海の家にいるらしいイケメン店員を求めて 澄み切った青。今年一番の快晴。燦々と降り注ぐ太陽の日差しが、海の水面に反射して、その眩しさに思わず片目を瞑った。
大きく腕を振り、サンダルで砂を蹴りながら、足を前へ前へと進め、進行方向の先だけを見据えるモブ山モブ子のその瞳には、熱く燃えたぎるような炎が垣間見える。
(待ってろ。今私が行くからな、噂のイケメンたち!)
モブ子の足取りにも、その瞳にも、一つの迷いはない。颯爽と人混みをかき分けながら今日の目的地に向かって進んでいく。
その噂を聞いたのはつい十分前のこと。モブ子がイケメンリサーチをしながらあてもなくビーチを歩いている時だった。
きゃっきゃと黄色い声を上げながらはしゃぐ若い女性の二人組の会話が偶然耳に入ったのだ。
さっきの海の家の店員さん格好良かったね。
うんうん、マスターも素敵だった。
モブ子の手は一瞬の躊躇もなく、今しがた通り過ぎて行った女性の肩を掴む。
「その話詳しく」
「「え、怖」」
彼女たちから聞き出した情報によると、この先をしばらく歩いて行った先にTHE 海の家とも呼べるほったて小屋があるという。軒先にはお祭り会場で見るような「かき氷」の絵が描かれたの暖簾がかかっており、その小屋のイートインスペースには雑な手書き文字で書かれたTHE 手作りのメニューが置かれているという。
一見すると、頭にはちまきを巻き、ノースリーブの白シャツを着た中年親父が切り盛りをしていそうな店に見えるそうだ。しかしそこで諦めるな。絶対に引き返すなとモブ子は彼女たちに念を押された。何故か。
店を切り盛りしているのは、目玉が溶けて落ちそうなほどのイケメン店員たちだという。そんな彼らが爽やかに自分たちを出迎えてくれるとのことなのだ。
加えてそのイケメン店員が、その場で捌いた海鮮を炭火焼きにして提供してくれるのだという。そんな話を聞いてはもういてもたってもいられかった。
「これ、飲みな」
保冷バッグのなかできんきんに冷やしていたペットボトルの水を二本取り出して、情報提供者である彼女たちに手渡す。これは万が一、暑さにやられているイケメンを見かけたら手渡そうと思っていたものだ。
モブ子は風をきるように踵を返す。
めらりと燃やした闘志という名のオーラの凄まじさに周りが距離を取っていることにも気づかないまま、モブ子はイケメン店員に出会うべくして海の家を目指したのであった。
少し歩くと、モブ子は目的の海の家を視界に捉えた。
「いや、激混みだし」
毎年のようにこのビーチを訪れ、イケメン探しに躍起になっていたこれまでの人生。このビーチの海の家にこんな待機列が出来たことを見たことがあっただろうか。しかも並んでいるのは頬を赤く染めながら高揚感を隠しきれていない、いや隠そうとすらしていない女性(ライバル)ばかり。
彼女たちもおそらくはイケメン店員の噂を聞きつけてやって来たのだろう。目的はおそらく自分と同じ。噂のイケメン店員を手玉にとること。
意外にもそれほど時間はかからずにモブ子の順番は回って来た。
「いらっしゃいませ! メニューはお決まりですか?」
モブ子は目線を斜め上に上げる。黒髪に、大きくて青い瞳が特徴の可愛らしい顔立ちの少年がその手に伝票を持ってモブ子の横に立っている。
「あ、じゃあイカ焼きと帆立のバター焼きで」
「かしこまりました!」
「う゛ッッッッッ」
黒髪の店員の屈託のない笑みを直視して、モブ子の胸は思わずきゅんと跳ねた。あまりの苦しさに胸元を押さえる。
噂のイケメン店員とは、もしかすると今の彼のことなのだろうか。確かに顔は整っているし、不意打ちの笑顔に心を奪われた女性は多くいることだろう。(今の自分のように)
モブ子はちらりと外を見遣る。海の家の行列は未だ途切れることを知らない。まさかこの待機列に並ぶ女性(ライバル)たち全員があの少年目当てだとでも言うのだろうか。
