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    lunatic_tigris

    @lunatic_tigris

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    lunatic_tigris

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    最早、君は誰にも庇護されるものではなくなった。

    ──とあるニジゲンが没討伐課へと配属される少しだけ前の話。

    ##エガキナマキナ
    ##egkn_奈落のハッピーエンド

    モラトリアムの終焉「私」が最初に見たのは、パイプ椅子に腰掛ける青緑の目をした女性だった。ふわりとした紺色の短い髪。グレーのパンツスーツに、青磁色のカットソー。人当たりの良さそうな雰囲気をしているのに、何処とない違和感と──それから、微かに漂う酒精の香り。
     さっきまで妖鬼高校に居たはずなのに、と辺りを見渡せば、何処か素っ気なさの漂う一室だった。椅子や机、その他の調度品はあるのに、どうにも「温かさ」というものがそこからは感じられなかった。そして、彼女自身からも。

    「運がないね、キミ。こんなとこで顕現しちゃうなんてさ」

     机の上にでも置かれていたのか、何時の間にか彼女は一冊の本を持っていた。ペラペラとページを巡ってから彼女は何事かを調べ始めて、「名前は大上れい、で合ってるかな?」と聞く。少し驚きながら頷くと、彼女は少し離れた場所へとその本を置いた。
     垣間見えたタイトルは「妖鬼高校の陽気な日常」──私の通っている高校の名前が、そこには書かれていて。
     どうして、と言いたい心情を察したのか、彼女は説明を始める。

    「ここは創務省。キミ達のように創作物から顕現したキャラクター──「ニジゲン」の管理だとかをするところ。それから、「ツクリテ」って呼ばれるようになった創作者の管理、「没」という存在の対処。
     ああ、字は「総務」じゃなくて「創作」の創って書くよ」

    「大上れい」という存在は作り物なのだ、と言外に告げられはしたけれど、そこに大した衝撃はなかった。そもそも妖怪という存在からして人に作られたようなものであるのだし。──例えば、「送り狼私達」だとか。
     けれど、ちりちりとした違和感が、毛並みをくすぐる。それは。

    「──一つ、いいですか」
    「ん?」

     説明された自分の存在ではなく、この女性にだった。

    「──どうして、貴方様はそんなに……「悪意を抱いて」いるのですか」

     悪意。この人からは、そんなものが感じられた。本当はもっと、言葉にし難い感情なのだろうけど。
     何かを害そうという意思。感情。それを、この人は深く、深く、奥底に隠している。冷たく渦を巻いている、青緑色をした底なし沼のような目の奥に。多分、もっと奥には更に他の何かがあるのだろうけど。

    「──は」

     その言葉で、笑いかけて失敗したような声を上げて、その表情は歪に崩れて、固まった。そしてそのまま──なんと表せばいいのだろうか。おかしくて仕方ないというような。私には難しかったけれど、「壊れている」というものが一番近い気がした。
     抑えきれないとでもいうように、彼女は笑った。最初は小さく、少しずつその狂気めいた声は大きくなって。

    「っふ、は、ははははは。
     は。──何かの冗談じゃなくて?」

     目は、一切動いていない。変わらない色合いで、軽薄にも見える表情のまま、声だけが音程を変えた。まるで、しっかり封じていた筈の箱の中から暗いものが溢れ出たように。

    「……はい。本気で、私はそう言いました」
    「──ああ、どうしようね。お笑い草だ。どうしよう、笑っちゃうな。笑えるな、これ」

     ごめんね、まあ一旦座りなよ。キミも立ちっぱなしじゃ辛いだろ?と、彼女は空いている椅子を指した。大人しく席に着くと、彼女と視線が合う。──どぷりと、重く波打つ音が聞こえる程に黒く塗り潰されたような視線と。

    「前提としてまず一つ。キミ達ニジゲンは、法で守られていない存在だ。人と同じような権利もない。キャラクターなわけだから、存在にも色々なのがいるけれど、その中での違いといえば「創務省に認められているか、いないか」かな。
     まあ、だから──例えば誰かがキミを害そうが、その誰かは法で裁かれることはない。特に、「健全じゃない」「不認可の」ニジゲンは何をされても──まあ、問題はないんだよ。当人の倫理がどうかはともかく、法律上は。逆は違うけどね。
     例えば、ここ創務省で誰かの大事だった存在ニジゲンが害されても、その誰かは何一つ罰を受けないで、のうのうと暮らせるんだ」

