好きと気づくまで/綾鷺君の告白は突然だった。
僕が下級生に無理をして優しくしていたのを知られ、どうせまた彼お得意の正論をぶつけられるのだろうといつもの事ながら思い、僕は君から逃げていた。
そして、君は懲りることもなく僕を見つけ出して無理をするなと怒った。
…でも、僕が避けていたことを寂しいとも言っていた。
こんな僕に避けられた所で何が寂しいのだろうか、僕はもう君を気遣うことをしないと言ったのに。
今まで人を思いやり、人に優しくする事が全てだった僕に、君は一体何の価値を見出していると言うのだろうか。
答えは簡単だった、…彼はどうやら僕のことが好きらしい。
初めは僕が君を避けない為の嘘又は冗談か何かと思っていたけれど…一生の終わりかのように青褪めている君を見たらそんな考えはどこかに吹っ飛んでいってしまった。
今まで告白されて付き合うことは中学の時に何回かあった。相手の事を好きでもないのに流されて、何となく付き合って…結局相手を好きになることが出来ずに別れる。
今思うと最低だと思うけれど、不思議と付き合った彼女らから酷く言われる事は無かった。彼女ら曰く、「それでも良かったと思って付き合って、付き合って行く内に好きになってくれると思ってた。…でも、それはやっぱり無理だった。」と、…僕を咎めていいはずなのに。
彼女らは何も悪くない……僕が、拒絶できなかった僕が悪いんだ。
今回も流されようか流されまいか考え、初めて流されないことを選んだ。
僕は彼の事を恋愛的な意味で好きと思ったことがないし、流された所で彼はきっとまた僕を怒るから。
…でも、男だから、好きじゃないからとキッパリ断ることが出来たのに僕は何で「今は気持ちに答えることが出来ない。」なんてあんな言い方をしたのだろうか。
"友達"だから?
"信用"してるから?
理由は何だって良かった。
ただ、君が僕から離れていってしまうのが怖かった…それだけなんだ。
でも君は、僕のその曖昧な一言で嬉しそうに笑っていた。
………なんでだろうか、少しだけ心が満たされた気がした。
それから彼は事あるごとに僕に好きと言ったりハグや肩組みをしてくるようになった。
言い出したのは自分だけれど、正直初めのうちは本当にやるのか…と飽きれていたし、ただやられるだけではないと地味にスキンシップを取らせないように避けたりもした。
それでも彼は、懲りずに僕を口説いてくる。
でも、それに少しずつ恥ずかしさを覚える自分もいて…。
おかしいな…?今まで付き合った人にどんなに好きと言われ、ハグやキスを重ねても動かなかったのに恥ずかしいと思うなんて…想像もしていなかった。
ある日、元気だった彼は…学校に来なくなった。
「どこにいるの?」…と、本人に直接聞くのは簡単な話だけど僕はそれをしなかった。…いや、出来なかった。君を探していることを知られたくなかったのだ。
それでも気になってしまうので仕方なく彼の弟であり、僕の後輩の勇牙君に話を聞くことにした。
勇牙君曰く、彼は熱があって寝込んでいるとのことだった。
退院して以来初めての熱で、なかなか下がらないでいるらしい。
…………そういえば彼は、去年入院していんだった。
初めは見舞いに行こうと思っていたけれど…結局行くことはなかった。
去年の僕は、下駄箱に入っていた一枚の紙切れに全てを囚われて!君が入院していることも忘れてしまったのだ。
きっと君はきっとこの事実を悪く言うことはしないだろうし、寧ろ僕の事を案じてくれるのだろう。
…去年、一度もお見舞いに行かなかったという後ろめたさもあるのか、熱が下がらないということへの心配か、…無性に君に会いたくなった。
君の顔を見て、君はちゃんとここにいるのだと確認したくなった。
そう思った僕はどうするか考えるよりも早く口が動いていて、勇牙君と一緒に帰ふ約束を取り付けてお見舞いに行くことにした。
彼の家に着くと、彼の母親であろう女性が「お見舞いに来てくれてありがとう。」と、優しい笑顔で僕を向かい入れ、僕を彼の部屋に案内してくれた。
僕はドアを数回ノックし、「綾人、未鷺だけど…入るよ。」と一言いって部屋のドアを開けた。
ドアの先には、具合が悪いのに僕を見つけてヘラッと笑う綾人がベットに横たわっていた。
「心配して来てくれたのか?実は風邪を拗らせただけなんだが、家族にめっちゃ心配されてな。」
