを焼き尽くす炎に……
「ダンテ……」
私こそが、炎になるのです。
…………。
〈どんな特徴があるのか試してみたは良いものの、まさか自爆するなんてなぁ……〉
「……そうですね。」
隣に立つ人物は、時計からカチカチと特徴的な音を発しながらPDAを覗き込んでいる。
「それで、どうでしたか?」
〈うーん……。この人格は扱いが難しいね、気をつけないと自爆してしまうみたいだから……。〉
「いえ、そうではなく。……自爆してみてどうでしたか。」
〈えぇ……?どうって……どうも何も、ほかの囚人の分も回したし……。とにかく痛かったけど……。〉
……届かない。
〈……?なんでそんなに不満そうなの。〉
「いいえ、何でもありません。」
〈自爆するなんて知らなかったんだよ……。悪かったとは思ってるけど……。〉
…………。
「そうですか……。……自爆に付随する効果も大きいようですので、使い方によっては戦術の幅が広がると思います。例えば……」