     最後の一文は、酷く重苦しい音を持っていた。
     まるで、自分が実際に「そう」だったかのように。

    「ついでに、そんな気付かなくていいことに自分で気付いちゃったおーかみちゃんには特別に見せてあげるよ。
     ここが、どんなことをする場所なのか」

     そう言われながら半ば投げるように渡されたのは、ホチキスで留められた数枚のコピー用紙だった。
     真っ先に目に飛び込んでくる文字は──「■■■■についての実験報告書」。
     端的に書かれた概要だけで、毛が逆立つようだった。震える手で、ページを巡る。目を背けたくなるけれど、決して逸らしてはいけないのだ、とも感じたから。
     実験内容は、至極簡単なものが最初にあったけれど、次第に非人道的なものが目立つようになってきて、拷問としか言いようのないものも混ざるようになって。最後の実験は「消失実験」と書かれていた。
     一人の少女が、そんな目に遭ったのだ。
     人間として生を受けたなら守られて然るべき筈の齢にある存在が、ただ「不認可の」ニジゲンであるというだけで。可能性の話だけで。

    「おかしいね?人体実験、動物実験は法的拘束力こそないけど、百年以上前に作成された倫理的原則──ヘルシンキ宣言の、特に七、八、九条、二十一条で明記されているのに、ヒトと同じような意思や感情を持っているニジゲンは例外だなんて。
     動物以下だよ」

     最後の一言は、創務省へも向けられているようだ、と思った。ぞわぞわと、胃がざわめく。

    「ああ、無理しないで吐いちゃっていいよ。トイレの場所、要る?」

     その言葉に、首を横に振る。それに彼女が一瞬だけ目を見開いたのが見えたけれど、すぐに見下すような、軽薄な表情へと戻った。

    「あと、なんで教えたかって言ったら──本来は守秘義務が発生してるけど、これは私情。
     この後に一応検閲に連れていかなきゃ行けないんだけどさ、ここから逃げることだってまあ出来るんだし。
     不認可とか、そんな扱いになるけどね」

     きっと、それは彼女が一番触れたくなかった、触れられたくなかった部分なのかもしれない。そこに私は触れてしまった、と頭頂部の耳がぺたりと寝た。
     そのことを切り捨てて話は終わり、とでも言いたげに作ったような・・・・・・明るい声に切り替えて、彼女は名乗る。

    「そういや名乗り遅れてたね、私は加々宮。加々宮イタル。没討伐と、ニジゲンへの心理実験やカウンセリング担当だよ。
     短い間になるかもしれないけどよろしくね、おーかみちゃん」

     そう言うと彼女は立ち上がり、私へと手を差し伸べる。

    「……加々宮さん」

     口の中で、その呼び名を反芻する。

    「……加々宮さん、創務省には、認可を受けたニジゲンが所属するんですか」
    「まあそうだけど、全部が全部そうってわけじゃなくて──え?」

     その意図を読み取ったのか、多分初めて、加々宮イタルという人間は素の表情を見せた。
     かち合った視線は、驚愕と──色々な感情が混ざっていたけれど、悪意や類するものは微塵も見えなくて。
     多分、この人は本当の意味で「悪い人」ではないのだろう。
     一度「仕方ないな」とでも言いたげに溜息をついて、「……まあ、採用されたらよろしくね。特に「こっち」は何時だって人手不足だからさ、後手後手に回るしかないし」と何かを諦めたように言った。
     そんな彼女を見て、私は今日では初めて笑った気がする。
     国家機関らしい、無駄も温度もない廊下を歩いている途中、どうすっかなこれ。これの持ち主に報告するのめんどいな。という小さな呟きを耳は拾い上げた。
     そして、ふと疑問が浮かぶ。

    「──ところで、あの報告書は加々宮さんにとって、どんな存在なのでしょうか」

     あの報告書は、紙自体は真新しい割に何回も読み返されていたようだった。まるで、読み返すことも出来なくなった途端に新しく印刷したかのように。

    「ああ、あれね」

     意識しているのか、その事実を告げた声に温度はなかった。
     感情も何も取り払って、ただ、当人にとっての事実だけが残されるように。

    「初恋の人だよ」
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