と…、辛いだろうに一言一言をちゃんと紡いで言葉にしていた。
今の彼はちゃんと気を遣わないと壊れてしまいそうだった。…といっても、気を遣わずとも彼を気遣う言葉が自然と出てくる。
「顔色悪そうだね、僕の前では無理しなくていいよ。…それと、僕に出来ることがあったら何でも言ってね。」
いつも元気な彼が弱っているのは見たくない…。
彼の顔を見たと言うのに全然安心できないのはどうしてだろうか。
「別に無理してるわけじゃないが……そうだな、少し、寂しかったから、来てくれて嬉しい。」
心底嬉しそうに笑っているのに安堵する。だけど、彼が元気であれば…僕が気を遣っていることを指摘するはずで、それが出来ないほどに彼が弱っていることに少し心がザワっとした。
ここにいるはずの彼が、いなくなってしまうのではないか…と、そんな事あるはずもないのに不安で仕方なかった。
「そっか、思い切って家まで来て良かった。僕はここにいるから…元気になってね。」
「ん、ありがとな。それにしても、まさかわざわざ見舞いに来てくれるなんて思ってなかった。ゆうから何か言われたのか?」
「うん。最近姿が見えないから勇牙君に聞いたんだけど…、やっぱり会いに行った方が早いかなって。……綾人の顔見てちょっと安心した。」
…自分も、家まで行くことになるとは思ってなかった。でも逆に、そこまで僕も弱っていたと言うことだろう。
……僕の中でいつしか君は、そう思うまでに"大切な友達"になったというだけのことだ。
「あぁ、数日前から休んでたからな。去年以来の発熱で家族の方が狼狽えてて。……まぁでも、未鷺が見舞いに来てくれたし、たまには悪くないかな、なんて。」
いつもはそんな弱い所を絶対見せない癖に心底嬉しそうにそう言う彼を、もう少しだけ甘やかしてあげたいと、どこかそう思ってしまう自分がいた。
「…そうだったんだ。うん、心配だったから見舞いにくるのは当たり前…………じゃないか。」
段々と声が小さくなっていく…。
当たり前なんかじゃない、どの口が言うんだ。
でも君はきっと、さっきも思った通りそれを責めることもしないんだろう。
「思ったより体が弱ってたみたいで、熱もなかなか下がらなくてなぁ。当たり前だろうが何だろうが嬉しい。舞い上がって自惚れそうだ。去年のことは気にするな。お前も大変だったんだろ?」
ほら、そう言って君が辛くて入院していた事実を忘れてしまった僕を許してくれる。
どうして君はそんなに僕に甘いんだろう。
「病人に気を遣われるなんて僕はダメだね。辛いでしょ、…話さなくてもいいよ。」
今日くらいは君に悪態は吐きたくない。
愛しくて大切な弟妹達を寝かすかのように綾人の額を優しく撫でる。
「別に気を使ってなんかないぞ?んー、未鷺の手、つめたくて気持ちいいなぁ。」
「そう…なら良かった。」
僕に撫でられて安心したのか、君はゆっくりと目を閉じて…やがて規則正しい寝息を立てていた。そんな君に僕は「おやすみ。」と一言だけ告げて、君が寝ている様子を眺めることにした。
いつもは一つに束ねている髪も今は解いてありちょっと新鮮で、僕がいつも困らせてしまう彼の顔には完全に緩みきった笑顔が浮かんでいた。
「……ふっ、綾人って黙ってれば案外可愛い顔だな。………………ん?可愛い?……僕は何を言って。」
自分の言動の確認よりも先に、彼に今の言葉を聞かれていないか心配ですぐに彼の瞼を見る。幸いにも起きてはいないようで聞かれずに済んだ。
可愛いと言ってさらっと聞き逃すことが出来るほど、今の僕はきっと冷静じゃない。
そう思うと共に、綾人に触れている手が熱く熱を帯びじんわりと汗が出て来て、鼓動が速くなるのを感じた。彼の熱のせいにも出来ただろうに、言い訳をするよりも早く、僕は"それ"に気付いてしまったのだ。
「………僕は、………僕は綾人の事が、好きなの?」
誰かに問いかけるように静かに告げられたその言葉は、誰からも返事が返ってくるわけなんてなくて、静かに空気と共に消えていった。
「帰ろう……冷静になった方がいい。」
僕は自分の荷物を持って足速に彼の部屋を出た。これが一時の迷いかそうでないのか、僕は一刻も早く知らなきゃいけない。
だって、彼に触れていた手がこんなにも熱くて、加速する鼓動が苦しくて…辛くてどうにかなりそうだったから。