馴れ初め/死にたがりお兄ちゃんが私を助けてから三年、あの時の傷は今でも癒えていない。
そして、やっぱりどう考えても生き残るのは私なんかじゃなくて…お兄ちゃんで、彼に会うようになってからまたそう思うことが強くなっていった。
「アンタ…今日も来たんだ。」
私を睨みつけながらも、最近は追い払うことをしなくなった彼の名前はユーリス。
ユーリスは私の親戚の養子で、お兄ちゃんがよく気にかけていた人だと聞いている。
私がユーリスに出会ったのはここ最近で、それまではお互い知っていながらも避けていた…と思う。
「うん!だって君を一人にしたらお兄ちゃんに怒られそうだし。」
私が彼の信頼する人を奪ってしまったのだから、…私がお兄ちゃんの代わりになるのは当たり前だと思う。
でも…私の顔なんて見たくないだろうし、彼からしてみれば烏滸がましい話だろう。
私なんかいなければお兄ちゃんは生きていたのだから。
「前にも言ったけど、なんで俺なんかに関わるんだよ。」
「一人だと消えてしまいそうで。」
初めて会った時の彼は心ここに在らずで、確かに存在しているはずなのに、存在してないかのように感じてしまうほど…気配がなかった。
そんな彼に私は、さっきと同じことを言ったのだ。
それに対して…「アルが居ない世界なんて、生きている価値もない。俺はずっと死にたいと思ってるんだ。」って答えていたんだっけ…?
あれ、私は…なんて返したんだったかな。
「でも、俺は消えてねぇ。…なぁ、もう俺に関わるのはやめろ。」
「どうして…?」
「この世に生まれたことには意味がある、死んでいい命なんかない…って、アンタが言ったんだろ。」
そうだ、私はあの時そう返したんだった。
私だって死にたいと思ってるし、今思えばすごく無責任な言葉だった。
私がそんなこと、言えた義理じゃないのに。
「アンタは俺と関わらない方が良い。」
「…そんなことないよ。」
「俺と関わる度、罪の意識に駆られるだろ。…もう、…償わなくて良い。」
「……。」
「アルのしたことだ。もう、恨んでねぇよ。」
踏ん切りがついたのか、あんまり優しく言うものだから…涙が出そうになった。
私はまだ_______。
「俺は一人でも生きていける、もう金輪際…俺の所には来るな。」
「……ユーリス。」
「じゃーな。」
彼はそう言うなり手をひらひらとさせながらこの場を後にした。
私はそんな彼の姿をただ茫然と眺めることしかできなかった。
いつも置いていかれるのは私で、…ずっと前に進むことができない。
どうしてこんなにすぐお兄ちゃんのことを吹っ切れるのだろうか?
出会った当初は…アンタなんか殺してやるって、そんな眼で私のことを睨んできたことさえあったのに。
……恨んでないなんて、…そんなこと。
「もう、…一人は嫌だよ。」
ー
あの日から数日、ユーリスは人が変わったように人と関わるようになっていった。
相変わらずめんどくさがりなところは変わらないけど、「死にたい。」と言うことは無くなったらしい。
どんなに時が経っても、お兄ちゃんのことを忘れられない私は…一生前に進めないのだろうか?
次の授業の教室へ向かう途中、天井を眺めながらぼうっとそんなことを考えていると…。
「いたっ!」
慌ただしく廊下を走る人にぶつかる。
「ごめんね、今急いでるの!」
…ただぶつかっただけなのに、なぜか嫌な予感がした。
「どうして急いでるの?」
さっきぶつかった人の小さくなる後ろ姿に向けて問いかけると、「Lが大変なの!」という言葉が返ってきた。
「L…?」
考えるよりも早く身体が動いていた。
Lチームのリーダーはユーリスで…、Lチームに大変なことがあるとすれば、ユーリスも例外じゃないだろう。
道に迷ってしまい、医務室に着くまですごい遠回りをしてしまいながらも…なんとか着くと、Lチームの人がベッドに横になっていた。
Lが大変といっていた割には一人しかいなくて、きっと他三名は軽傷だったのだろう。
そして、ベッドに横になっている人は口元が出ているがそれ以外は包帯がぐるぐる巻きになっていて誰だか特定が出来ない。
でも、それでもなんとなくその人がユーリスのような気がするのはどうしてだろうか。
「ユーリスなの…?」
もちろんこの問いに返答は無い。
でも彼のことだから、戦い中に死ぬのは本望だなんて思うかもしれない。
……言葉にしていないだけで、本当はまだ死にたいと思っているのかも。
「やだなぁ…、ユーリスが居なくなったら今度こそ私は。」
_______一人になってしまう。
なんて…もともとユーリスは私のことなんて好きじゃ無いだろうから、私はお兄ちゃんが、私を守ってくれた先輩たちが亡くなったあの日からずっと一人だったのかもしれない。
一人は酷く寂しく、虚しい。
だから私は他の誰かじゃなくて、私がいなく慣ればいいって思うのかもしれない。
「一人にしないで。」
私が彼にそう願ってはいけないのかもしれないけど、少なくとも彼と一緒にいた日々は嫌だった寂しさを埋められた。
同じく一人であるもの同士、お互いを求めているのかもしれないなんて思っていたのに。
…そう思うことさえ、烏滸がましいことなんだよね?
