高校に入学してすぐのこの時期は、色んな部活が新入部員を集めるために校内の至る所で勧誘をしている。靴箱から正門までの道は、特に人で溢れかえっていて、前に進むのもやっとだった。
今日もいつものように、勧誘で賑わった人混みを必死に掻き分けていると、人に押されて転びそうになった。(まずい!)と思ったそのとき、誰かによって正面から受け止められたことに気付いた。
「大丈夫?」
頭上から声が聞こえてそっと顔を上げると、ぱっちりとした澄んだ瞳と目があった。
「あ、ありがとうございます!!」
私は慌てて体を起こした。綺麗な顔をしたその人は、フッと微笑んだ。
「君、演劇部は興味ない?」
「演劇、ですか?」
「うん。僕、部長やってるんだ。この後講堂で劇やるから、良かったら見に来てよ」
そう告げて、その人は人混みの中に消えていった。演劇は興味は無いけれど、劇を見に行って見ようと思った。優れた容姿をしていたし、あの人は役者なんだろうか。名前も知らない彼に、とっくに惹かれてしまっていた。
「あっ、さっきの子。見に来てくれたのか、ありがとう」
劇が終わって外で待っていると、どうやら監督だったらしい彼が機材を持って出てきた。
「こちらこそ、さっきは助けていただいてありがとうございました。…お名前、伺ってもいいですか?」
「杉本英記だ。君は何て言うの?」
「(夢主)です!」
「(夢主)ちゃんか。よろしく。他に部活は見てみたか?」
「色々回ったんですけど、あまりどこもピンと来なくて……でも、演劇部、興味湧きました」
少し恥ずかしくなってやや声が小さくなってしまったが、杉本さんはしっかり聞いてくれていたようで、嬉しそうに笑った。
「演劇部、人が足りてないんだ。いつでも歓迎だから、入る気になったらまた来てよ」
私の心は、もうほぼ決まっていた。
「失礼します。(夢主)です。杉本さんはいらっしゃいますか?」
「おお、(夢主)ちゃん。入る気になったか?」
片手に読みかけの本を抱えながら、杉本さんが出てきた。私は杉本さんの目を見て、口を開いた。
「はい!入部させてください」
杉本さんは満足そうに微笑むと、部屋の中へ手招きした。
「(夢主)は、どこのポジションをやりたい?」
「(夢主)…?」
「だってもう仲間だろ。」
呼び捨てには慣れなかったが、胸が躍った。
「あっ、ポジションは…えーっと…」
元々演劇に詳しくない私は、ポジションなんて一切分からなかった。困惑している私を見て、杉本さんは呟いた。
「役者、向いてそうだ」
「えっ?」
「舞台栄えしそうな顔してる。」
杉本さんは笑ったが、私にはあまり意味が分からなかった。しかし、杉本さんがそういうなら、杉本さんを信じてみようと思う。
「役者…やってみます!」
「いいね。何事も挑戦だ。それに、君でなら、いい脚本が書ける気がするよ」
彼の爽やかでキラキラとした笑顔を見て、私は自分の心拍数が速くなっていることに気付いた。
杉本さんのことはまだよく分からないけれど、私はこの人の期待に応えたいと思った。