「ラハってなにか楽器できたりする?」
その言葉は、何の脈絡もなく突然冒険者の口から飛び出した。赤い目をぱちりぱちりと大きく瞬かせながら、グ・ラハの首が傾く。
「できるって言えるほどの腕はないけど」
「全くできないわけでもないと」
冒険者の尾がそわそわと揺れるのを目の端に捉えて、グ・ラハはうーんと唸った。なにか、ロクでもないことを言われそうな気がする。そんな予感がしたからだ。
ふたりは冒険者の借りているアパルトメントの一室にいた。片方はソファで本を開き、片方は窓際の作業机で製作しながら、合間に他愛もない会話を挟む。何でもない、いつもの、穏やかな時間だ。だからこそ、突拍子のない思いつきが急に表に現れたりもする。
「……何を思いついたんだ?」
グ・ラハはぱたんと本を閉じた。
「思いついたというか、思い出したんだ。クリスタリウムでね、ミーン工芸館にトゥナって子がいるんだけど……」
「あぁ、あの子か。覚えてるよ。……皆、元気でやっているだろうか」
「きっとね! また様子を見てくるから。……でね、その子が大切にしてたリュートがあるんだけど、元々は水晶公から貰い受けたものだって言ってたんだ。それを思い出した。ラハ、覚えてる?」
「んー……なんとなく。あの子の師匠に渡したものだったか」
「そうそう。それで、ふと。あのリュート、ラハも弾いたりしたのかなぁと」
冒険者は期待に満ちた目で向かいに座るグ・ラハを見つめている。弾けると頷いたなら、次の瞬間からリュートを作り始めそうな雰囲気だ。普段のぼんやりした様子からは想像できない、思い切った行動力があるからこその英雄なのだと、グ・ラハはよく知っていた。知っていたので、釘を刺しておくことにした。
「爪弾いたことはある。でも残念ながら、一曲奏でられるような腕前じゃないな。……それでもいいから、ってリュートを準備するなよ」
「む。バレバレか」
「バレバレだ」
バレバレかぁともう一度笑って、冒険者は肩をすくめた。どうやら諦めてくれたようだと、グ・ラハは読書に戻ろうとする。が、冒険者はそれをゆるさなかった。
「じゃあ歌は?」
ぴく、と赤毛の耳が動く。ついでに尾も揺れた。グ・ラハは少しだけ動揺していた。
「歌、得意だって聞いた」
「誰に聞いたんだ……。ラムブルースか? そうだろ、そうだよな?」
「内緒」
「あんたなぁ」
「その様子だと歌が得意なのは本当なんだ。……俺、聴いたことない」
不満げな声と共に、冒険者の尾がたしたしと床を叩く音がした。彼はよくグ・ラハをわかりやすいと言うが、それは彼にも当てはまる言葉だとグ・ラハは思う。
「ええと、その……あんた、意外と嫉妬深いよな?」
「……最近気付いた」
冒険者の小さな声も、ミコッテの耳はきちんと拾ってくれる。よくないと思いながらも、喜びだとか優越感だとか、そういった感情でグ・ラハの胸は満たされてしまう。動揺はもうすっかり解けていた。
「ん」
「……?」
「となり。……下手でも笑わないでくれ」
少しだけソファの端に寄り、空いたスペースをぽんぽんと叩けば、冒険者の顔が一瞬で華やいだ。けして広くはない部屋の中を小走りでやってきて、すぐに距離が埋まる。
「どんな曲歌ってくれるの」
「そうだなぁ……蒼天のイシュガルド、とか」
「……ラハさん、いたたまれないのですが」
「あははっ」
声を上げて笑うグ・ラハを咎めるように、冒険者は彼へ寄りかかった。重いと文句を言っていた声がやがて歌声に変わり、小さな部屋に美しく響く。聴衆はただひとり、冒険者だけだ。