「…泣いてんのか?」
そう発せられた声は、ユーリスにとてもよく似ていた。
…予想していた人と合っていたことに嬉しくも、辛くもある…なんとも複雑な気持ちだ。
何か話そうにも、ユーリスだと分かると涙が込み上げてきて上手く言葉にならない。
「…俺の妹は笑った顔が最高に可愛いんだ……って、俺の大切な人がよく自慢してたんだ。…だからさ、あんたも笑えよ。」
ユーリスは手を上げ、宙を彷徨わせたけど…探したいものが見つからず手を元あった場所に戻した。
「…あんたには笑顔が似合う。だからさ…もうそんな顔するなよ。」
見えていないはずなのに、包帯の先で彼が優しく笑っている様な気がする。口角が上がっているから…きっと笑っているはずだ。
今までこんなに優しい声音で話しかけられたことなんてないから少し戸惑う。
そして、こんなに鼓動が早く脈打つのはどうしてだろうか?
「……俺、死にたいとずっと思ってた。でもさ…いざ死ねるって時に死にたくねぇなって思っちまった。あいつを一人で置いていけねぇって…、そう思ったら死ねなかったんだ。」
"あいつ"
彼の言っているあいつは誰なんだろう。
最近彼と交友関係を持った人だろうか、それとも…自惚れても良いの?
「自分の身も守れねぇ癖に、俺…あいつのこと守りたいって思ったんだ。こんなどうしようもねぇ俺なんかに手を差し伸べてくれて…本当は嬉しかったんだ。」
きっと、彼の言っている"あいつ"は私のこと。
ユーリスがそんなふうに思っててくれたなんて…私自身もすごく嬉しい。
ずっと、嫌われていると…うざがられてると思ってたのに。
「俺…あいつのことが…。」
彼はそう言いかけて、……何も話さなくなった。
「…え?」
もしかして、死んでしまったのだろうか…?
そう考えるより早く体が動いており、彼の口元に手を当てると…微に息遣いが感じられた。
「…よかった。」
ユーリスが死んでしまったらきっと、今度こそ私は生きていけないだろう。
ー
数日後。
あの日から私は毎日、時間があればユーリスの所へ行っていた。
少しずつ回復する彼を見るのが日々の喜びになってきているけれど、一向に彼の包帯は取れず…私のことも未だに分かっていない。……というか、私が名乗っていないだけなんだけど。
名乗ってしまったら、また…もうここには来るなって言われてしまいそうで、気づかないなら気づかないままの方がいい。
「こんにちは、今日もお見舞いにきたよ。」
私がそう言って医務室に入ると彼はこちらを振り向いて口角を少しだけ上げる。
「なかなかよくならないですね。」
「あぁ……厄介なのにやられちまったみたいで、治りが遅いんだと。」
「早く、良くなるといいですね?」
私がそういうと彼は少しだけ黙り込んで小さく「…あぁ。」と返事をしてくれた。
あまりに力のない返事でまた死にたいと思っているんじゃないかって心配になる。
「なぁ、どこの誰か知らねぇけど…もうここに来るのはやめてくれねぇか?」
「…え?」
なんで_______
「俺の為に時間を割くのはもうやめろよ。……あんたはさぁ、………生きてんだからよ。」
…なんでユーリスは自分が死んだ様な言い方するの?
やめて…、もう…聞きたくないよ。
「あなたも…生きてるでしょ?」
何とか搾り出して発せられた声はきっと震えていただろう。
「………ごめん。」
そう言って彼はいつかの日にしたように手を少し上げ、何かを探す様に宙を彷徨わせた。
今ここでこの手を取らなければきっと、彼は本当に消えてしまうんじゃないかと…そんな不安から私はその手を取りすぐに握った。
そして、その手を自分の頬に当ててた。
「また、泣いてる…のか?」
彼は頬を伝う私の涙を指で優しく拭き取ってくれた。
「私、…君には生きていて欲しいの。ごめんね…私ね、君がいないと…もう、ダメなの。」
そう言う私の声も、彼の手を握る手も…震えていただろう。
私は卑怯だから、…一人ではもう生きていけないんだ。もう、そんな強さはわたしには無い。
「……………。」
わたしの言葉に、彼からの返答は無い。
それが辛くて更に涙が出る。
「目、瞑って。」
少しして彼は小さく、囁く様にそう言った。
少し怖かったけど…言われるがままに目を閉じると…少ししてもう片方の頬に手が添えられ、唇に温かい何かが触れた。
優しく…それでいて少し震えているそれがなんなのか、考えたけれど…それが何なのかはすぐには分からなかった。
その何かを確かめようとゆっくりと瞼を開けると…。
「…?!」
瞳には長い黒髪と、長い綺麗なまつ毛…私は今ユーリスとキスをしている?