モブ子がぐるぐると思考を巡らせながらうんうんと頭を悩ませている時だった。
「エドー! イカ焼きと帆立のバター焼きお願い!」
澄み渡った青空にまで届きそうな、よく通る声がモブ子の鼓膜を震わせる。
外国人でも雇ってるのだろうか。
モブ子は少しだけ椅子から身体を浮かせて、イートインスペースから調理を覗き見る。そして視線の先にいた人物の姿を捉えたその瞬間に、ようやくこの待機列の意味を知ることとなる。
「一人前ずつで間違いないな」
「うん、そう。よろしくね」
「ああ、任された」
一瞬にしてモブ子の姿は砂へと変わる。
いや、クッソイケメンなんだが。目玉どころか全身溶けるわこんなん。
色素の薄い髪を後ろでいっぽんで束ねている西洋風の顔立ちの男性店員は、先ほどの少年の指示でイカを捌き、次に帆立の貝殻を開けて、手際よく網の上に載せていく。
店内はすでに炭火の香りが充満していたが、今まさに香っているこの炭火と海鮮の香りが自分が注文したものから香り出ているものだと思うと、なんとも言えない優越感が胸の内にじわりと広がる。
そういえば……――
最初に出会った情報提供者たちが話していた会話をふと思い出す。
『さっきの海の家の店員さん格好良かったね』
『うんうん、マスターも素敵だった』
……どっちがどっち?
いやどっちでもいいんだけど。ジャンル違いのイケメンであることには変わりないからいいんだけど。ここまで来たらどっちがどっちか知りたくなるというもので。
モブ子は疑問を晴らすべく、網焼き台のそばで仲睦まじく会話をしている男性店員二人をじっと観察するような目で見つめる。
「ククッ、そのような物欲しそうな顔で見てくれるな」
「う。だ、だって……」
「そら口を開けろ」
「ん、ありがとう。美味しい!」
いや、ちょっと距離近すぎない?
どっちが店員だとか、どっちがマスターだとか、モブ子にとってそれはすでに些末な問題となっていた。
正直言ってそれどころではない。
「エド」
「ン?」
「もう一口、……だめ?」
「………………おまえな」
負けてる。すでに負けてるよ外国人の方のイケメンさん。もう手が焼き鳥に伸びかけてんじゃん。
「今日限り。一つだけだ」
嘘、絶対嘘。あんたもうそれ絶対前科あるよね。その子の笑顔見るために一体何本の焼き鳥が犠牲になったのよ? というかその角によけてある焼き鳥全部その子用だよね?
「へへ」
ほらもう黒髪の男の子もまたまたーみたいな顔してんじゃん。全部ばれてるよわかりやすすぎるよ。
いやなんかもう、その子の笑顔と幸せそうなアンタの顔が見られるならアタシのイカ焼きも帆立のバター焼きも全部その子にあげなって言いたくなるわ。
「出来たぞマスター」
「ありがとう!」
で。アンタがマスターかい、逆だと思ってたわ。
爽やかな笑みを湛えながら、マスターと呼ばれた少年は片手にイカ焼き、もう片手に帆立のバター焼きを持ってこちらに向かって歩いてくる。
うん、なんかもう、いいや。
彼氏なんて出来なくたって、いいもん見させてもらったし。
アタシはもう満足だよ。幸せになれよな。
**
「…………ン。退去の時間のようだな」
「そうみたいだね」
立香はテーブルの上に美味しそうに焼かれた海鮮ニ種類が載せられた皿を静かに置く。そして、先ほどまで派手な見た目の女性が座っていた椅子に残された聖杯を両手で持ち上げる。
「彼女の願いが何だったのかは、結局わからずじまいだったね」
「ああ。まあだがしかし、満足そうではあった」
「でもせっかくならキミが焼いたイカ焼きと帆立のバター焼き食べてから帰りたかったな」
「クハッ、戻ったら嫌と言うほど焼いてやる」
立香は誰もいない空間に向かってぺこりと頭を下げる。
「ご来店、ありがとうございました!」
おしまい