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    lunatic_tigris

    @lunatic_tigris

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    lunatic_tigris

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    ──この話は、ここからが始まり。
    描き物の続き。なれど、再演に非ず、後日談に非ず。
    そして、ここだけで描かれ、紡がれていく唯一の物語。
    皆々様。どうぞ、盛大な拍手をお願いします。

    役(キャラクター)であり、役(キャラクター)ではなくなったもの達へと。

    ##エガキナマキナ

    冬は来る ここ数日のこと。ざわざわと、嫌な感覚がずっとあった。ふらりと気晴らしにでもと外へ出ようと、やけに何かが引っかかる。
     日に日にそれは強くなっていって、この二日程度は何をしているのかも分からなくなるくらいにはその感覚に囚われていた。眠っている時だけは、少しだけその感覚からも逃れられていたのに──見てしまった。今日が何日かも分からなくなるくらいには、無意識で何もかもを見ないように、聞かないようにしていたのか。電波で動くデジタルの画面というのは、酷く無情だ。──十一月六日、深夜。まだ、辛うじて日付は変わっていない。
     ──ああ、私は死んでいる。あの屋上で、確かに死んでいる。頭を撃ち抜いて、落下して。その筈なのに、どうして私はここで生きている?
     意識はえがかれた死に引き摺られる。眠りの深みに気配だけ揺蕩たゆたう死では敵わない。そして、死(それ)は私に追いついた。
     日付が変わる前に、早く、早く行かなくては。
     ──まだ、今からでも間に合う筈だから。
     今居るのが何処かも忘れて、一歩、足を踏み出した。

         *

     不香の様子が可笑しい。
     そのことに、呂華は気付いていた。
     例えば、ハウスを出て彷徨う時には何かに焦っているか、何処か追い立てられているかのようだったし、眠っている時ならば、母なる金字塔戦の直後、最低限の意識すら落としている時のように何時もより深みに落ち込んでいるような状態で。
     でも、ここ数日はその時とは明らかに違うものだった。例えば、死がずっと傍にはべっているような、背筋をどこか冷たくさせる眠りだった。微かな寝息や、知っていたそれよりも少しだけ低い体温しか、生きていると証明をさせてくれない。
     十一月五日。「原作の中で」不香が死んだその日は、目を覚ますのを拒んでいるように一日中目を覚まさなかった。
     けれど、翌日の深夜。あと少しで日付が変わるという頃に事態は動く。
     ──不香が目を覚ましたらしい。きぃ、と開く寝室の戸に、呂華は意識を浮上させた。静かな足音は、呂華の眠っていたソファを素通りして玄関へ。何時もとは違うそれは、何かに誘われているようにも、決められた役割を演じているようにも感じ取れて、やけに胸の内をざわつかせる。
     嫌な予感がした、のだ。今その手を掴まなければ。
     そして、後を追って呂華自身も玄関へと向かった。
     足音が目指すのは──巳神ハウス、その屋上。

         *

     冬へ向けて温度を失っていく、少し冷たい秋の夜風が頬を撫でていく。
     まるであの夏の夜に見た空のように、静穏な空はとても澄んでいて、不思議と星が綺麗だ。ああ、でも、呼んでいる。
     何が?それを問われたら、答えられないけれど。墜ちていきそうなくらい綺麗な空の奥で、答えが待っている。
     慣れ親しんだ動きで取り出したリボルバーに装填された銀の弾丸は、今か今かとその時・・・を待っていた。
     ──急かすように足音が響いてくる。まるで、「あの日」を再演するように。
     ああ、なら、早く──行かなくては。そうして銃爪ひきがねに指をかけた途端、扉が勢いよく開かれた。
     その音に、不香はそこにいる誰かを視認する。
     黒く、夜に溶けてしまいそうな人を。
    「──呂華、先輩」
     足音が近付いてくる。──違う。今、私はここ・・に居るべきじゃないのに。
     フェンス越しではなく、フェンスの中で・・私は呂華先輩と向かい合っている。
     そして、リボルバーを持っている手を上から包むように、逃がすまいと指が絡まって。
     じっと見下ろしている、呂華先輩の黒い瞳を見詰める。呼んでいるような空の色とは違う、塗り潰されたような黒い色。──直視するのは悪い癖だと分かっているのに、視線を逸らそうとは思えない。何かを言わなくてはいけない気がするのに、何も言えない。
     起きなければいけない筈の出来事が、音を立てずに崩れ落ちていく。認識が揺らいでいく。何かは急いているような気もするのに、このままで・・・・・ねがう部分も確かにあって。
     そのまま二人してただ夜風に晒されている中、ちらと呂華は手首の腕時計を眺めてから笑顔でこう言った。
    「十七歳の誕生日、おめでと」
     丁度日付が変わったのだ、とその言葉で不香は思い知る。
     原作では迎えることのなかった日を。──祝えなかったその日を。
     秋の終わり、冬の始まり。十一月七日、午前零時零分。
     その瞬間に、絡まっていた何かの糸が解けたようにも感じて力が抜ける。これでは、もう──死んでいるだなんて言えない。どれほど幽霊のように彷徨っても、確かに形を持って、自分はここに居る。
     それを改めて提示されて、初雪のように儚く微かに──それでいてはっきりと、不香は微笑んだ。
     その微笑みは何かを諦めたようでも、何処か暁光ぎょうこうのように明るくて──
    「おいで」
     言葉と一緒に、握られていない方の手がそっと差し出されて──白い手が、静かに重ねられた。そして、手を引かれていく。向かう先は呂華の部屋。
     何時の間にか、役割を果たさなかったリボルバーは仕舞われていた。
     今は隣同士寄り添っているような黒と白を、夜空はじっと見ることもなく、静かに、何事も無かったかのようにただ星々を揺蕩たゆたわせていた。

         *

     深夜、テーブルに並ぶ二つのショートケーキ。
     覚えていてくれたのか。一年生の頃の、何でもない雑談として消費した話を。
     ケーキを食べ進めるフォークと一緒に、何でもない言葉が静かに積もっていく。そんな中で、ケーキのスポンジの中へと一緒に織り交ぜたように軽い口当たりの言葉がそっと溶けた。
    「最近、この気持ちがなんなのかわかった。
     不香ちゃんのこと、好きなんだろうな」
     好き。
     その一言に、切り崩す手が止まる。硝子越しのように遠かった、ケーキの甘さが届いたからだけじゃない。失くしてしまって、ずっと探し続けていたパズルの最後のピースを見つけたような。
     ──自分は、大事な言葉の表し方を何時の間に忘れていたのだろうか。
    「私も好きですよ。呂華先輩のこと」
    「うん」
     知っていた、というように返された言葉と一緒に、ケーキをもう一口、口へと運ぶ。
     同時に一つ、思い出したことがある。少し手を離してしまえば忘れてしまうようなくらいに薄らとした霞のようなものだけど、とても大切な記憶。──幸せな、過去の切片。
    「……実は私、ショートケーキが好きだったんです。甘くて、ふわふわしてて。──食べるだけで、幸せになれたから」
    「……そうか」
    「それから、呂華先輩」
     ん?とこちらを向いた彼へと、不香は微笑む。
     それは、まるで雪の中に咲いた、春を告げる白い花のよう。不香本人が知らぬ間に手向けられた、可憐な雪の花を思わせる顔で。
     そして、言葉を一つ。告げたいと、胸の内に咲いた言葉を。
    「──ただいま」
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