あまりの突然なことに今まで出ていた涙はピタッと止まってしまった。
それと同時か、唇が離れ、彼の瞼もゆっくりと開かれた。
ユーリスの瞳はしっかりと私を捉え、ふっと微笑んだ。
「…泣き止んだ。」
そう言って彼はわたしの頬を優しく撫でてくれた。
「俺、あんたに辛い顔させてばっかだな。……本当は、笑ってて欲しいのに。」
「……ユーリス。」
「俺、あんたが好きだ。俺もあんたが居なきゃ生きていけない。……あんたじゃなきゃ、…ダメなんだ。」
…嬉しくて、一度止まった涙がまた溢れ出してきた。でも今度は悲しい涙なんかじゃなくて…嬉しい涙。
「私も、私もユーリスじゃなきゃっ…ダメだよ。…好き、私もユーリスが好きっ!」
私はそう言い放つと同時ぐらいに、彼に手を伸ばしギュッと抱きしめた。
ユーリスはわたしの背中に、控えめに腕を回して優しく抱きしめ返してくれた。
それがうれしくて…また涙が出る。
「また…泣かせちゃったな。」
背中に回された片方の腕は、私の髪の所に持っていかれ、やがて優しく…子供をあやすかの様に撫でてくれた。
「私…ユーリスに嫌われてると思ってた。…だから、…嬉しくてっ。」
「…あぁ、そうだな。すげぇー嫌いだった。でも、好きと嫌いは表裏一体っていうだろ?」
「…ふふっ…うん、そうだね。」
きっと私の彼への気持ちは、"好き"なんていう…その一言では済まされないだろう。
色んな憎しみや悔いが混じって…死にたくて仕方がなかった私たち。…それでもやっぱり寂しくて、辛くて、二人が一つじゃなきゃ生きられないほどになって生まれた感情なんだろう。
それでもいい、…それでも誰かと、ユーリスとともに生きていけるのであればどんな感情であってもいいんだ。
お兄ちゃん_______。
私はまだ、生きたいと思います。
後日談
今日はユーリスの退院日。
初めは迷っていた医務室への道も、今では道標なしですんなりと行ける様になっていた。
「ユーリス!」
医務室に入ると、怪我もすっかり治り制服をピシッと着たユーリスがいた。
今までは制服を着崩していたので、それだけで印象がガラリと変わって…少し新鮮。
「あぁ……来たのか。」
私の姿を見つけると、ユーリスふわっと優しく嬉しそうに笑っていた。
「制服、カッコよく決まってるね?」
「…今日から真面目にしようと思ってな。じゃなきゃ、…守れるもんも守れねぇだろ。」
「…ふふっ、私は守られてるばかりじゃ無いよ?」
守られているばかりは嫌。
もう守られて誰かが死ぬのも嫌。
…だから、私もユーリスを守るし…絶対に死なせない。
「…うん、死んでなんてやるものか。…二人で生き残ってやるんだ。」
「そうだね…!」
ずっと死にたがってた私たちが今は死なない為に生きてるなんて可笑しい話だけど、私はユーリスと生きていたいから。
「あ、ねぇねぇ…そういえば何でキスした時包帯取ったの?」
「あん時、顔の傷はほぼ治ってたんだけど…顔の包帯が解かれたらお前が来なくなるって思ってずっと取らない様にお願いしてたんだ。」
「…なんだ、そんなことだったんだね。」
そんなことでお見舞いに来なくなることなんて無いから気にしなくてもいいのに。
それに、いつまでも包帯が色んなところに巻かれていて本当に治ってるのかなって心配だったけど…少しでも私に会いたいって思っててくれたってことがとても嬉しいからいいことにしよう。
「…ルシル。」
「あ…。」
初めて私の名前を呼んでくれた気がする。
驚きか、嬉しさかは分からないけど…一瞬だけ時が止まった様に感じた。
そして、その一瞬の間に私は彼の腕の中にすっぽりと埋まっていた。
「この先もずっと、…ずっと一緒に生きて欲しい。」
「…うん、勿論!」
「愛してる。」
ユーリスはそう言うと、また私の唇に優しいキスをしてくれた。
「うん、私も愛してるよ…ユーリス。」
きっとこれから先辛いこと、また死にたくなる時があるかもしれないけれど…この人と、ユーリスと一緒に乗り越えていきたいと思う。
彼とならきっと、どんなことだって乗り越えていけると思うから。